ep 9
鋼鉄の運び屋、感謝と希望を乗せて走る
ゴールド商会の支店前は、いつになく賑わっていた。ジュンが最後の荷物を降ろし終えると、依頼主の商人だけでなく、どこから聞きつけたのか、多くの街の人々が集まってきていたのだ。
「ジュン様! いつも本当にありがとうございます!」
「あなた様のおかげで、遠い南の地方の薬が手に入り、うちの婆さんの病が良くなったんです!」
「新鮮な野菜や果物が毎日食べられるなんて、夢のようです!」
「子供たちが、ジュン様の運んでくれた絵本を奪い合って読んでますよ!」
口々に上がる感謝の声。ある者は深々と頭を下げ、ある者は涙ぐみ、小さな子供は「トラックのおじちゃん、ありがとう!」と駆け寄ってくる。彼らの生活が、ジュンの運ぶ物資によって確実に豊かになっていることを、ジュンは改めて実感させられた。
「いや、そんな大げさな…。俺はただ、頼まれた荷物を運んでるだけですから」
予想外の歓迎に、ジュンは照れ臭そうに頭を掻くしかなかった。日本でトラックを運転していた頃は、時間通りに荷物を届けるのが当たり前で、こんな風に直接感謝されることなど滅多になかった。戸惑いは大きいが、悪い気はしない。むしろ、胸の奥がじんわりと温かくなるような感覚があった。
「ジュン様は謙遜しすぎです!」
隣に立つリーザが、満面の笑みで胸を張る。
「ジュン様がいらっしゃらなければ、この街は慢性的な物資不足に陥り、人々はもっと苦しい生活を強いられていたでしょう! まさに、ジュン様は現代に現れた救世主なのです!」
リーザの言葉に、集まった人々も「そうだ、そうだ!」「勇者様だ!」と口々に同意する。
「はは…そんなことないってば…」
ますます照れ臭くなり、ジュンは顔を赤らめて俯きそうになった。
「さて、ジュン様。今回の荷物はこちらになります」
商人が、次の依頼品である頑丈な木箱をいくつか指し示した。
「これは?」
「はい。隣の地方にある開拓村への支援物資です。最近、雨が降らず作物が育たないそうでして…これは、当面の食料と、干ばつに強いとされる新しい品種の種籾、それから農具です。どうか、彼らに希望を届けてやってください」
商人は真剣な眼差しでジュンに頼んだ。
「分かりました。確かに届けます」
ジュンは力強く頷き、荷物をトラックの荷台(異次元収納)へと積み込んでいく。それは単なる「荷物」ではなく、困窮する人々の「希望」なのだと、先ほどの街の人々の顔を思い出しながら感じていた。
「では、行ってきます」
「はい、よろしくお願いします! 道中お気をつけて!」
商人や街の人々に見送られ、ジュンはトラックに乗り込み、エンジンをかけた。リーザも嬉しそうな表情で助手席に飛び乗る。
「ふふ、ジュン様と一緒にこのトラックに乗って旅ができるなんて、わたくしは本当に幸せ者です!」
リーザは目を輝かせながら、発進するトラックの振動を楽しんでいる。
トラックが街を離れ、再び街道を走り始めると、ジュンは先ほどの光景を思い出していた。(人々の役に立っている、か…)
日本での単調だった日々とは違う、確かな手応え。それは、くすぐったくもあり、少しだけ誇らしくもあった。
「なぁ、リーザさん。この世界って、やっぱりどこも大変なんですか? 魔物とか、物資不足とか」
ジュンはハンドルを握りながら、隣の騎士に尋ねた。
「はい、ジュン様…」
リーザの表情が少し曇る。
「この世界では、魔物の脅威は常に身近にあります。屈強な騎士団や冒険者がいるとはいえ、全ての村や街道を守り切れるわけではありません。物流が滞れば、今回のように物資が不足し、人々の生活はすぐに困窮してしまいます。わたくしのような一介の騎士にできることなど、本当に微々たるものなのです…」
彼女の声には、無力感と悲しみが滲んでいた。
「でも…」
リーザは顔を上げ、真っ直ぐにジュンを見つめた。
「でも、ジュン様なら、きっと変えることができます! その『トラック』という比類なき力で魔物を薙ぎ払い、どんな場所へも必要な物資を届けることができる! それは、人々を絶望から救う希望の光そのものです! やはりジュン様は、この時代に遣わされた勇者様に違いありません!」
リーザの瞳には、揺るぎない確信と熱い期待が宿っていた。
「勇者、ねぇ…」
ジュンは小さく呟いた。その言葉の重みは、まだ彼にはよく分からない。自分はただのトラック運転手だ。できることは、ハンドルを握り、アクセルを踏んで、荷物を運ぶことだけ。
(でも…)
ジュンは、先ほど見た街の人々の笑顔を思い出す。子供たちの嬉しそうな顔、老婆の安堵した表情、商人たちの感謝の言葉。
(あの笑顔が見られるなら…『勇者』って呼ばれるのも、まあ、悪くないのかもしれないな。少なくとも、ただ走るだけじゃなく、胸張ってアクセル踏めるってもんだ)
ジュンは、無意識のうちに口角を上げていた。そして、前方の道を見据え、トラックのアクセルをぐっと踏み込んだ。エンジンが力強く唸りを上げ、巨体が加速する。
この鋼鉄の塊は、もう単なる移動手段や武器ではない。人々の生活を支え、遠く離れた場所を繋ぎ、そして時には、ささやかな希望を運ぶためのものなのだ。
今日も、元トラック運転手・鏡ジュンは、人々の笑顔と、隣に座る騎士の期待を乗せて、異世界の道をひた走る。その行く先がどこであろうと、彼のトラックが切り拓く道は、きっと誰かの明日へと続いているのだろう。




