第15話 紙装甲の翻弄型タンク
最近、俺たちのパーティーは、かなりバランスが整ってきた。
前線にはカリヤ。火力はヴァルナとリリア。支援はゼフ。俺も鑑定と戦術でサポートできる。
だが――まだ足りない。
「もう一人、前に出てくれるタンクがほしいな」
特に乱戦や多対多の状況になると、前線がカリヤ一人ではどうしても押し切れない場面が出てくる。
もう一人、“敵を引きつける役”がいれば、仲間たちの負担はぐっと軽くなる。
そんなことを考えながら、俺はいつものように奴隷市場に足を運んだ。
◆ ◆ ◆
「おっ、旦那! また面白いのを探しに来たんで?」
出迎えたのは、前にも世話になった中年の奴隷商。胡散臭さ全開の笑顔だが、腕は悪くない。
「今日はタンク役を探してる。前に出て、敵を引きつけてくれる奴だ」
「おお、それなら……まあ、一応“タンク志望”って奴がひとりおりましてな」
“タンク志望”って……なんか引っかかる言い方だな。
「……ただし、使い物にはなりませんよ」
「理由は?」
「防御力が、紙です。いや、紙以下かもしれん。狙われたら、もう即アウト。本人はやる気満々なんですがね……」
そう言いながら、商人が案内した檻の中。
そこにいたのは、年若い少年だった。
細身で華奢。髪はぼさぼさ、あばらの浮いた胴回りに、擦れた鎖が巻かれている。
両膝を抱えて座っていた彼は、こちらに気づくと、おずおずと顔を上げた。
「名前は?」
「ティグといいます……」
か細い声。怯えたような目。
だけど、その奥には――妙に落ち着いた芯のようなものを感じた。
「一応、タンク志望です……けど……」
「けど、何だ?」
「僕、狙われると……すぐ、倒れてしまって……。だから、タンクなんて無理です……」
ティグが目を伏せた瞬間、周囲からくすくすと笑い声があがった。
「また“紙盾ティグ”かよ……」
「挑発しても狙われたらアウトとか、意味ねーんだよなー」
商人も肩をすくめる。
「ね? やめといたほうが。すぐ潰れますから」
――だが。
「……《鑑定》」
俺の視界に、ティグの“真の姿”が浮かび上がった。
《鑑定結果》
【名前】ティグ
【年齢】16
【職業】タンク(適性)
【基礎ステータス】
防御:E
敏捷:SS
回避:S
集中:A
【才能】
タンク:SS
翻弄戦術:S
敵視操作:A
高速詠唱妨害:B
【特性】
狙われやすい/注意引き性能上昇/被弾後の再行動速度上昇
「……おいおい。こいつ、“回避盾”じゃねぇか」
俺は思わず、ニヤリと笑った。
そう――こいつは、避けるタンクだ。
正面から受け止めるんじゃない。“攻撃を引きつけて、全部避ける”タンク。
翻弄型。回避盾。俊敏タンク。呼び方はなんでもいい。
でも――このティグって奴は、“誰にも真似できない戦い方”ができる。
「……いくらだ?」
「えっ!? まさか買うんですか!? いや、マジでやめたほうが――」
「銀貨十五枚、だったな。買った」
俺はさっと銀貨袋を放った。
商人がぽかんとするなか、俺はティグの前にしゃがみ込んだ。
「ティグ。お前、防御力はないが――お前にしかできない戦い方がある。信じてついてこい」
「…………え?」
「これから、“翻弄型タンク”として、お前を育てる。俺の“目”がそう言ってる」
ティグの目が、震えていた。
信じられないものを見ているような、でも――どこか、救いを見たような目だった。
◆ ◆ ◆
屋敷にティグを連れ帰った俺は、さっそく訓練を始めることにした。
ティグの初日は、まず“立ち方”から。
「タンクってのは、敵の攻撃を“引きつけて”避ける役だ。重装備で受け止めるタイプもいるが――お前はその逆。“当てさせない”タイプの盾になる」
「……でも、ぼく……すぐ倒れちゃって……」
「だからこそ、避けろ。速さで翻弄して、敵の狙いを外す。狙わせて、避ける。それを繰り返せば、敵は混乱する。仲間は自由に動ける。――お前は、その要になる」
ティグは、まだ不安そうだった。
でも、俺は知っている。こいつはやれる。
俺の“鑑定眼”が、そう言っている。
◆ ◆ ◆
最初の実戦訓練は、模擬戦形式で行った。
カリヤとヴァルナが攻撃役。リリアが後方支援。
ティグには、正面から立って“囮”になってもらう。
「は、はい……!」
スタートの合図とともに、カリヤが剣を構えて前進。
ティグは一瞬たじろいだ――が、俺が叫ぶ。
「右ステップ! 相手の利き腕と逆に回り込め!」
