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ギルベルト・オースティン

 ギルベルト・オースティン。平民出身から副団長の座にまで上り詰めた、叩き上げのいぶし銀。そうした経歴からか、自他双方に非常に厳格。それまでの苦労を象徴するような白髪から、『白鬼』の二つ名で知られている。剣の腕は当然ながら指揮官としても優秀で、二年前までは第三騎士団に在籍していたのは、民衆の間でも有名な話だ。というのも彼は、かの『ディアム作戦』に従事し、生き残った数少ない騎士だった。

「白鬼様が柱神の僕、ねえ……」

 アッシュは翌日になっても、彼女の言葉を反芻し続けていた。排除する相手のことなど、青空の下、王城内の庭園のベンチに腰掛けて考えるには、少々血生臭い話題だ。

 そう思った矢先――

「おお、勇者殿ではありませんか。聖剣は無事に取り戻せたようで何よりです」

 190cmセクト近くの大柄な体格に、ギョロリとした緋色の瞳。そして、色素の抜けきった白髪と、丹念に整えられた白い髭。間違いなく、ギルベルト・オースティン――アッシュが殺すべき相手だ。

 アッシュは毅然とした表情を作ると、ベンチから立ち上がった。剣を携帯している今のアッシュは、『初代勇者の依り代となっている』振りをする必要がある。『認識誘導』を発動してから、アッシュは口を開いた。

「オースティン卿か。その節は迷惑を掛けた。一人で行く、などと出過ぎた事を言った」

「いえ、お気になさらず。魔女を逃がしたのは痛手ですが、ラーベンは複雑な地形ですから、聖剣を取り戻せただけ充分でしょう」

 俄かに、ギルベルトの声色が変わったのを感じた。一見褒めているが、アッシュはギルベルトの中にある『自分ならそんなヘマはしない』という嘲りを感じ取った。

 彼もまた、アッシュを舐めている。

「ですが、近日中にあの魔女に煩わせられる事など無くなりましょう。何しろこのギルベルト・オースティン、僭越ながら偽眼の魔女討伐の任を陛下から賜りましたので。我々にとって、ラーベンとは庭のようなもの。必ずや、偽眼の魔女を捕らえてみせましょう」

 ギルベルトが胸をドンと叩き、得意げな顔をする。その眼には、やはりアッシュに対する優越感が宿っている。

「成る程、頼もしい限りだ。武運を祈ろう」

 嘲りの視線を受け流すように、アッシュは小さく頭を下げた。

「ふむ……それにしても勇者殿、随分と風格が増したように見えますな。それが噂に聞く……聖剣の威光、ですかな?」

 口の端を吊り上げて、アッシュの腰に提げられた偽の聖剣を見るギルベルト。

 彼が使徒なら、聖剣の機能については承知の筈。

 となれば、返す言葉は決まっている。

「馬鹿なことを。これは単なる剣に過ぎん」

 柄に触れながら、ハッキリと言い放った。

 初代勇者は、自身の人格と記憶を他者に移すことを承認した際、聖剣の機能を自身の口から誰にも話さないようにしている。故にギルベルトが使徒でも、それを決して認めない。ここでそれらしい事を言えば、怪しまれる恐れがあるのだ。

「おや、気を悪くされましたかな? それは申し訳ありません」

 返事を聞いたギルベルトは、心の籠っていない謝罪を述べる。それにアッシュは思わず眉を顰めた。軽くお辞儀をしていたギルベルトには見えなかっただろうが。

「では、私はこれより所要があります故。失礼致します」

 そう言ってギルベルトは、庭園を後にする。その折、すれ違ったアッシュに、小さく言った。

「無能の身体では窮屈でしょうが……柱神方の為に頑張りましょう、初代殿」

 この言葉に、アッシュは胸を撫で下ろすと同時に、驚愕を隠せなかった。聖剣の機能を知っているのは当然としても、まさかそれを平然と口にするとは思わなかったからだ。

 去り行くウィリアムの背中を見送りながら、アッシュは小さく拳を握りしめた。

 確定した。ギルベルト・オースティンは、使徒だ。


 *


 夜、アッシュは今日もシエルに『現世召喚』で呼ばれ、地下室に来ていた。元より、ギルベルト暗殺の計画が完了するまで、アッシュの都合がつく限り、毎日話し合いの時間を設ける事になっているのだ。

「成る程。確かにそれは、間違いありませんね。ご苦労様でした、アッシュさん」

 アッシュの報告に満足げに頷きつつ、シエルはペンを走らせる。

 しかし、アッシュには昨晩からずっと、疑問に思っていたことがあった。

 それは、『ギルベルトが使徒という確証を取って欲しい』という彼女の指示そのものにあった。

「シエル。ギルベルトが使徒ってのはまず確定だったんだろう? どうしてわざわざ、俺に確認するように言ったんだ?」

 シエルがペンを止め、アッシュの方を向いた。

 その顔には、昨日までと異なり、眼鏡というらしい視力矯正用の装身具が掛けられている。

「一番の理由は、貴方がギルベルト・オースティンが使徒という事に、あまりピンと来ていない様子だった事です。だから自身で確認して頂き、作戦に身が入るように、と思いまして」

