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全知の魔王

 過去を思い出したアッシュは、シエルが手を放した途端、膝から崩れ落ちた。

「……そうだった。俺は親父を殺して、リリアを守った。だから続けなくちゃいけないんだ。あの年に俺が上手く盗み出せていれば……親父が死ぬ必要も無かった。俺が失敗したから、リリアを守るためには親父を殺すしか無かった……」

 頭を抱えてうずくまるアッシュに、シエルとヴァネッサが悼むように顔を歪めている。

 ヴァネッサは、独りごとのように呟いた。

「だから親父さんの分まで、妹を守る義務がある、ね……」

 アッシュは自らに掛けた『認識誘導』と、その副次的効果についても思い出していた。

「結局俺は一番守りたかった家族の片方を自分で壊して、その癖何の罰も受けずに逃げた。『自分が無能だ』って誘導掛けて、『自分に人殺しなんて出来ない』って思い込んだら、都合よくその辺は忘れられた。……間違いなく、アレが俺の人生で最強で誘導だった」

「アッシュさんに対する周囲の評価の低さは、その無意識下で続いていた誘導が外部の人間にも作用した結果です」

「お前は知ってたんだよな? シエル……」

「もちろん。ただ、非常にショッキングな記憶なので……必要に迫られるまでは思い出させないように、と思って……」

「必要に迫られるまでは、か……ハッ」

 シエルの気遣いは、今のアッシュには嫌味としか捉えられない。気遣いとは、そもそも受け入れられるだけの余裕があって初めて役に立つものだ。

「必要になればいつでも叩き起こせたって事かよ……人の思い出さないようにした記憶に対して。まあ、そうだよな。お前は全部『視えちまう』からな……」

 幼い時分と、それに地続きの自分に対する嫌悪感。それに対する負の感情が、シエルに抱いていた小さな疑念と混ざり合い、八つ当たりじみた言葉となって吐き出された。

「全部が視えるお前にとっちゃ、周りの人や物は、全部物語の登場人物で、自分の意志で操れる駒って事だろ」

「なっ……」

 シエルが声にならない声を上げた。それでも、アッシュの言葉は止まらない。

「お前だけ人とのコミュニケーションで、正解の書いた紙がずっと横にあるようなものだろ? だったら正解さえ突ければ、幾らでも人を動かし放題じゃないか。実際、俺や姐さんだってそうやって引き入れて、グレイス達のような協力者も得られた。それで狙い通りに使徒殺しまで無事にやって……お前からしたら笑いが止まらないって――」

 周囲が見えなくなっていたアッシュは、突然腹に叩きこまれた拳に無抵抗だった。

「ぐっ……」

 言葉を中断させられ、腹を押さえて壁に背を着いた。下げさせられた視線の先には、憤怒の表情で自分を睨むヴァネッサがいた。

「いい加減にしろよクソガキ。ちょっと嫌な事思い出したぐらいで八つ当たりしやがって……」

 体型から想像出来ない程ドスの利いた恐ろしい声で、ヴァネッサはアッシュの胸倉をつかみ、無理やりアッシュの顔面を自分の前まで近づけさせた。

「全部視えるって事はな……視たくねえモンまで『視えちまう』んだよ! 聖人君子の面した奴が裏で何考えて何やってるかとか、んな視なくて済むならそれでいいモンまで視えるのがシエルだ! 優しく見える奴らが実は全員クソ野郎でしたとか、そうしてアイツがどんだけ特性スキルを恨んで生きて来たか、アンタに――」

「分かる訳ねぇだろ!」

 激昂するヴァネッサに負けない声量で、アッシュは言い切った。これにはヴァネッサも一度言葉を止め、シエルの顔も一層歪みが強くなる。

「アイツからすれば、俺の事は何でも知ってるだろうけどな……俺はアイツの事を何も知らねぇ! 何処で生まれて、どうやって生きて来たのかとか……いや、そもそも――」

 アッシュは糾弾するように叫んだ。

「アイツはこの期に及んでも――自分の本名すら言ってないだろうが!」

 アッシュは気が付いていた。シエル・アストライアという彼女の名は、生来の名ではないという事に。まず、彼女が保有する情報の中には、前第三騎士団長の殺害現場など、どう考えても一般人が立ち入り出来ない場所からしか得られない情報があった。この時点で彼女が農民或いは市民である可能性は皆無である。魔法士として騎士団にいた可能性もあったが、召喚魔法と結界魔法が扱える魔法士となれば、まず間違いなく騎士団はそこから素性を探ろうとする。しかし、そこから疑わしい人物がいるという話は聞いた事がない。その上貴族にも『アストライア』という姓はいない。そもそも、神を滅ぼそうとする女の名前が女神アストライアなど、偶然にしては出来過ぎている。

