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ギルベルトの真意

「ご苦労様でした。さて、初めまして、ギルベルト・オースティン卿。私の事はご存じですよね?」

「偽眼の魔女! この程度で勝ち誇るなよ、私には――」

「無駄ですよ。貴方が立ち入ると同時に結界魔法を使いました。外部との出入りも連絡も不可能です」

「結界魔法だと……!? そんなもので――っ!? 繋がらん! 馬鹿な!?」

 結界魔法。指定した空間を魔力の壁で切り取り、次元レベルで隔離する魔法。術者が解除しない限り、この内部に入った者は外界との一切の接触が不可能となる。魔法陣の記入難度もさることながら、消費魔力も極めて大きく、『召喚魔法』と並ぶ最難関魔法。これを扱える事自体が一級の魔導士である証明になる。事実、ギルベルトは部下との『念話』が出来ず、外部からの助けを待つという選択が潰れていた。

「ここからどうするんだ、シエル?」

「確認したい事は他にもありますので……ひとまず、仮面を外しましょう」

 両腕を縛り上げられたギルベルトの前に、シエルが降り立った。アッシュは一つ大きく息を吐いてから、銀色の仮面を外した。

「なっ……! 勇者殿!?」

 仮面の下の顔を見た瞬間、流石のギルベルトも動揺を隠せなかったらしい。

「お昼振りってところかい、オースティン卿? で、どうよ? 気が付いたら全然検討違いの方向に誘導されてた気持ちは?」

「誘導……? まさか――」

「アンタが連れて行きたかったのは、元々娼館があった広場だろ? ここは、そこに繋がる通路を西に曲がった先の行き止まりだ。この辺りはただでさえ入り組んでて間違えやすいし、そもそも副団長であるアンタは、貧民街なんて直接歩いたこと、ほぼ無いだろ? だから『認識誘導』が効くと思ったんだ」

 得意げに歯を剥き出して、アッシュは笑った。

 ギルベルトは先程、頼りにしていた部下が現れない事に疑問を感じていたが、現れないのは当然だ。何故なら、事前指示と全く異なるルートを通らせられたのだから。

 アッシュは第六騎士団の追撃から逃走中に、『自分が何処かに誘導させられている』ことに気が付いた。そこでアッシュは、ギルベルトが自分に追いついていない――アッシュの状況を直接目で見ていないことを利用して、目標の場所までの方角を間違えさせたのだ。

「何故だ……何故!?」

「まあ、こっちにも理由があってね」

「そうではない! 何故初代様の人格が入っていないのだ!」

「ああ、そっちか。というか、やっぱり聖剣の機能は知ってる訳か」

「使徒にとっては、基礎知識の一つなのでしょうね。何しろ、初代勇者は柱神最強の使徒と言っても過言ではありませんから」

「知っていたのか……神の存在を!」

 謀られた。そう言いたげな憎々し気な視線をアッシュに投げるギルベルト。アッシュは肩をすくめつつ、シエルを指差した。

「そいつに聞かされてな。俺も信じちゃいなかったが……アンタの様子を見る限り、アイツの眼と足で集めた情報は事実らしい」

「アッシュさん。ひょっとして、信じていらっしゃらなかったのですか?」

「大体は信じてたよ。けど、敵が自白してくれた方が信じられるだろ? その眼でも、柱神に関わる事は見れないとなれば尚更な」

 シエルは目を下半月状にして、アッシュを見た。疑われるのは慣れてるだろうに、とアッシュは嘆息を隠せなかった。

「勇者殿……いや、アシュナード・アシュヴィン。神の存在を知ったのなら、勇者として神に身を捧げようとは思わなかったのか」

「思わないな。そもそも俺は神を信じちゃいなかったし、何よりその神のせいで、俺の妹は今でもベッドの上だ。神様と繋がってるなら、魔心症の事ぐらいは聞いてるだろ?」

「フッ……成程。哀れだな、素質を持ちながら選ばれなかったか。私と違ってな」

「テメェ……」

 アッシュは心の内に、炎が宿るのを感じた。リリアを悪く言われるのは、冗談でも不快だ。

「お待ちください、アッシュさん。」

 握ったアッシュの拳に、シエルが上から手を重ねた。そしてギルベルトを真っ直ぐ見つめ、眉尻を下げる。

「ギルベルト・オースティン。貴方は、孤児であるが故の差別・偏見に対し、いつか必ず見返すと強く胸に誓って幼少期を過ごしました。独学で剣を覚え、騎士試験に合格した貴方は、手早く成り上がる為に、最前線の第三騎士団を志望した」

