第14話 馬鹿凸支援職
奴隷市場の空気には、もうすっかり慣れてきた。
獣のような匂い、怒号と値切り交渉の声、鉄と革の軋み――この雑多さの中に、“才能”は紛れている。
「さて、今日の“掘り出し物”はどこにいるかな……」
俺は市場を歩きながら、次の仲間候補を探していた。
今のメンバーはバランスは悪くない――カリヤは前衛の剣士、ヴァルナは魔法剣士、リリアは回復。
ただ、もう少し“戦術の土台”が欲しい。
支援とか、付与とか、戦場を見渡して仲間を活かすタイプ……。
この前の聖女様の調査もあるし、もっと戦力を集めて盤石にしておきたいんだよな……。
いつ主人公と接触して、破滅フラグが立つかわからない。
まあ、あの聖女様に関してはもう大丈夫だろうが……。
そう思っていた時だった。
「おっ、お客さん……そこの、あんたにぴったりの奴がいるぜ!」
声をかけてきたのは、見た目も声も胡散臭さ満点の中年奴隷商。
「“筋肉バカ”だがな、動きだけはいい。動きだけはな。だが、まあ、扱いが難しいってことで、在庫処分だよ、ははっ!」
紹介されたのは、一人の青年だった。
年は二十前後か。がっしりとした体格、無精ひげ、鋭い目付き。
鎖で繋がれ、ぼろ布一枚で膝をついているが、背筋は曲がっていない。
「名前は?」
「ゼフ。前の主の命令を聞かずに暴走ばっかするんで、特攻バカって呼ばれてましてね」
商人がけらけらと笑う。
周囲の客たちも「またあのハズレか」「見る目ねぇな」と口々に言っている。
「ふぅん……特攻バカ、ねぇ」
俺はゼフに近づいて、じっと見つめる。
彼は一言も発しない。ただ、鋭い視線を俺に向けたまま、黙っている。
「……《鑑定》」
俺の目に、情報が流れ込んでくる。
《鑑定結果》
【名前】ゼフ
【年齢】21
【職業】戦士(現所属)
【基礎ステータス】
攻撃:B
防御:B
魔法:E
身体:A
【才能】
戦士:E
支援戦術:S
付与術:A
観察眼:B
【評価】
自己認識のズレによる誤適職。観察力と魔力の細やかな流れを把握する能力に長け、
本来は“支援・補助”においてこそ最大限に力を発揮するタイプ。
不器用な性格と過去の失敗体験が、成長を妨げている。
(……出たな、金の卵)
オージ・グランファルムの“鑑定眼”は嘘をつかない。
この男――馬鹿凸向きの“戦士”なんかじゃねぇ。
“支援屋”だ。
戦場を見渡して、仲間を活かし、全体を動かす側の男。
「こいつ、いくらだ?」
「へっ? 本気で? いいのかい、兄さん。こいつ、マジで使えないぞ。前のご主人様は三日で匙投げて、別の奴隷と入れ替えたくらいで――」
「いくらだって聞いてんだよ」
「ひっ……い、銀貨十五枚……っ」
「安いな。買うわ」
俺が銀貨袋を投げると、奴隷商人はびくっと肩を揺らした。
ゼフは何も言わず、ただ静かに俺を見上げていた。
「ゼフ、立て。今日からお前は、俺の仲間だ」
「……仲間、ですか。奴隷ではなく……?」
「そうだ。“戦士”じゃなく、“支援術師”として育ててやる。……それが、お前の“本当の姿”だからな」
ゼフの目が、かすかに揺れた。
それが、これから始まる“覚醒”の前触れだった。
屋敷に戻ってからのゼフは、まるで空気のように静かだった。
命じれば動く。
だが、自分からは一切何も語らない。
多くの奴隷がそうであるように――彼もまた、過去の扱われ方に深く傷ついていた。
「お前、戦士としての才能は――正直、壊滅的だ」
最初の夜、俺はゼフにそう言った。
ゼフは少しだけ目を細めた。痛みを隠すように。
きっと戦士としての正しい戦い方がわからずに、わけもわからず突っ込む戦い方しか知らなかったんだろう……。かわいそうに。
でも、俺は続けた。
「だが、“支援戦術”と“付与術”はSとAランク。……お前は、“味方を最も活かせる男”だ。間違いない」
「俺が……? ……誰にも……そんなこと、言われたことがありませんでした」
「だから、これから教えてやる。信じろ、俺の“目”を」
◆ ◆ ◆
翌朝から、特訓が始まった。
ゼフは器用ではない。魔法陣を描くのも遅いし、魔力の流し込みも荒い。
でも――とにかく真面目だった。
一度言ったことはすべて吸収し、メモを取り、夜には復習していた。
そして、三日目の朝――
「リリア、ちょっと魔力操作してみてくれ」
「は、はい!」
リリアの杖に、ゼフが魔法陣を重ねる。
浮かび上がったのは、魔力伝達の“補助回路”――付与術の基礎中の基礎だ。
でも、その出来は――
「……えっ? な、なんか……すごく、回復が早くなった……?」
リリアの放ったヒールが、いつもの倍の速度と濃度で対象に届いていた。
「初めての付与にしては……いや、初めてにしては凄すぎる……」
カリヤが驚いた顔で呟いた。
「それだけじゃないぜ……ヴァルナ、こっち来てみろ」
「なになに?」
ゼフがヴァルナの足元に描いたのは、小型の魔方陣。風の属性を使った“瞬間加速”。
「いっけぇえええええええっ!!」
ドンッという爆発音とともに、ヴァルナが“風に乗って”数メートルを跳躍した。
「な、なにこれ!? ブーストですか!? 飛びますよ!? めっちゃ跳びますよぉぉ!!」
「……これは、“実戦支援”だな」
俺は思わず笑った。
ゼフは、不器用なだけで、センスは本物だ。
しかも、支援に必要な“観察眼”はすでに備わっている。
「ゼフ」
「……はい」
「お前に、“戦え”とは言わない。だが、お前の手で“皆を勝たせる”ことはできる。――そういう戦い方も、あるんだ」
ゼフの拳が、ぎゅっと握られる。
それは、自分を肯定された者だけが見せる、静かな感情の発露だった。
◆ ◆ ◆
その夜。
「ゼフさんの補助で、私、詠唱がすごく楽でした……!」
「動きやすくなったし、攻撃もスムーズでした」
「うわーっ、ゼフ師匠って呼んでいいですか!? お願いします師匠!!」
リリア、カリヤ、ヴァルナ――
皆が、“かつて特攻バカと笑われた男”を、確かに仲間として認めていた。
ゼフは、照れくさそうに小さくうなずいていた。
そんな光景を見ながら、俺は思った。
(この“目”は、やっぱり間違ってない。……才能を見抜く力があれば、人は変われる)
ゼフという新たな“支援の柱”を得て、俺たちの戦力はまた一段階、進化した。
「オージ様……ほんとうにありがとうございます。俺、なんとかまた、頑張ってみようと思います!」
「ああ、期待しているぞ」
「みなさんも、これからよろしくお願いします!」
ゼフという新しい仲間が、加わった。