「一番の理由、か。という事は、二番目もあるのか?」

「ええ。二番目の理由は――ギルベルト・オースティンが使徒である事を確実にしたかったからです」

「……? それは『真眼』で分かるんじゃないのか? お前が直接ギルベルトを見れば済む話だろ?」

「いいえ、私の眼では、柱神関係の情報は分からないんです」

「……どういう意味だ」

 シエルの特性スキル『真眼』は、その眼で見たものの真実を知る能力。人間なら人格や経歴などあらゆる情報を見るだけで知る事が出来る。その結果、思考を読む事さえ可能な破格の力だ。その真眼の力で柱神の存在を知ったものだと思っていたアッシュには、彼女の言葉は驚愕に値するものだった。

「折角ですので、私の『真眼』について詳しくお話しましょう」

 シエルは眼鏡を外し、その瞳から障害物を取り除いた。

「アッシュさんは、世界記憶アカシックレコードをご存じですか?」

世界記憶アカシックレコード……?」

 突然出された聞き馴染みのない単語に、アッシュは思わずオウム返ししてしまった。

「一言で言えば、この世界の物事全てを記録した辞書です。ここに書かれているものは例外なく真実であり、改竄は原則不可能。私の真眼は、見たものの情報をそこから参照するものなのです」

「つまり、お前はその世界記憶アカシックレコードに書いている情報を元に知識を得てるって訳か」

 シエルが頷く。今度は机に置いた眼鏡を再び掛け、フレームに指を置きながら話を続ける。

「ですが、世界記憶アカシックレコードに記される情報は極めて膨大です。しかし逆に言えば、直接裸眼で確認しなければ、それに関する情報は入ってきません。この眼鏡をしていれば、私の脳内に入ってくるのは、この眼鏡の材質や製作者など、それぐらいでしかありません」

「ああ、そういう理由か。昨日までは無かったから、イメチェンでもしたのかと思ったよ」

 アッシュの冗談に、シエルはクスリと笑った。

 つまりシエルの眼鏡は、視力矯正やお洒落ではなく、真眼で入ってくる情報量を絞る為のものだったのだ。

 とはいえそれはそれで鬱陶しそうだな、とアッシュは思った。同時に、普段彼女が見ている世界が、どれだけ騒々しい物なのかを想像しようとした。すぐにそれも無理だと諦めたが。

「ですが……その便利な世界記憶アカシックレコードでも、確認出来ない事がありました。具体的には、個人について書かれたプロフィールの中に、虫が食べたような穴がありました。丁度……こんな風に」

 シエルは机の上にあった、昨日と同じファイルを広げた。そこに書かれていたギルベルトの経歴表に、不自然な黒塗りがあった。

「この部分は私が今日の時点で書き足したものです。アッシュさんとの情報共有には、より私の見える形に近い方が良いかと思いまして」

「ディアム作戦に参加して、生還。第三騎士団長となる予定だったが……この辺りが丸々黒塗りになってるな」

「彼が使徒になったのは、このタイミングでしょうね」

「まあ、ここしか無さそうだな。でも、その世界記憶アカシックレコードとやらは改竄出来ないって言ってたろ? どうして奴らに関係する事は伏せられてるんだ?」

「……これはあくまで推測ですが、世界記憶アカシックレコードの正体は、柱神によって作られた魔術なのでしょう。私が閲覧出来る事そのものが異常で、本来は世界の管理者たる柱神たちだけが確認出来るものだった。とはいえ慎重な彼らは、万が一人間や魔族に閲覧可能な者が現れた場合に備えて、自分達に関する情報は伏せるよう設定した、といったところでしょう。開発者自身が制御不能な魔術などナンセンスですから、それぐらいは出来てもおかしくありません」

 成程筋の通った話だ、とアッシュは思った。だが、尚更分からない事もある。

「それじゃあ、どうやってシエルは柱神の存在を確信したんだ?」

「それは勿論、眼が駄目なら他の部分に頼るまでです」

 シエルはそう言うと、立ち上がってローブをたくし上げた。その下からは体型を隠すような厚手のシャツと、デザイン性度外視でポケットが多数設けられたズボンが見えた。が、彼女が見せたかったのはそこではなく、ローブの裏側だ。魔法陣が描かれたらしい紙や短剣、何やら複雑そうな器具まで、単独かつ隠密行動を主とした装備が無数に備えられていた。