「……?」

 突然ギルベルトの生い立ちを語り始めたシエルに、アッシュとギルベルトが怪訝な面持ちになる。語っている内容は、一般市民にも伝わっている程度の、只のギルベルトの生い立ちだった。二人の反応を気にすることなく、シエルは続ける。

「……そこで貴方に転機が訪れました。時は、魔族との戦争で第三騎士団が苦戦を強いられていた頃。当時の勇者も倒れ、連日続く魔族の攻勢に、団員は皆疲弊していた。その状況を打破する為、起死回生の一打として発動されたのが……かのディアム作戦でした」

「奇策で魔族を罠に嵌め、上級魔族を含む多数を討ち取ったんだろ? それは知ってるけど……」

 シエルの話の意図が、アッシュには読めなかった。彼女の目的はギルベルトの尋問の筈だが、何かを聞き出すこともなく、経歴の話に終始している。

「ではアッシュさん。その作戦に従事した者が、彼以外全員戦死している事は? そして当時の団長もまた、その際に戦死されたという事は?」

 シエルの問いかけに、反応したのはギルベルトだ。縛り上げられた体を前のめりに倒し、彼女に詰めよるように話す。

「あれはそれだけの激戦だったのだ。団長殿はその責務に準じ、最期まで勇敢に戦い抜かれた! あの方の最期を見届けたからこそ、俺には第三騎士団を統べる使命がある!」

「それは妙ですね。その騎士団長殿は就任以来陣地を出る事が滅多に無かったようですが。当時の厳しい戦況下でも、後方陣地にて指揮に徹しており、戦場には出ていない。何しろ戦死したとされる彼の遺体が纏っていた鎧には、傷一つついていなかったそうですから」

「シエル……。お前、何の話をして――」

 淡々とした口調で話すシエルに対して、ギルベルトの顔は憤怒に染まりつつあった。シエルがここで無駄話をするとは思えない。アッシュがシエルの顔を見ていると、彼女は横目でアッシュを見返し、小さく頷いた。

「ギルベルト・オースティン。当時の団長の死因は戦死ではなく、貴方による他殺ですね?」

「ッ……! 何処でそれを……!! 記録からは全て消去された筈だ……!」

 シエルの紫水晶のような眼は、ギルベルトを見透かすように見ていた。射貫かれたギルベルトの額から冷や汗が流れ、白髭に吸い込まれていく。

「確かに柱神とそれに関する事柄は、世界記憶アカシックレコードでも見えません。ですが、それ以外なら分かります。現場に行けば、様々な状況証拠が幾らでも『視え』ますからね。柱神たちは、自分たちに直接繋がる部分は削除しても、その過程を推理する材料までは消去していなかったようです。さて……何か言いたい事は?」

 シエルの眼は、あくまで冷徹だった。ギルベルトの赤く染まった顔とは対照的な表情は、彼という人ではなく、目の前の『事実』だけを見つめている。そういう印象を抱かせる顔だった。その顔がより彼を苛立たせたのか――

「貴様に何が分かる!」

 ギルベルトが声を荒げた

「あの男は私の戦果に対し、何ら評価することなく、それどころか部隊全滅の責を取らせようとしたのだ! 副団長殿の声を押し退けてだ! あのままでは私は、出世はおろか別の騎士団へと異動させられていた!」

「そうなると出世の機会が減るから、殺した訳か。まあ、平民出のアンタなら、戦場で武勲を立てるしか出世の道がないだろうしな」

「私がそうして得た地位が、特性スキルだけの若造に奪われたのだ! この屈辱が分かるか! 私の怒りに、柱神様は共感し、魔心症という試練を授けた。耐え抜いた私を使徒とし、人類を管理する栄誉を授けて下さったのだ! 特性スキルと共にな! 分かるものか、貴様ら下賤の者に、私の何も――」

