第10話 商品を目利きしよう
カリヤが俺の朝食用のパンにナイフを入れながら、微妙な顔をして俺を見た。
「……で、本日は奴隷市場ではなく、一般の市へ?」
「ああ。今日は“奴隷じゃない方”の仕入れをするつもりだ」
そう、今回は“モノ”を見に行く。
俺の鑑定眼は、どうやら人間の“才能”だけじゃなく、商品や物品にも使える。
筋肉にも使えたし、魔法陣だって書き換えることができたしな。
つまり、“誰も気づいてない価値ある商品”を見抜けるってわけだ。
……という確信が、昨日ふと、ふいに閃いた。
「“目利き”の才能があるってのは、商人としては最強クラスのチートだ。なら、一度やってみる価値はあるだろ?」
俺が肩をすくめると、カリヤはため息混じりにパンを切り分けながら答えた。
「……また、妙なことを思いついたものですね」
「妙って言うな。可能性への挑戦だ」
「では、失敗したら“妙な浪費”として記録しておきますね」
「記録帳とかつけてたのかよ!?」
「オージ様のことはすべて記録しておきたいのです。いずれ伝記にします。私の日記帳に、オージ様との日々はすべて記録済です」
「こ、怖い……」
そんなやり取りをしていると、ヴァルナが横から顔を出してきた。
「オージ様! もしかして今日は市場ですか!? 私、行きます!」
「お、お前は留守番……いや、いや、まぁついてきてもいいけど、騒ぐなよ?」
「任せてください! 赤い剣があったら買いましょう!」
「騒ぐなって言ってんだろ……なんだその赤い剣への謎の執着は……」
相変わらず、ヴァルナはおかしなやつだ。
隣ではリリアが小さく笑いながらパンを齧っていた。
「でも……本当に、見るだけで、物の価値までわかるんですね。オージ様の鑑定眼って」
「昨日、自分の体を見て思ったんだよな。“肉体の性能”や“魔力の流れ”まで見えるなら、“武器の素材”とか“魔法道具の構造”だって、いけるんじゃないかって」
「なるほど……それは、確かに……!」
「まあ、やってみなきゃわからんけどな。とにかく今日は、実験も兼ねて――」
俺はパンをひと口齧り、笑う。
「“当たり商品”を、引き抜いてやるぜ」
市の入り口は朝から混雑していた。
活気ある掛け声、荷車の軋む音、汗と香辛料が混ざった独特のにおい――
ここは、文字通り“商人の戦場”。
「さて……“シン鑑定眼”、試運転だ」
俺は軽く目を閉じ、呼吸を整える。
そして、目を開いた瞬間――視界に、無数の“商品ウィンドウ”が、鮮やかに浮かび上がった。
まず最初に目をつけたのは、片隅に雑多に積まれていた“ジャンク武器”の山だった。
刃こぼれした剣、ヒビの入った盾、曲がった槍。
誰が見てもガラクタ。……でも俺には、違って見える。
(……こいつは……“魔銀合金”の剣か)
錆びた鉄のような外見をしているけど、内部構造に魔力伝導性の高い金属反応がある。
表面を削れば、きれいな銀色の光沢が戻るはず。
「お兄さん、そんなの買うのかい? そっちはもう鍛冶屋も見向きしないガラクタだよ」
武具屋の親父が苦笑いを浮かべて言う。
「これと、あの盾と……この短剣、まとめていくらだ?」
「へえ、物好きもいたもんだ。そうだなぁ……三つで銀貨五枚ってとこかね」
(実際の価値は、少なく見積もっても銀貨三十枚分以上。うん、悪くない)
「買った。梱包しといてくれ」
「へえ……マジで? いやー助かる助かる!」
親父はニコニコ笑ってるけど、俺も心の中でニヤついてた。
次に向かったのは、雑貨屋の薬草棚。
「リリア。ここ、君に見てほしいんだけど」
リリアはあれから、ずっと治療薬や薬草の勉強に励んでいるからな。
こういうのは詳しい。
「あ、はい……この薬草たち、見た目は普通のものばかりですね。回復用の〈ヒーリンリーフ〉に似た雑草も混ざってますし」
「だろうな。でも……これは、どうかな?」
俺は一枚の、乾きかけた葉をつまみ上げる。
《名称:サンブライトの若葉》
《効能:高純度活性効果/※神経刺激作用あり》
《市場評価:低(外見不一致)》
《希少性:高/調合補助向け》
《保存状態:良好》
(……やっぱり、外見だけで分別されてたか)
「これは、調合するときに使うと、回復薬の即効性が増す。“暴走しなければ”だけどな」
「えっ、それって……!」
「使いこなせば、上級ポーション相当になる。“使いこなせば”だけどな」
「オージ様、それ、さっきから何を基準に……?」
「俺の目だよ」
それだけ言って、他にもいくつか怪しい草を見繕い、まとめて薬草屋の店主に声をかけた。
「この束、全部でいくら?」
「うーん、そっちは処分品だから……銀貨一枚でどうだい?」
「ちょうどいい。いただこう」
「へっ、変わってんなあ兄ちゃん!」
周囲の商人たちが、「変な奴が買い漁ってる」と笑いながらこっちを見ていた。
