第13話 堅物聖女、鑑定眼に敗北する
今日も今日とて、俺は屋敷の応接間で書類とにらめっこしていた。
最近、奴隷商人としての規模も大きくなってきたもんで、なにかと手続きがめんどくさい。
「……はぁ。たまには書類が勝手に片付くスキルとか、ないもんかな……」
そんなことをぼやきながら、パンにかぶりついていると。
コンコン、と扉がノックされた。
「オージ様、教会からの使者が……」
メイドが、少し困惑気味な顔をして報告してくる。
「教会……?」
まさか、奴隷商人やってることに文句でもつけに来たのか――
そんな予感を抱きながら、俺は腰を上げた。
◆ ◆ ◆
応接室で待っていたのは、一人の少女だった。
銀色の髪、清廉な顔立ち、凛とした佇まい。
教会の純白の法衣をまとい、冷たいほどに整った雰囲気を纏っている。
一目見てわかった。
こいつ、ただの使者じゃねぇ。
格が違う。
「私の名前はファムナーレ・ル=シャファルム」
(ちょっとまて……まさか……この名前、聞き覚えがあるぞ……)
心の中でゴクリと息を呑む。
原作――つまり俺が前世で読んでいたライトノベルに出てきた、あの“聖女”だ。
――ファムナーレ・ル=シャファルム。
原作では主人公サイドの大ヒロイン。
清廉潔白の象徴、教会最大戦力の一人。
そして――
確か、俺――オージ・グランファルムを断罪する役目を果たした人物でもある。
(やっべぇぇええええええええええええええ!!!!!!)
思わず心の中で絶叫した。
これはピンチどころじゃねぇ。
人生終了のお知らせだ。
ファムナーレは、氷のようなまなざしで俺を見下ろし、静かに口を開いた。
「オージ・グランファルム様。あなたに、異端の疑いがかけられています」
ズバァアアアァァァン!!!!!!
もう効果音が頭の中で鳴り響いた。
この聖女、容赦なさすぎる。
しかもピンポイントで“異端”認定きた。
よりによって、今一番バレたら困る“鑑定眼”絡みで。
ファムナーレは一歩前に進み、宣告する。
「人の才能を見抜くなどという力――神の領域を侵す異端の術ではありませんか?」
堂々と。
冷ややかに。
絶対の信念をもって。
……いや、こっちは心臓バクバクなんですけど!?
(ちょっと待て! 異端認定されたら……あれだろ!? 処刑とか、火炙りコースとかだろ!?)
(マジで詰んだじゃねぇか!!)
額に冷や汗がにじむ。
今ならマジで、魔物と戦ってた方がマシだと思える。
だが――
ここでパニックになったら負けだ。
俺は必死に頭を回転させた。
(落ち着け……このファムナーレ、時間軸的に、確かまだ“原作主人公”には出会ってないはずだ……!)
(なら――今、こいつをうまく懐柔できれば――)
ぎり、と歯を食いしばる。
(生き残れる。いや、それどころか……原作運命を、塗り替えられるかもしれない……!)
◆ ◆ ◆
俺は静かに目を細めた。
そして――
鑑定眼を、発動する。
(――さて、“聖女様”の本質、見せてもらおうじゃねぇか)
聖女ファムナーレ。
誰もが尊敬し、崇める存在。
だが、俺の《鑑定眼》には――そう、すべてが視えていた。
なにか秘密がないかと探ったら、見事に視えたんだよなぁ……。
《鑑定結果》
ファムナーレ・ファムファタル
17歳
聖女
【特記事項】
・毎晩深夜、●●行為3回以上(高頻度)
・●癖:押し●され願望(強)
・対象への興味:わずかに芽生え(オージ)
・●欲:異常値SSS
・処●
(……ふぅん)
俺は、にやりともせず、ただ心の中で肩をすくめた。
(これだから、“完璧な人間”ってやつは信用ならねぇんだよな……)
外側だけ取り繕ったって、内側まではごまかせない。
特に、俺の目からは。
俺は、軽く笑った。
まったく、原作を読んでいたときも、そんなそぶりはちっとも見せなかったのにな……。
むっつりにもほどがあるだろ……。もしかして、主人公のこともそういう目で見てたのか……?