「分かりませんね。けど……貴方が使徒で良かった」

 シエルの口から、冬の風の如き冷たい声が発せられた。それまで聞いた事のない声色に、アッシュは思わず彼女の顔を覗き込んだ。

「使徒といえど人。善人なら胸も痛むでしょう。でも貴方なら殺したとして……罪悪感を抱かずに済みますからね」

 彼女の瞳には、一切の熱が宿っていなかった。汚物を見るかのような、絶対零度の瞳。

 思い返せば、今まで見た彼女の表情は、喜びや決意など、ポジティブな物が主だった。だからアッシュは、この時初めて見た。彼女の中にある、『怒り』というものを。彼女の過去や人となりを殆ど知らないアッシュだが、この怒りだけで、少なくとも柱神との闘いでは、絶対の信頼を置けると確信出来た。

「聞きたい話は聞けました。では……」

 シエルが懐から、アッシュのそれと同じ短剣を取り出した。刃が結界魔法の光に反射し、彼女の冷徹な表情を映し出す。

「貴方の魂に、『神の導きがあらんことを』」

 皮肉に満ちた別れと共に、シエルはギルベルトの首目掛けて短剣を振った。だが、その刃がギルベルトの首を断つことは無かった。気が付けば両手を縛っていた縄が引きちぎられ、ギルベルトは落ちていた剣を手に持って、刃先をシエルに向けていた。

「出来れば使いたくは無かった……貴様ら如きに易々と使っていいものではないからな」

 ギルベルトの全身から、黄金の光が迸る。無辜のオルネア信者たちが目にすれば『神の奇跡』と拝むであろう、神々しい光。それと同時に、アッシュには見覚えのある光でもあった。

 この光は――魔族と相対した時、勇者の聖痕から発せられるそれと同じだ。

「まさか……『退魔』か?」

「いえ、あれは敵対する魔族がいなければ発動しませんから、少し違うはず。成る程……特性スキルの付与だけでなく、こうした形での加護もある訳ですか。さながら、任意発動型の『退魔』といったところでしょうか」

「『天装』と呼ばれている。出力では勇者の聖痕が与える『退魔』には及ばんが……貴様ら二人を狩るには十分だ」

 アッシュたち勇者が持つ『聖痕』には『退魔』の特性スキルを付与する力がある。これは、魔族との戦闘時に身体能力や魔力、そして特性スキルの効力が大幅に強化されるものであり、勇者の存在が対魔族において切り札足り得る最大の理由だ。

 対し、ギルベルトの用いた『天装』は、個人の判断で使用可能な代わりに、『退魔』より強化の度合いが下がる。使徒達が自己判断で柱神の敵を狩れるように与えられた、特権のようなものだ。

「退魔さえ発動しなければ、勇者といえど只の人間! 只人と魔術士なぞ、神の使徒たる私の敵ではない!!」

 全身から光を発するギルベルトに、シエルはローブの下から魔法陣を取り出した。

「アッシュさん、援護します。今の彼は、貴方でも勝てるかどうか……」

「それは正面からればの話だろ?」

 アッシュは不敵な笑みと共に、シエルの肩に手を置いた。

「あいつぐらい思い込みが強ければ、どうとでも出来る。どうしても危なければ頼んだ」

 アッシュはシエルからもう一本短剣を受け取ると、両手で構えた。

「舐められたものだな。先の攻防を忘れたか、史上最弱の勇者殿」

「勝負ってのは、一度圧勝した相手に完敗する事も多いんだぜ」

 皮肉な笑みを浮かべたアッシュに、ギルベルトが刺突を繰り出した。基本に忠実な構えから繰り出された、シンプルな一撃。しかし、速度が常軌を逸していた。ギルベルト自体、並の騎士とは比較にならない剣士ではある。しかし、強化を受けて鋭さを増した剣閃は、人類の最高峰に達していると断言出来た。かつて見た、『史上最高の騎士』ウィリアムの剣と比べても、決して見劣りしない。

 しかし、アッシュはそのような強敵を前にしても、冷静さを保っていた。何故なら、強化されたのは五感や身体能力等であり、技量や認知の正確さが向上した訳では無いからだ。『退魔』の劣化版というならば、その効果の程は推し量れる。その上で判断した。

