第11話 魔剣を鑑定しよう
今日は、ちょっとした仕入れのつもりだった。
あれこれ商品を見ながら、例によって鑑定眼で“掘り出し物”を探していた俺は、やや退屈気味だった。
「……今日は当たりが少ねぇな……」
前回の市場では、“魔銀の剣”や“高等薬草”といった金脈を掘り当てたわけだけど、あれが運良く続くとも限らない。
いや、鑑定眼がある限り、運とは言わねぇけど。
とにかく今日は、めぼしい奴隷の入荷もなく、道具類も特に珍しいものが見当たらない。
俺は軽くあくびを噛み殺しながら、いつもと違う路地のほうへ足を向けた。
そこは、ちょっとした裏通り。表通りの豪勢な武器屋と違って、ほこりをかぶった古道具屋が肩を寄せ合って並んでいる。
ふと、足が止まった。
……なんだ、これ。
妙な“視線”を感じた。
見られている? いや、違う。
“呼ばれている”ような、そんな気配だった。
店先の木箱の奥に、埃をかぶって置かれていた一本の剣。
鞘はボロボロ。柄の革巻きも剥がれかけて、見るからに錆びて使い物にならなさそうな――要は、ガラクタの剣。
……にもかかわらず、俺の鑑定眼が勝手に反応していた。
いや、反応というより……引きずり出されるように、勝手に視界に入ってくる。
(おいおい、なんだこの感覚……)
俺は自然としゃがみ込み、その剣に手を伸ばした。
――瞬間。
頭の奥で、“金属が軋むような音”が響いた。
耳じゃなく、脳に直接届く。
それは、鼓動のような、呻き声のような、低い呻きだった。
「…………これは……」
俺はゆっくりと鑑定眼を発動させた。
視界に浮かぶウィンドウが、バチバチとノイズのように乱れながら、
ぎりぎりのところで、情報を開示する。
《鑑定結果》
【名称】魔剣《ヴェルゼ=ファング》(封印状態)
【性質】精神干渉型/吸魔/自己修復機能あり
【封印レベル】B(綻び発生中)
【リスク】使用者の魔力と精神に干渉、支配の可能性あり
【弱点】核石部に逆位相魔力を注入することで干渉遮断可能
【適正適合】情報干渉スキル保持者/精神抵抗力中以上
→現在、主無し。魔剣が“新たな主”を求め、反応中。
背筋がぞくりとした。
俺の手の中の剣が、明らかに“俺”に興味を持っている。
(……マジかよ。生きてんのか、こいつ……?)
だが――
「面白ぇじゃねぇか……!」
俺はニヤリと笑って、そのボロ剣を片手に立ち上がった。
店主らしき初老の男が、陽に焼けたカウンターの奥から顔を出す。
「あんた……そいつを手に取ったのかい?」
「おう。これ、売り物だろ?」
「ま、まあな。そいつは長いこと売れ残ってる呪いの剣だよ。鍛冶屋に見せても『ただの錆びた鉄』って笑われたしな。処分も面倒で置いてただけさ。たまにもの好きが手に取るんだが、なぜかみんなその場でぶっ倒れちまう……使い物になんねぇんだ」
オイオイ……そんな物騒なもん、こんなとこにそのまま置いておくなよ……。
まあ、そのおかげで俺はこいつに出会えたんだが……。
「じゃあ――銀貨三枚でどうだ?」
「……買ってくれるんなら、ありがてぇよ。変な呪いに憑かれてもしらねぇがな」
「心配無用。俺、“目”が利くんでな」
「ふん、若い奴はみんなそういう」
「じゃあ、もらうぜ」
そう言って、俺は銀貨を渡し、布にくるんだ魔剣を肩に担いだ。
この時点で、脳内にはまだ“金属の声”が微かに残っていた。
『……フフ……面白い。ならば、試してみろ。我を手にする覚悟があるならば……』
俺の鑑定眼が、また新しい“扉”を開きかけていた。
屋敷に戻った俺は、魔剣を誰にも見せずに、自室へ直行した。
リリアにもカリヤにも、「ちょっと試したいことがある」とだけ告げて。
部屋の扉を閉めて、机の上にボロボロの剣を静かに置く。
外見だけ見れば、やっぱりどう見てもただの廃材だ。
だが――
「さあ、目を覚ましてもらおうか。“本当の姿”ってやつをな」
俺は魔剣に手を添え、ゆっくりと魔力を流し込む。
瞬間、剣の鞘が“バキィッ”と砕け、赤黒い光が部屋中を満たした。
錆びていたはずの刃は、黒銀の光を帯び、ねじれた意匠の刃紋が浮かび上がる。
空気が重くなる。魔力が空間を歪ませていく。
『……ようやく、会えたな。我が新たなる主よ』
脳に直接、声が響いた。
男とも女ともつかない、低く濁った声。
まるで低音と高音が同時に出ているようだ。
深海の底から響いてくるような、禍々しく、それでいて甘美な誘い。
――だが、すぐにそれは“侵入”に変わった。
視界がぐらりと揺れ、頭の奥に黒い霧が流れ込んでくる感覚。
怒り、妄執、恐怖、嫉妬、憎悪……あらゆる“負の感情”が溶け合ったような精神干渉。
(……これが、“精神支配”ってやつか)
『跪け……我を手にした者よ。今こそ魂を捧げ、我と同化するのだ……』
確かに、普通の人間なら、この声に呑まれてただろう。
でも――
「……悪いけどな、俺には“見えてる”んだよ」
俺は、精神を“鑑定眼”で見た。
魔剣の構造、干渉の源――“核石”の魔力パターン。
その中心が、わずかに歪んでいることに、俺の鑑定眼は気づいていた。
(ここか……“核石の逆位相”が流れ込むポイントは……!)
