嬌声と悲鳴と嗚咽
家に入ると玄関には出ず、学校の廊下に出た。
そしてその廊下は、終わりが見えないほど長い。
何を言っているのか自分でも分からない。
だというのに拳銃を持った女の人は
こちらに構わず真っ直ぐ進んで行く。
後ろ姿しか見えないが、
ポニーテールにスタイリッシュな服装。
体つきから、
少なくとも大学生以上の大人っぽさを感じる。
この現象を知っているふうに歩く少女は、
普段意識していないけど、
意識したらしたで鬱陶しく感じる存在、
顔ダニを見るような目でこちらを見てくる。
セーラー服を着ていて髪はセミロング。
中学生くらいだろうか、体つきは幼い。
少女にくっついて歩く少年は、
小学生くらいだろうか、
戦隊モノのTシャツを着ている。
「煩わしかったら耳を塞ぐといい」
唐突に女の人がそう言った、
言葉の意図が理解できない。
「ーーーーーーーーー」
「ッ!?!?」
唐突に女性の嬌声が聞こえる。
方向は隣の部屋から。
よくよく見ると、
この廊下に隣接する全ての部屋に
保健室の札があった。
いや、保健室はそういう場所じゃないだろ…
どんな低偏差値校だ。
こんな空間に
野次を言うのも外れているとは思うが。
少女は少年の耳を塞いで歩いている。
「なにー?」
「なんでもなーいよ」
フォローの上手い子だ。
嬌声が聞こえる部屋は点在しており、
通り過ぎる度にいたたまれない気持ちになる。
女の人が、
唐突に嬌声が聞こえる部屋の前で止まる。
その保健室の扉には、
刃物を切りつけたような跡があった。
また別の空間に繋がっているのだろうか。
『ガラッ』
引き戸だ…ん?。
あまり廊下と建築様式が乖離していない…
地続きのように見える。
ということは。
「ーーーーーー!!」
嬌声がより大きく聞こえる。
振動や少しの匂いが伝わってくる。
幕が下ろされているのが何よりの救いだった。
「ねぇなんか女の
「なんでもなーいなんでもなーい!」
女の人はお構いなしに進み、
校庭に出そうな扉を開けた。
今度こそと思って見た扉の先は、
明らかに別空間を思わせる暗闇があった。
いい予感はしないが、
ここよりは幾分かマシだろうと、
続けざまに小走りで入った。
高まる嬌声の最後を聞くことはなく、
扉は閉まってくれた。
この空間は暗く、
かろうじて歩けるほどの明かりが
足元を照らしている。
いや、目が慣れてくるとより
薄明かりが分かりやすくなる。
人魂のように揺らめいていたり、
血痕を見えやすくするために
さりげなく配置されていたり。
ここはお化け屋敷だ。
屋内で道が細く、飾りつけが足元を不安にさせる。
「ひぇ」
「うわ…」
少年少女たちが少し慄いている。
女の人はそれに構わずまた先行する。
「あの」
「ん?」
「もう少し、ゆっくり歩いてもらえませんか?」
「…時間が押しているから、
その限りで努力してみる」
女の人の歩調がやや落ち着く。
意見の具申で、少しは役に立てただろうか。
『ヒュ〜ドロドロドロドロ』
BGMがつき、お化け屋敷の雰囲気が増してくる。
進むにつれ演出も濃くなっている気がする。
『ウオー!』
「「ひぃッ!」」
少年とハモってしまった。
狼男の演者の勢いが凄い。
時間が押しているというのはこれのことだろうか。
その疑問にお化け屋敷は丁寧に答えてくれた。
「うおっ」
「キャッ」
「ぐす」
どんどん演者の迫力が増してきている。
女の幽霊が現れた時には、
少年が泣き出してしまった。
今では先程の保健室と同じく、
この場から脱したい気持ちでいっぱいだ。
『フフフフフ』
大きな西洋人形が行く手を塞いできた。
『バン!』
「わっ!?」
女の人がノータイムで発砲し、西洋人形は伏した。
「そろそろ目的地、はぐれずに来て」
女の人が足早に進み、
進行の邪魔になる演者を次々と撃ち倒していく。
なぜだか、銃声を聞く度に涙が零れそうになる。
なんとか押し殺して歩くと、
お化け屋敷は終着点を迎える頃だった。
女の人が出口らしき暖簾のすぐ手前の、
関係者以外立ち入り禁止の扉に手をかけていた。
扉が開くと逃げるように一斉に入った。
「うえええ」
「よしよし頑張ったね」
縋り付く克己を慰めながら、ティッシュを手渡す。
『チーン』
しかし、この男が速度を落とす提案をしなければ、
マシな脅かしの中で出られていたかもしれないのに。
こういう自分本位な人間にはなりたくないな。
幽霊屋敷よりはましだが、ここもやや薄暗い。
辺りのほとんどが剥き出しの
コンクリートで構築されている通路。
鉄格子などの高いセキュリティも見て取れる。
ただ電気が通っていないのか、
そのほとんどは機能していない。
出てきた場所は、これまた厳重そうな鉄扉。
「ここは安全地帯、話せる場所まで案内する」
お姉さんに着いて行くと、
すぐに吹き抜けの広い空間に出た。
自然光かは分からないが、
ほのかな光のおかげでこの施設の全貌が分かる。
刑務所だ。
吹き抜けの空間を通り抜け、
房が並んだでいる廊下の先、
椅子が置かれた休憩室に辿り着く。
お姉さんは真っ先に腰掛けた。
「座りなよ」
言い終わる前に克己は座っていて、
それに続いて私も座った。
「さて…何から始めようか」