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第16話 モテ期がきたかもしれない


 ダンジョンから帰還して数日。

 戦いが続いていた俺たちは、久しぶりの休息を迎えていた。


 今日は屋敷の訓練場で、軽い稽古をするだけの一日。

 カリヤはいつものように真面目に、汗を流していた。


「……ふっ、はっ……っ!」


 剣を振るたびに、さらさらと揺れる銀髪。

 汗ばんだ額をぬぐうカリヤは、以前の“おっとりメイド”とは違う表情を見せていた。


「頑張ってるな、カリヤ。動きも随分良くなった」


 俺が声をかけると、カリヤは少し息を弾ませながら振り返った。


「は、はい……! オージ様に適性を見つけていただいてから、毎日が夢のようで……。この力、無駄にはしたくありませんから」


「それは嬉しいけど、ちゃんと休憩も取れよ?」


「は、はい……!」


 笑顔を浮かべたその瞬間――カリヤの足がふらついた。


「っと、危ない!」


「きゃっ!」


 俺は慌てて手を伸ばし、カリヤの細い体を支えた。


 その距離、ゼロ。


 カリヤの頬がみるみるうちに紅潮する。


「あ、あの……オージ様……」


「……あっ、わ、悪い。つい、とっさに……」


 離れようとした瞬間、カリヤが袖をつかんだ。


「ま、待ってください……」


 か細い声。

 俯いたままの彼女が、ぽつりと呟く。


「……オージ様、知らないですか? 異性の奴隷との結びつきがさらに強くなると、奴隷商人としてのレベルもアップするらしいですよ?」


「……え?」


 俺は一瞬、聞き間違いかと思った。


 だがカリヤは、小さな声で続けた。


「もちろん、わたくし……そういう下心で近づいているわけではありません。ただ……ただ、その……オージ様の力になれるなら、わたし、もっと……“深く結びついて”もいいのではないかと……」


「…………」


 やばい。

 距離が近い。顔も近い。目が潤んでる。


 これ、完全にそういう雰囲気だろ……!?


 いやでも待って……! カリヤは奴隷じゃない。

 だったら、異性の奴隷が……ってのには当てはまらないだろ……!?

 落ち着け……俺……。


「オージ様……」


 小さく囁く声に、心臓がドクンと鳴った。


 だけど――そのとき。


「お、お茶をお持ちしましたー!」


 廊下からリリアの明るい声が聞こえてきた。


 瞬間、カリヤはビクッと肩を揺らし、手を離した。


「し、失礼しました! し、失礼しましたっっ!」


 顔を真っ赤にしたまま、カリヤは剣を置いて、全力ダッシュで逃げていった。


「……お、お茶です……えっ、な、なにかあったんですか?」


 手にトレイを持ったまま固まっているリリアと、

 膝に手をついて放心する俺。


 ……朝から疲れた。なんなんだ今日は。



 