俺は流していた魔力の性質を、わざと“反転”させた。
通常の魔力波に対し、逆波形の干渉をぶつける。
すると――
『が、ああああああああああああッ!!』
魔剣の金属が、悲鳴のような共鳴音を響かせた。
空間を満たしていた黒い霧が、ばちばちと火花のように散っていく。
そして。
ピタリ、とすべてが静まった。
黒銀の剣が、静かに、ただ美しくそこにあった。
『……主、確認。支配、完了。以後、命に従属』
俺は柄を握りなおし、深く息を吐いた。
「ふぅ……あっぶねぇ……。でも――」
俺は口角を上げ、呟いた。
「――勝ったな、“目”でな」
この剣の本質も、構造も、弱点も。
力ずくじゃなく、“情報”で制した。
それが、俺のやり方だ。
俺は魔剣を背中に背負って、屋敷の中庭へ戻った。
ちょうど訓練を終えたカリヤとヴァルナ、庭の花に水をやっていたリリアがこちらに気づく。
「オージ様……その剣、なんですか……?」
リリアが、おずおずと聞いた。
黒銀に光るその刃は、確かに周囲にただならぬ空気をまとっている。
封印を解いたことで、今の魔剣《ヴェルゼ=ファング》は、美しくも危険な“存在感”を放っていた。
「ちょっとした掘り出し物だよ。……魔剣だったけど、ちゃんと手懐けてきた」
「ま、魔剣!? またずいぶんと厄介なモノを……! 危ないことしないでください……!」
カリヤがこめかみに手を当てて、ため息をつく。
「以前、呪い装備を触った貴族様がどうにかなってしまったという話を聞いたことがあります……本当に、大丈夫なのですか……?」
「平気だ。むしろ、今は俺の言うことしか聞かねぇ。完全に主従関係、成立済み」
俺がそう言って肩をすくめると、ヴァルナがキラキラした目で食いついてきた。
「えっ!? じゃあその剣、話すんですか!? 意思があるんですか!? 仲間ですか!? 名前は!? スキルは!? 火を吹きますか!? 斬撃に属性ついてますか!? 変形しますか!?」
「お、おちつけヴァルナ……一気に質問しすぎだ……」
「すごいなあ……オージ様って、どんどん新しいことを見つけて……まるで、宝探しの達人みたいです」
リリアの言葉に、俺はちょっとだけ照れた。
(ま、実際“宝”みたいなもんだしな。目さえあれば、世の中の価値は拾い放題ってことだ)
◆ ◆ ◆
夜。
誰もいない部屋の中。
魔剣《ヴェルゼ=ファング》を壁に立てかけていた俺は、ベッドの上で寝返りを打とうとした時――ふと、声を聞いた。
『……やはり、“主”となったか。見る目のある者よ……』
あの低い声。だが、今は干渉ではない。単なる、囁きのようなもの。
『……この封印の綻びを、見抜き、突き、支配するとはな。主よ……貴殿こそ、我が過去の主たちとは“異なる”……』
……異なる?
『――ならば、我が知る“魔具の王”たちの秘密、少しずつ語ってやろう。この世界に隠された、魔剣たちの系譜と、その“創造者”の名を――』
声は、そこまでだった。
俺は目を細めて、魔剣に一瞥をくれる。
(なるほど。こいつ……ただの武器じゃない。何かの“入口”ってわけか)
「面白ぇな。だったら――その先も、“見せてもらおうか”」
俺の“鑑定眼”が、また一歩、新たな世界を“読み解こう”としていた。