「魔法陣から盗賊、斥候が用いる隠密装備など、多種多様な道具を常に携帯していますから。例えば自身から出る音を消す魔法などは、追手を撒く上で非常に重宝しております」

「ああ、そうか。姐さんは鍛冶師だし、外に出るのはお前が全部やってたのか」

 シエルが頷き、ローブを下ろす。

「ですが、私が分かったのはそこまで。可能な限りの手段を尽くしても、私一人では柱神及び使徒の可能性、或いは関わりのある人物。それを絞るまでが関の山でした」

「そこで」と、シエルは言葉を区切りながらアッシュを指差した。

「貴方の特性スキル『認識誘導』が必要になります」

 シエルから求められたが、アッシュはイマイチ釈然とせず、自分を指差して口を開けた。

「アッシュさん。喧伝されたらマズいけれど誰かに自慢したい。そんなものがあるとして、貴方ならどんな相手にお話ししますか?」

「自慢したい……? どんな相手……?」

 そもそもそういった状況を想定出来ない、というのが正直なところだった。だが、シエルが無意味な質問をしていない事は理解出来るので、精一杯考えて答えを絞り出した。

「そりゃあまあ……話しても大丈夫だと思った相手じゃないのか? 口が堅いとか、脅せば言う事聞くとか……そういう他の相手に知られないと確信出来る奴」

 シエルは両手をパチンと打ち鳴らして微笑んだ。

「それです。それこそ、アッシュさんの得意分野でしょう?」

「……俺がそんな信頼出来る奴だと思うか?」

「そう『思わせる事』は、簡単でしょう?」

 アッシュは「あっ」という声を腹から押し出した。シエルが自分に求めていることをようやく認識出来たからだ。

「成程。要するに何かしら上手くやって、奴から柱神関係の情報を聞き出せって事だな」

「はい、正解です。もうすぐアッシュさん用の装備が出来上がる筈なので、出来次第行動開始です。私が根回しして、ギルベルトを誘い込みます。彼が動けば、アッシュさんの出番です」

「情報を聞き出すってなら、殺す前に一度捕らえる必要があるな。その辺は魔術を使うのか?」

「ええ。丁度、適した術がありますので」

 こうしてアッシュとシエルは、使徒ギルベルト暗殺の為の作戦会議をしていく。シエルが行う事前工作と、作戦発動時の動き。それらの認識を互いにすり合わせていると、アッシュの正面にあった扉が開き、中からヴァネッサが現れた。

「おっ、いんじゃんアッシュ。丁度良かったわ」

 ヴァネッサはその手に、男物の服や短剣など、幾つもの装備品を持っている。幼女と見紛う程小さい彼女は、ともすれば備品に埋もれているようにも見えた。

「ほら、シエル。ご注文の品、お待ちどうさん」

「ありがとうございます。……素晴らしい仕上がりです。アッシュさん、こちらをどうぞ」

「アタシが腕によりを掛けて拵えたんだ。ソイツがありゃあ、何だってやれるさ」

 手渡されたローブやブーツは、軽く触れただけで頑丈な作りになっているのが分かった。視線を上げると、得意げな顔で腕を組むヴァネッサがいた。

「あれ、ヴァネッサ姐さんって確か、鍛冶師じゃなかったか?」

「本職は鍛冶だが、服飾こっちも得意なんだよ」

「さ、アッシュさん。一度着てみてください。壁を向いておきますので、終わりましたらお声掛けを」

「サイズはシエルから聞いてるから、大丈夫な筈だぞ」

 シエルが背を向けたのを見て、アッシュはヴァネッサ謹製装備に着替える。別に見られて困るものは無いが、気遣いのつもりらしいので何も言わずに着替えた。

「よし、いいぞ」

「はい。着心地の方は如何でしょうか」

「何も問題ない。サイズもバッチリだし」

 アッシュの衣装は、シエルのそれにかなり近かった。裏側に多数のポケットが仕込まれた紫色のローブとズボン。腰の両側には短剣を収納する鞘があり、そこにはヴァネッサが打った短剣が納められている。茶色のブーツは一見普通だが、高速で振り回すか踵を叩くことで刃が飛び出し、不意打ち用の武器として使える。

「ふふ、よくお似合いですよ」

「まさに殺し屋って感じの出で立ちだな。これが勇者なんて、誰も思わねえだろ」

 アッシュは軽く肩を回したり、飛び跳ねてみる。緩さも窮屈さもなく、動きやすい。これなら狭い路地裏だろうと、縦横無尽に駆け抜けられそうだ。

「根回しには数日かかると思いますので、それまでは今まで通り、勇者として振舞っていてください。準備が完了し、尚且つアッシュさんが前線へ招集される心配がないと確認出来たその時が……ギルベルト・オースティン最後の日になります」

「しっかりやれよ。アタシの作品は完璧なんだから、後はアンタたち次第だ」

 シエルと同じ装備を纏ったことで、アッシュの中に体験したことの無い緊張が生まれていた。

 失敗すれば、アッシュは神に背いた勇者として名を刻まれ、その汚名はリリアにまで牙を剥く。失敗すればリリアも終わる、という状況は今までと変わらないにも関わらず、だ。


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