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矢面克己と濱崎柳



「…はっ!」


また浜辺を歩いている。海が元に戻った?。

即座に波から離れ、様子を見る。

押し引きは維持されており、

かさが増える様子もない。

あの少年は!?。

見渡す限りでは人影はなく、

耳をすましても泣き声はしない。

少年は歩いてここまで来ていた。

それは確か海を正面にして左からだったはず。

もし本当に元に戻っているのなら、

少年がまたナースに襲われていても不思議ではない。

心配が重なるにつれ、歩調は早くなる。

ただ駅だの交番だのと言っていたが、

やはりそれらしい建造物は見つからない。


「ん?」


自然物の中にポツリと、違和感のある人工物。

浜の端の岩礁に差し掛かっている場所に、

一枚のガラス戸。

おそるおそる近づいてみる。

岩礁は湿っており、

気を抜くと転んで落ちてしまいそうだ。

そういえば、少年は転んだと証言していた。

駅から出て、ナースに追いかけられる、

交番に行き、転んだと。

ここで転んだとしたら、この扉が交番への鍵?。

ガラス戸を透かしてみると、違和感を覚える。

ガラス戸に透けている色と、奥の景色の色が違う。

馬鹿げた話ではあるが、

どこか別の場所に繋がっている?。

そう考えると、透けている色はどこかの

駅前のような、灰色と原色が見えなくもない。

ガラス戸に手をかけ、開ける。



難なく開いた扉の向こうは

ガラス戸の色味を決して裏切らなかった。

そこは確かに駅前で、

地面を踏むと先程よりも

頼りがいのあるアスファルトだった。

振り返って見ると、まだ扉は浜と繋がっている。

無性に、片足をアスファルト、

もう片方の足を岩礁に交互に踏み変える。

特に意味は無い。

空気もやはり湿度が違うような。

両手も足と同じように空間を行き来させる。

特に意味は無い。


「はっ」


珍現象に夢中になり、本来の目的を忘れていた。

少年を探さなければ。

ガラス戸がある建物を見ると、

でかでかとKOBANという看板を下げていた。

少年の言葉にあった交番で間違いないだろう。

改めて駅前を見渡す。

どこにでもありそうな、

駅前と言ったらこれみたいな駅前。

案外こういったものが、

現代の日本人の

原風景だったりするのかもしれない。

そういえば少年が言っていた…居た。

ナース。

長身痩躯で、

凛々しさと清潔感を併せ持つザ、ナース。

上品に振る舞いながらも、

競歩のように切り詰めて歩く姿は、

忙しい時間帯の彼女らによく似ている。

人間であるように見えるのに似ていると

考えてしまうのは、

無意識的に非人間と捉えているからだろうか。

あるいは完璧に近すぎるからだろうか。

どちらにせよあまり近づきたくはないな。

遠巻きに見ながら、歩き出す。


「こんにちは」

「イッ!」


目の前にナース。

思わず叫びそうになった。


「こ、こんにちは…」


完璧な笑顔で返される。

よくよく見ると、

同じ制服のナースがそこら中にいる。

少年は追いかけられたと言っていたが、

今の所そのような気配は無い。

焦る必要はないと一瞬息をついたが、

この空間も先程のように

いつ牙をむいてくるか分かったものじゃない。

足早に歩き、周囲に目を凝らす。


「こんにちは」

「あっこんにちは」


少年の説明した順序通りだと、

彼は最初駅に現れているはず。

駅の出入口は…あった。

階段を下り、中へと進む。

外と違って中はやや寂れており、

埃っぽい雰囲気を感じる。

階段を抜けると、線路が見えた。

おかしい、もうホームに着いた。

途中に改札やその他の機能が一切ない。

足を止められなくて済んだのはそうだが、

無いとやはり違和感がある。

この空間は、どうも抽象的らしい。


「…、…」


聞き覚えのある声が、

ホームの奥の方から聞こえてくる。

そこに向かう途中、この駅の名前を知る。

卯未駅。

正しい読み方も分からないし、聞き覚えもない。

今は無視して、声の方向へ歩く。

ホームを通り過ぎて、

来た時と反対側の階段を上がり、

改札を含む色々な機能をひっくるめた部屋に出る。


「う…ぐす…」


居た。

今度ものっぺらぼう的なシチュエーションだが、

今更警戒する必要は無い。


「もしもーし」

