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一目惚れ

「ありがとう、占い師さん! これで私も、幸せになれるわ!」

「ええ。迷った時は、またいつでもいらしてくださいね」

 大通りを外れた路地に、占い師のテントが立ち並ぶ通りがある。その中の一つに、艶やかな銀髪を覗かせるローブの女がいた。彼女は上機嫌に去っていく客を見送った後――大きくため息を吐いた。

「よくもあれ程都合の良い言葉を信じますね……本当に……」

 彼女――シェラリーヌは、ユースタリア皇国に入り込んでからは、占い師として生計を立てていた。自分の眼を生かすという意味もあるが、少しでも人間の事をこの眼で見て、知りたかったというのも大きい。

 しかし、彼女が希望を抱き、兄の許を離れてまで辿り着いた人間の世界は、彼女が思うようなものではなかった。

 最初こそ彼女は真実を伝え、真摯なアドバイスをしていた。しかし、納得しづらい事を言われた時は信じないばかりか、怒り出す者までいた事で、次第に相手にとって都合の良い部分だけをかいつまんで伝えるようにしていた。それは商売として正解なのだが、それは彼女の心に、一つの結論を刻みつけた。

 人間も魔族も、変わらない。皆、自分たちにとって都合の良い事だけを信じている、と。

 街行く人々もまた、同じだった。和やかな井戸端会議に、肩を組んで酒屋に入っていく男たち。一見するとただの和やかな光景すら、シェラリーヌにとっては悪意と欲望の大合唱。皇国に来て一月程度しか経っていないものの、秘匿されて育てられた箱入り娘から、希望を刈り取るには十分な光景だった。

「こんな事の為に……私は……」

 人間も魔族も、何もしなければ柱神の支配の末に、何れ滅びる。だが、何方も等しく己だけを奉じる生き物なら――果たして、未来を作ってやる必要などあるのだろうか。

 そんな諦観が心を支配し始めた時――目の前を横切った青年が、何やら瓶を落とした。

「あの、落としましたよ……」

 咄嗟に拾って、青年に声を掛ける。彼はすぐに反応し、振り向いて目を大きく見開いた。

「あっ……! すみません、ありがとうございます!」

 シェラリーヌが瓶を青年に渡すと、彼は恭しく頭を下げながら受け取った。

 青年の姿をハッキリと見たシェラリーヌは、思わず息を呑んだ。

 砂や泥に塗れた赤髪と、気休め程度の安い胸当て。真眼が無くとも戦場帰りの傭兵だと一目で分かる。痩せこけた頬と青白い肌は、どう見ても栄養が足りていない。にも関わらず、彼が持ち歩いていた薬は、かなり高価な代物。

「その……妹が病気で……早く持っていかないといけなくて……」

 ふらついた足取りで、弱弱しく青年は去って行った。その間もシェラリーヌはずっと、彼を見続けた。世界記憶アカシックレコードを通じて入って来る情報を読み取るうちに、彼女の胸にじわりと痛みが広がっていった。

 特性スキルを持ちながら、一度を除いて悪事に手を染める事無く生きて来た。それどころか、『不運』で自分を責めて自分自身に特性スキルを掛ける程に自罰的で、罪悪感を差し引いても妹想いという性格。

 『奇跡だ』と、そう思った。柱神の持つ不死の魔法を敗れる可能性を持つ人物が、強すぎる責任感故に思い詰めて生きている。たとえ特性スキルが無くても、助けになりたいと思っていただろう。

 シェラリーヌはすぐに動き出した。丁度今は、兄ディオスクロイによって勇者が不在。使徒たちも次代の勇者候補を探している以上、ある程度裏から情報を流せば、柱神の耳にも入る。分の悪い賭けかもしれないが、勇者に成れれば最先端の療養施設にも入れる。それに『退魔』の能力も利用出来れば、特性スキルの効果も跳ね上がり、柱神打倒の確実性も上がる。

 きっとこれが、最大にして最後のチャンス。彼より柱神殺しに適任した人間がいたとしても、シェラリーヌは既に、彼以外考えられなかった。あの優しく、悲しい青年が幸福になれるなら――それだけでもう、良かった。

 シェラリーヌは現世召喚で、兄の意識を呼び出した。こうして顔を合わせるのは一ヶ月振りだが、随分と久しぶりに感じた。今まで自分の世界の大半を占めていた彼は、シェラリーヌの顔を見るなり、愉快そうに笑った。

『いい顔だ。どうやら見つけたらしいな』

 シェラリーヌは大きく頷き、少女のように笑った。

「はい、一目惚れです」


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