とんだエ●聖女さまだぜ……。
「……夜、十二時過ぎ。……一晩に、三度も。随分と……熱心だな」
言った瞬間。
ファムナーレの体が、ビクリと硬直した。
「なっ……なに、を……?」
声が震えている。
顔は、瞬く間に赤くなった。
それを見ても、俺はすました顔のままだ。
「いや、努力家だなって、感心しただけだよ。――夜ごと、自らの戒律を乗り越えようと、熱心に“修行”してるんだろ?」
「~~~~~~~~~~~~~~っっっっ!!!」
ファムナーレの耳まで真っ赤に染まった。
剣に手を伸ばしかけるが、途中で止まる。
羞恥と動揺で、体がうまく動かないらしい。
俺は、さらに畳みかける。
「しかも……」
わざと、ひと呼吸置いて。
「好みは、“無理やり押し●される”方向、ときた」
「ま、ま、まま、待てっっっ!! ま、まさか、そんな……!! そ、それ以上なにも言うな……! 口を開いたら殺す……!!!!」
ファムナーレは、顔を手で覆い、がたがたと震えた。
何かを否定しようとするたび、耳まで赤くなる。
その仕草が、やたらと可愛い。
(……聖女様、ドン引きするくらい初心だな……むっつりめ……)
俺は、悪戯っぽく笑って、耳元にささやいた。
「安心しろ。誰にも言わねぇさ。俺は、聖女様の“夜の習慣”まで、暴き立てる趣味はない」
ファムナーレは、息も絶え絶えに俯いた。
手で顔を隠しながら、かすれた声でか細く呟く。
「……な、なぜ、それを……」
「さぁな。――“目が利く”ってだけさ。もしかしたら、異端の禁術かもな……?」
俺は肩をすくめ、椅子に戻った。
ファムナーレは、震えながら俺を睨み――そして、うつむいた。
もはや、完全に主導権はこちらだ。
ふっ……堕ちたな……。
◆ ◆ ◆
ファムナーレの心から、じわじわとにじみ出る感情が、俺にははっきり見えた。
羞恥。屈辱。敗北感。
……そして、わずかな期待。
(よし……これで、こっちのものだ)
聖女ファムナーレ――
この瞬間、確かに、俺の手のひらに落ちた。
――――――――――――――――
【サイド:ファムナーレ】
胸が、痛いほど高鳴っていた。
羞恥。屈辱。怒り。
そして……どうしようもない、戸惑い。
私は、オージ・グランファルムという男の前で――
完璧に、敗北してしまった。
彼は、すべてを見抜いていた。
私が、誰にも言えない夜の秘密を。
誰にも見せたことのない、恥ずかしい欲望を。
まるで、私の心の奥に、直接指を突っ込まれたような感覚だった。
(……どうして……こんな……)
恥ずかしすぎて、顔を上げられない。
こんなに動揺したのは、生まれて初めてだった。
でも――
それでも。
私は、彼に、刃を向けることができなかった。
“この人には、敵わない”と、心のどこかで悟ってしまったから。
私は、震える手を必死に握りしめながら、かすれた声を絞り出した。
「……異端の疑いについては……再調査の必要なし、と判断します」
これ以上、彼に逆らうことはできない。
私自身の……心が、それを許さなかった。
必死で平静を装いながら、私は立ち上がる。
そして、オージに深く一礼した。
「……ご協力、感謝します」
精一杯、儀礼的な口調で言ったけれど。
声が震えていたのは、きっと彼にもバレバレだっただろう。
顔を上げることなく、私は応接間を後にする。
◆ ◆ ◆
教会へ戻る道すがら、私は何度も深呼吸を繰り返した。
(落ち着け、落ち着け……。私は聖女だ。……こんなことで、乱されてはならない……)
けれど。
どうしても、心臓の高鳴りが収まらなかった。
頭の中に、さっきの男の顔が浮かぶ。
あの、悪戯っぽい微笑み。
すべてを見透かしたような、鋭いまなざし。
(……ずるい)
なぜか、そんな言葉が胸に浮かんだ。
ずるい。
ずるすぎる。
なのに、どうして――
こんなにも、惹かれてしまうのだろう。
私は、胸を押さえた。
苦しいような、くすぐったいような、不思議な感覚。
(……オージ・グランファルム。あなたは……)
思わず、足が止まった。
(……とても、危険な人だ)
それでも。
私は、二度と彼を忘れられないと――
その時、確信してしまっていた。
その夜、私は普段の3回では済まず、7回も山の頂に登ることとなった――。
――のは、誰にも秘密だ。