「……そう、ですね……」

 それまで何も話せずにいたシエルが、ようやく口を開いた。同時にヴァネッサもアッシュから手を放し、近寄ってくる彼女の方を見る。

「仰る通りです、アッシュさん。貴方の言う通り……私は、貴方に自分の事を話していません」

「シエル……? けど、それはアタシだって――」

「そうですね。ヴァネッサさんはそれで良かったですが……アッシュさんには、慎重になってしまいました。私の素性を知った貴方が、私から離れてしまう恐れが、少しでもあったから……」

 彼女の瞳は、激しく揺れていた。迷いを映したその瞳を見た時、彼の中でシエルという存在が大きく様変わりしたような気がした。彼女はそのままの眼で、アッシュの前に立ち、祈るように両手を胸の前で組んだ。

「アッシュさん……言い訳させてください。私の正体を話すには、貴方について幾つか、より正確に見なければいけない事柄がありました。それを確認しない限りは、リスクが大きすぎて話せなかったんです。最悪私の素性を知らせないままでいても、仕方ないぐらいに……」

「確認事項って、例えば?」

「一番は……貴方があまり勇者らし『過ぎない』こと」

 要領を得ない答えに、アッシュは眉を顰める。しかし、すぐにシエルは『より正確に言えば』と、補足を入れた。

「魔族に対し、大きな憎悪や敵対心を抱えていること」

「……何だって?」

 シエルが述べた勇者らしさの定義は、間違いなく正解だ。初代勇者エルヴィン・カーチスからして魔族に対する強い敵対心で戦っており、『退魔』の特性スキルも、本来はエルヴィンが『敵』と判断した存在を検知した際に発動する能力だった。即ち、魔族に対する敵対心は、エルヴィンの意志を継ぐという意味で、勇者らしいのだ。

 問題は、今このタイミングでシエルがその話をしたのか。それ自体が、シエルが何者なのか語っているも同然だった。

『グレイスさんは魔族です』

『『退魔』の発動条件は、『敵意のある魔族』の存在です』

『魔族の中には、人間と殆ど外見的に差異がない者も存在します』

 アッシュは、シエルが以前したグレイスの話を思い出していた。黙っていれば気付かなかったであろうグレイスの正体を話したのは、恐らく人間・魔族間の融和の可能性を示すだけではなかった。自分の正体を知った時、アッシュがどんな反応をするのか、知りたかったのだろう。

 シエルは懐から石を取り出した。以前アッシュに見せた魔晶石だ。それを左胸に当てた瞬間――魔晶石が彼女の身体に吸い込まれ、背中から漆黒の翼が生えた。

 アッシュとヴァネッサが驚愕に目を丸くすると、シエルは右翼を白い指でそっと撫でる。

「見ての通り、私は魔族。尤も、戦闘体でも見た目の変化はこの程度ですが」

 シエルは戦闘体を解除し、魔晶石を再び懐に入れる。

「ですが、私は只の上級魔族……人間でいうところの貴族でもありません」

 シエルは覚悟を決めた目つきで、部屋中に響き渡る鮮明な声で、その真の名前を告白した。

 その名前を聞いた瞬間、アッシュは口で歪な三日月を作り、奇妙な笑い声を漏らした。

「ハ……ハハハ……いや……その……」

「あ~~……シエル。マジなんだよな、それ」

 ヴァネッサですら、冗談の可能性を捨て切れていない。シエルは二人の反応を見て静かに首を縦に振り、もう一度同じ事を言った。

「私の本当の名前は、シェラリーヌ・ディオスクロイ。当代魔王クリストフ・ディオスクロイの妹です」


 *


 六代目魔王、アルシンドに子が生まれた時、魔王城の魔族たちは恐怖した。生まれた子――否、子達が双子の男女だったからだ。個人の力を重視する魔族にとって、生まれた瞬間から力を『分け合って』生まれた存在である双子は、凶兆であった。血を分け合った彼らの力は、通常の魔族より大きく劣るという風潮もあり、特に階級の高い魔族が双子を出産すると、片方を一人前とさせるために、もう片方を殺すことも多かった。それを裏付けるかのように、双子はどちらも角や牙を有さず、人間の赤子のようだった。