だが、こっちは本気だ。
“見える”からこそ、自信を持って買える。
最後に立ち寄ったポーション屋では、少しだけ面白いやり取りがあった。
「リリア、これ見てみろ」
「あっ、これ……中身、分離しかけてますよ。古いやつですね」
「だな。でも、下層の粒子、暴走気味だけど“覚醒系”に近い構造をしてる。これ、調整すれば“限界突破用”としていける」
「そ、そんな……!」
「俺の目に狂いがなければ、だがな」
俺は棚の奥に隠れていたそのポーションを手に取り、店主のところへ。
「これ、売ってくれるか?」
「え? そいつは失敗作だよ? 何なら処分してくれても……」
「じゃあ、処分代として銅貨三枚置いてくわ」
「ははっ、変わってるねぇ! どうぞどうぞ!」
俺はポーションをリリアに渡しながら言った。
「後で、調合室で中身を安定させよう。君の魔力なら、粒子の共鳴調整もいけるはずだ」
「……オージ様、ほんとにすごいです……! 見てる世界が違う……!」
リリアがぽつりと呟いた言葉に、少しだけ胸が温かくなった。
(あとは、仕上げだな)
仕入れた商品たちを、屋敷に戻ってメンテして――
それを“真の価値”として売り出す。
この一日で、俺の目利きが“本物”だってことを証明してやる。
屋敷に戻った俺は、さっそく作業を始めた。
まず手をつけたのは、あのボロ剣だ。
表面のサビを削り、刃を丁寧に研いでいくと――中から、まるで鏡のように輝く銀色の刃が姿を現す。
リリアが目を丸くして見ていた。
「わ、わあ……! まるで新品みたいに……!」
「なあ? “ただの鉄くず”じゃねえって言ったろ?」
《魔銀合金製長剣》
《耐魔性◎/軽量/反応速度補正あり》
俺の鑑定眼は、剣の力を正確に“証明”してくれていた。
「こいつは、魔法反応を抑えつつ斬撃に転換する性質がある。魔導士キラー向きの一本だ」
次は、あの暴走しかけていたポーションだ。
リリアと一緒に調合室へ入り、俺は粒子の回転を鑑定しながら指示を飛ばす。
「ここ、少しだけ魔力で包んでみてくれ。左回転で。焦るなよ、繊細な作業だから」
「は、はいっ……!」
リリアが指先に集中し、慎重に魔力を流す。
すると――ポーションの液体が一瞬、淡い金色に輝き、全体がなめらかに溶け合った。
成功だ。
「やった……これで、“戦闘時限定の覚醒ポーション”として売れる。副作用が強いから使い手を選ぶが、戦士系の一部には重宝されるはずだ」
リリアが感激したように俺を見た。
「……本当に、オージ様って……全部、見えてるんですね……」
「まあな。“目が効く”のが俺の取り柄だよ」
◆ ◆ ◆
仕上げた商品を手に、俺たちは王都にある商会へと向かった。
ここは冒険者や騎士団に武具や薬品を卸している老舗の店だ。
以前、奴隷売買の情報を仕入れた時にも少し使わせてもらった。
「いらっしゃいませ――あっ、オージ様!」
対応に出てきたのは、以前顔を覚えていた若い店員。
「今日はまた、どういった……?」
「この剣、買い取ってくれ。あと、このポーションと薬草セットもだ。いくらになる?」
店員は眉をひそめながら剣を受け取り、しばらく見て――顔を真っ青にした。
「……え、ええっ!? これ、魔銀合金ですよ!? 本物ですか!?」
「本物。表面サビてただけ」
「な、なんでこんな逸品が……!? うちで買い取るなら金貨十五枚は出せます!」
リリアが隣で小声で驚いていた。
「さ、さっき銀貨五枚で買ったものが……金貨十五枚に……!?」
「まだまだあるぞ」
ポーションの方も、店の調剤士を呼んで鑑定してもらう。
「な、なにこれ……こんな粒子構造、上級錬金師でもそう簡単に作れませんよ!? しかも“戦闘時覚醒”に特化なんて……これは、王国騎士団が欲しがるレベルの代物です!」
「で、値は?」
「こ、金貨八枚……いえ、場合によっては十枚以上で落札されるかと……!」
(ふっふっふ……大当たりだな)
◆ ◆ ◆
その日、俺が売った品々はすべて“驚きの逸品”扱いとなり、
合計で金貨三十枚近い利益を出した。
しかも元手は、たったの銀貨十枚ちょっと。
爆益である。
帰り道、カリヤがぼそりと呟いた。
「……オージ様。あの……やはり“見るだけでわかる”というのは、本当なのですね」
「ぱっと見の見た目で騙されるやつが多いほど、俺の鑑定眼は輝くってわけだ」
隣で、リリアが尊敬のまなざしを送ってくる。
「ほんとうに……オージ様の目は、奇跡です……!」
「奇跡ってほどじゃねぇ。努力と運と、ちょっとした才能さ」
俺はにやりと笑って、懐の重みを確かめた。
(これでまた、次の奴隷を仕入れる資金もできた)
(そして……次は、“育成”だ)
「……よし、次はもっとすごいのを見つけてやる」
“価値を見抜く目”を武器に――俺は、商人としても、さらに一歩、前へと進み出すのだった。