 夕暮れの庭は静かだった。

 夕日が差し込む芝生の上、そよ風に揺れる木々の音が心地いい。


「オージ様、こちらでよろしければ……どうぞ」


 リリアが淹れてくれたお茶を一口。ほんのり甘くて、優しい香りが広がる。


「うん、美味いな。リリア、お茶も上手くなったな」


「えへへ……ありがとうございます」


 彼女の笑顔は、見ているだけで癒される。


 ……ふと、気が緩んだ。


「……ちょっと、眠くなってきたな……」


「お疲れなんですね。少し、横になりますか?」


「そうするか……」


 俺は芝生の上に横になり、空を見上げた。

 青から橙へと変わっていく空が、なんとも穏やかで――


 ――コトン。


「……っ!?」


 何か柔らかいものに頭が乗ったと思ったら、それはリリアの太ももだった。


「ちょ、リリア!? お、俺、今、お前の膝に――!?」


「だ、ダメでしたか……?」


 俯いたままのリリアが、そっと俺の髪を撫でる。


「……オージ様、いつも無理してるから。少しだけ……こうして、癒してあげたかったんです」


 その言葉に、妙に心が落ち着いた。


「そっか……ありがとう」


 しばらく、そのまま静かな時間が流れた。


 やがて、リリアが小さく呟いた。


「……私、思うんです。人って……命を救われると、心も一緒に奪われてしまうのかもって……」


「……え?」


「私、オージ様に拾われて、生きることを教えてもらって、居場所ももらって……。それだけじゃなくて、なんというか……もっと、大事なものまで……」


 俺が返事をしようとしたとき――


「喉、渇きませんか? お水、ありますよ」


 リリアが、木陰に置いてあった水筒を差し出す。


「ありがとう、飲むよ」


 ごくり。冷たくて気持ちいい。


「……オージ様、それ……私が飲んでたやつですけど……」


「ぶっ!!」


 おもいっきり吹いた。


「ま、間接キスじゃねぇか!? 先に言えよリリア!!」


「ご、ごめんなさいっ! あの、わざとじゃなくて……っ、でもちょっとは、嬉しかった……かも……なんて……っ!」


 顔を真っ赤にしてうずくまるリリア。


 俺も芝に突っ伏したまま、天を仰いだ。


 

 

 

 ……今度は心臓が落ち着かねぇ。


 日が落ち、屋敷が夜の静けさに包まれる頃。


 俺は書斎で明日のスケジュールを確認していた。


 ――コンコン。


「オージ様、入るぜ?」


 扉をノックした声の主は、ヴァルナだった。


「どうした? こんな時間に」


「……俺、オージ様に言いたいことがあるんだ……」


 どこか真剣な口調。

 訓練用の軽装のまま、汗をかいた髪をひとつにまとめたヴァルナは、普段の陽気さとは違う“女の顔”をしていた。


「ちょっと、背中……汗かいちまってさ。背中、拭いてほしい」


「えっ? お、おう……?」


 言われるがまま、ヴァルナの背中にタオルを当てる。

 鍛えられた背筋が汗で光っていて、まるで戦士のような佇まいだった。


「オージ様ってさ……女に触れ慣れてないですよね……」


「なっ……そ、そんなことないぞ」


「ウソ。さっきから耳まで真っ赤だぜ?」


「……ぐぬぬ……」


 拭き終えようとした瞬間、ヴァルナがぐるりと振り返って――


 そのまま、抱きついてきた。


「なっ、ちょ、ちょっと待てヴァルナ!?」


「やっぱ俺、オージ様が好きだ。バカみたいに優しくて、強くて、でも抜けてて、俺のことちゃんと見てくれてて……」


 背中に回された腕が、じんわりとあたたかい。


「“仲間”って、それだけじゃ、もう収まらねぇんだよ。俺……いや、あたし、女なんだぜ? ……あんたにとって、ただの奴隷剣士じゃ、もう……つらい」


「…………」


 そのまま、しばしの沈黙。


 ヴァルナの鼓動が、胸元から伝わってくる。


 でも、次の瞬間――


「……っと、ヤバ、言いすぎたかも!」


 ヴァルナはぱっと離れて、顔を背けた。


「忘れてくれ! 今のナシ! な、なんか風呂入りてぇなー! じゃ!」


 バンッ!


 豪快に扉を閉めて、ヴァルナは走り去っていった。


 ……残された俺はというと。


 立ったまま、完全にフリーズしていた。


「……なんなんだ今日は……!?」


 カリヤに迫られ、リリアに膝枕され、ヴァルナに抱きつかれて――


 おいおい俺、いつの間にそんな“ハーレムの主”になったんだよ……。


 頭を抱えて天井を仰いだそのとき――


 部屋の外から、ゼフとティグの小声が聞こえた。


「……あの、空気……もう、爆発しそうじゃないですか?」


「オージ様って、すげぇな……いろんな意味で」


 はああああ……。


 俺は机に突っ伏したまま、今日一番のため息を吐いた。

 



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