 しかし、時の魔王アルシンドは、それを許さなかった。王たる自らの子ゆえ、二人いようと半端者に育つ筈が無かろう、と魔族間に蔓延る噂を一笑に付したのだ。

 生まれた子らは、兄はクリストフ・妹はシェラリーヌと名付けられ、魔王城で育てられた。とはいえ、双子が生まれた事に対する周囲の不安までは如何ともし難く、表向きは兄クリストフだけが嫡子とされ、妹シェラリーヌの存在を知るのは兄と父、ごく一部の関係者のみだった。

 幾ら魔王の子といえど、双子となれば自分たちを導くだけの力が宿る筈が無い。

 そんな魔王城に蔓延る不安を、二人は完全に吹き飛ばした。

 きっかけは彼らがまだ幼い時、父アルシンドが死んだこと。他の種族との交渉に赴いた折に、会談の場で暗殺されたのだ。

 人間側には知られていないが、魔族は人間と異なり複数の種族が集落を成しており、主義や文化の異なる種族は、基本的に敵対関係にある。魔王とは、その中で最も強大な種族『デーモン』の王に対する呼び名だ。故に、活動領域が接する敵対種族の方が、魔王の死因となり易い。人間より個々の力が強い魔族が人間との戦争で勝ちきれないのは、これが大きい。尤も、これもまた柱神の手のひらの上で行われてる諍いなのだが。

 アルシンドの死により、息子クリストフが魔王に即位した。そして同時に――父を暗殺した種族を、完全に支配下に置いた。

 この即位直後の勝利には、絡繰りがあった。第一に、クリストフには『未来視』の特性スキルがあったこと。彼らが父とは別の方法で自身の暗殺を企てていること、その方法を未来を見ることで看破したのだ。

 第二に、妹シェラリーヌの特性スキル『真眼』。彼女の眼により、クリストフは敵対種族の情報を望むだけ手に入れる事が出来た。そこから彼らの弱点を知り、それを突く策を取れた。兄妹は互いの力を使い、それまでの誰も成しえなかった事をやってのけた。

『助かったぞ、シェラリーヌ。褒めてやる、貴様のお陰だ』

『ご謙遜を。私は情報を与えただけです。そこから必勝の策を編み出したのは、お兄様でしょう』

『フン、これでオレ達を甘く見た連中も手のひらを返すだろう。我ら魔族の繁栄のため、貴様と俺で励むとするか』

 クリストフはこの時以来、ディオスクロイと名乗るようになる。『全知』と呼ばれる魔王ディオスクロイ。その正体は未来を視る兄クリストフと、過去と現在を視る妹シェラリーヌという、双子の魔王だった。

 その中で、ある時二人は互いに異常なものを見た。シェラリーヌは、真眼でも経歴が見えない者を。クリストフは、人間と魔族が、謎の生物に支配される未来を。そこから、兄妹は有力な魔族とされる者の一体が、人間でも魔族でもない事を突き止めた。その柱神は自らの使命に嫌気が差しており、兄妹に全てを話した後、自害した。

 柱神の存在を知った時、妹はすぐに行動に移した。

『人間の国に行く? ……何の為に?』

『柱神を討ち、人間と魔族の戦争を終わらせます』

『貴様には、それ程楽観的な世界が見えるのか?』

『お兄様には、それ程悲劇的な未来が見えますか?』

 クリストフは、肩を竦めて鼻で笑った。そして背を向けると、独りごとのように言った。

『絶望する事になるぞ。越えられるかは貴様次第だがな』

 シェラリーヌは、警句という名の激励と共に魔王城を飛び出し、ユースタリア皇国へと潜り込んだ。そうしてある時、アシュナード・アシュヴィンの存在を知り、彼を柱神討伐のパートナーとする事を決めた。


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