「っ――はい!」
軽い足取りでティグが斜め前に跳ねた瞬間、カリヤの斬撃は空を切った。
ヴァルナがすかさず接近してくる。
「うわっ、ちょこまか動くなぁ~!」
ティグは一気にバックステップ。距離を取ってから、左斜めに急旋回。
「今だ、ヴァルナの背後! カリヤ、斜めからカットイン!」
「了解!」
仲間たちがすぐに連携。
ティグの動きが敵の注目をかき乱し、逆にこちらの攻撃が決まりやすくなっていた。
「す、すごい……! 誰もまともに当てられない……」
リリアがぽつりと呟いた。
その手元では、回復魔法の準備がまったく必要なかった。ティグが、誰一人として被弾していないのだ。
◆ ◆ ◆
訓練のあと、俺はティグに声をかけた。
「どうだった?」
「……なんだか、不思議な感覚でした。狙われているのに、避けるのが楽しくて。……“俺を狙え”って、心の中で思ったら、本当に……寄ってきて……」
ティグの目が、ほんの少しだけ、自信を帯びていた。
「それが、お前の才能だ。“挑発”ってのは、スキルだけじゃない。お前は“狙われやすい空気”を持ってる。だから、それを活かせ」
「ぼくでも……仲間の盾に、なれるんですね」
「なるどころか――“お前にしかなれない”盾だよ」
その言葉に、ティグの頬がわずかに染まった。
まだ細くて弱そうなその体が、確かに“前に出る覚悟”を帯び始めていた。
初陣の舞台は、ギルドの紹介で受けた小規模ダンジョン――《リュグの魔窟》。
モンスターのレベルはそれほど高くないが、数が多い。
“翻弄型タンク”であるティグの腕を試すには、うってつけの環境だった。
「ティグ、今日はお前が前線を引っ張れ。狙われることを恐れるな。狙われてこそ、お前の仕事だ」
「……はい!」
ティグの表情はまだ緊張にこわばっていたが、その声には力があった。
◆ ◆ ◆
ダンジョン中層、魔物の群れが現れた。
トカゲ型の中型モンスター《ゲルサウル》が三体。
加えて、後方に魔法型の個体も見える。
「うぉーっ! 一気にいくぞおお!」
ヴァルナが剣を構えて突撃しようとしたが、俺が手を上げて制止した。
「待て、今回はティグに先行させる」
「了解っス!」
ティグが軽装のまま、先頭に躍り出た。
そして――
「お、おれを……狙え!」
震える声で叫んだ次の瞬間、魔物の視線が一斉にティグに集中した。
「グルアアアッ!」
「ガアアッ!」
トカゲたちが咆哮とともに突進してくる。
「ティグ、引きつけて、抜けろ!」
「はいっ!」
地を蹴って、一気に右へ跳ぶティグ。
その動きは軽やかで、音すら置き去りにするほどだった。
突進するトカゲたちの間を、寸前ですり抜ける。
《グアッ!?》《ギシャア!?》
敵同士が衝突し、混乱する。
「今だ! カリヤ、左から! ヴァルナ、中央を裂け!」
「了解!」「燃えろぉぉおお!!」
ティグの攪乱で隊列が崩れたところを、仲間たちが一気に攻め立てる。
リリアが補助魔法で支援し、ゼフの付与が味方の速度と命中率を底上げ。
「すごい……! 敵が全部、ティグくんの方に……!」
「囮ってレベルじゃないわね……。アレ、もはや“敵専用のマグネット”よ」
カリヤが驚嘆の声を漏らす。
だが――本番はここからだった。
◆ ◆ ◆
残るは、後方に控えていた魔法型。
詠唱が始まる。
「ティグ、今だ!」
俺の声に、ティグが跳び出す。
ぴたり、とモンスターの視線が移動する。
「……おれを、見ろ!」
ティグが魔法詠唱を妨害するように旋回。わずかな足場を踏んで、横へ、前へ、そして背後へと“踊るように”駆け回る。
そのたびに、モンスターの目が揺れ、魔力の集中が途切れる。
結果――
「《ヒートスピア》中断!」
詠唱に失敗したゲルサウルが体勢を崩したところに、カリヤの剣が突き刺さった。
「勝ったぁぁああああ!!」
「ティグくん、すごいっ! 誰も傷一つ負ってないよ!」
リリアがぱっと手を叩いて喜ぶ。
ヴァルナも、剣を肩にかつぎながら笑った。
「ティグ、あんた……マジで天才だわ」
ティグは、肩で息をしながらも、どこか夢を見ているような表情をしていた。
「……ぼく、本当に……盾になれたんですね」
その言葉に、俺は静かにうなずく。
「ああ。“敵に触れさせない盾”ってやつだ。――これから、俺がもっとお前を磨いてやる。最強の翻弄型タンクにな」
ティグの目に、確かな光が宿った。
こうして、俺の鑑定眼が導いた“紙装甲の天才タンク”は――本当に輝き始めた。