「ひっ」


同じように呼びかけたつもりだが、

肩を跳ねさせてしまった。

恐る恐る振り向かれる。


「お姉…ちゃ…?」

「うん、そうだよ」

「な…泣いてない!」


まだ何も言っていないのに否定される。


「うんうん、そうだね」


また一通り慰め、鼻をかませる。

ゴミ箱を探すが見当たらず、

ポイ捨てを見させるのも教育に悪いので

またポケットに詰める。

出口といった通路も見当たらないし、窓もない。

改札は壁に沿って配置されているし、

切符売り場とコンビニがごっちゃになっている。

これらに元と同じ機能を期待できそうにはない。


「溺れた後、起きたらここにいた?」

「ううん、ホームにいた」


ナースを避けるように反対に進んで、

行き詰まったというわけか。


「私の名前は濱崎柳、君の名前は?」

「矢面、克己」

「いい名前」


自己紹介も済ませ、

打って変わって和やかな雰囲気となる。

わざわざ怪異に逢いに行くくらいなら、

ここにずっといたいくらいだ。

ただ夢のように、

死にそうになる瞬間目で目を覚ますといったような、

この空間から脱出する

受動的な方法が見い出せない以上、

止まっていても埒が明かない。


「外に出よ?」

「やだ!」


即否定されるが、気持ちは分かる。

あの機械的なナースに追いかけられたら、

自分なら謝り倒しながら鼻水垂らしていただろう。


「そっか…なら私だけでも行くね」

「え…?」

「私はこの意味わからない空間から出たいし、

両親も心配してると思うから」


時間の流れが違うといった

ご都合設定には期待できない。


「お、お母さんも?」

「お母さん…もそうだと思うよ」


ママっ子か母子家庭かと考えたが、余計な詮索だ。


「大丈夫だよ、何かあったらお姉ちゃんが守るから」


自信はないけど。


「うん!」


来た道を逆走し、駅から出る。


「っ」


ナースが視界に入った時、

克己が明らかに怯えだした。

ぴったりとくっつかれ、服の裾も掴まれる。


「怖くない、怖くないよ…」


そんなことを言っている自分も、

走り出す準備は出来ている。

ナースの視界に入っても、追いかけては来ない。


「こんにちは」

「あうっ」


克己の肩が跳ねる。


「こんにちは〜」


両方を刺激しないように柔和に当たる。

克己はナースに釘付けになってしまっているが、

まあ仕方がない。

交番のような別の空間に繋がる扉を探す。

あわよくばこの世界から脱出する方法も。


「ヒッ!」


脇から悲鳴が聞こえる。


「どうしたの?」

「今、すごく見られた…」


克己の目線はナースに注がれ、怯えている。

当のナースはこちらに関心がないように、

明後日の方向を見ている。


「本当に?」

「ほんと!」


この状況で嘘を言うとは考えにくい。

もしかするとナースの狙いは克己で、

私がいると抑止力になる?。

ありえる話だ。

ちょうどファミレスらしき建物に

突き当たったので、

窓ガラスの反射でナースを見る。


「う」


周辺のナース全員が、

棒立ちしてこちらを凝視している。

まるで今まで遠慮がちだったほどに。

よく見ると顎が下に傾いており、

克己を凝視している。

振り返ると、

ナースは何でもなかったようにそこら辺を右往左往。

こんな異常者に追いかけられたのかと、

克己がさらに気の毒に思える。


「ここ、見たことある」

「ここ?」


このファミレスのことだろうか。

確かによく見る、

チェーン店の赤みがかった色合いに似ている。


「ここのハンバーグ美味しいよ」

「そっか、入れるかな」


ガラス戸に手をかけた時、

緩い疑問が確信に変わった。

ガラス越しの風景が違う。


「入れるかも」

「本当に!?」

「ごめんね、ただ…このお店には入れないかも。

交番みたいな感じ」

「またあそこに出るの?」


克己の表情が曇る。

浜辺でのことを思い出させてしまったようだ。


「浜辺には出ないと思う」


ガラスに写る色は、砂浜の黄色も海の青もない。


「ここから離れられるかもしれない、行く?」

「なら、行く」

「よし」


振り返り、

最後まで笑顔を浮かべるナースを睨みながら、

扉を開ける。



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