 こいつには、『認識誘導』がよく効く。

 数度斬撃を捌いた後、一度距離を取り、半身の姿勢を取った。そして、右手側の短剣を真っ直ぐ、ギルベルトの目線に合わせるように、刃先を向けた。彼の眉間に皺が寄るのを確認してから、摺り足の要領でじりじりと距離を詰めていく。

 ギルベルトの目線を観察し、それに合わせて刃先を動かす。こうすることで、彼は刃の先端に意識が裂かれ、彼我の距離感が大きく狂う。距離感を狂わせる技という意味では、シエルの仲間になったあの日に使った、タップダンスのような挙動と同じ。しかし、あちらが対多人数用の技に対して、これは一対一専用の技。使いどころは限られるが、その効力は前者を大きく上回る。

「……っ!?」

ギルベルトが不快そうに眼を細める。アッシュとの距離を測れなくなっているのだ。

ここでアッシュは、『認識誘導』を発動した。内容は、『アシュナード・アシュヴィンは、既に間合いに入っている』。ギルベルトからすれば、まるでアッシュが目の前に瞬間移動してきたように錯覚しただろう。

「うおおっ!!」

 やがてギルベルトが剣を横薙ぎに振るった。が、彼が斬り裂いたのは、アッシュの前方30cmセクト・モルトの位置。『距離』を誤った事に気付いたギルベルトの顔に焦りが宿るも、既に遅い。次の瞬間、彼は顔に焦りを張り付けたまま、眉間に紅蓮の花を咲かせていた。

 そこには、短剣の刃『だけ』が深々と突き刺さっていた。柄を置き去りにして飛び出した刃が、ギルベルトの頭蓋を引き裂いていた。

「なっ……がっ……」

 何が起こったか分からない、という表情と共に額に手を添えるギルベルト。

 彼が自分の身に起こった事を、理解する事は無かった。

「神様によろしくな」

 アッシュは右手のナイフで軽快に、彼の首を刎ね飛ばした。



「……初仕事完了ですね。お疲れ様でした、アッシュさん」

 シエルは両手をパチパチと打ち鳴らし、血潮を拭うアッシュを労った。『人』の鮮血に塗れた彼の姿を見て、誰も彼を勇者だと思わないだろう。

「……アッシュさん?」

 シエルの労いの言葉に、アッシュは返事もせず、自身の手とギルベルトの遺体を交互に見ていた。目の前の遺体を作った得物は足元に転がり、血の海に沈んでいる。

 返り血塗れの手。その生暖かさは、魔族のそれと何ら変わらない。にも関わらず、寒気がする程気持ちが悪い。この気分の悪さは何だ。まるで何か、触れてはいけない物に触れてしまったかのような恐ろしさ。

『■■■……今、何て言ったの?』

『■■■を売ると言ったんだ。ウチにはもう、三人で暮らしていくような余裕はない』

 頭の中でまた、知らない声が響いた。困惑する少年の声と、中年男性の声。いや、一方の声は知っている。

 少年の声は――アッシュの声だ。それなら、もう一方の声は誰だ。

「違う……」

 男性の声も知っている。だが、アッシュの『認識』では、両親はどちらも、まだ五歳にも満たない時期に、流行り病で亡くなっている。だが、今聞こえたアッシュの声は、どう聴いても十歳より上。間違えても、五歳などという幼児の声ではない。

 ならば、このやり取りは一体何だ? 一体自分は、何を――

「アッシュさんっ」

 血濡れの手が、透き通るような白い両手で包まれた。それと同時に思考が中断され、アッシュはようやく顔を上げた。そこには、不安そうな顔でアッシュを見つめ、その手を握るシエルがいた。

「……大丈夫ですか? お辛ければ、今日は……」

「いや、もう大丈夫だ。……悪い、ぼうっとしてた……」

 アッシュは大きく深呼吸をすると、シエルの手の中から、自分の手を外した。真っ赤だった手は、斑に肌色が覗くようになっていた。代わりにシエルの白い手が、アッシュと同じくらい紅に染まっている。

「……まず一人だな、シエル」

「ええ、見事なお点前でした」

「いや、『天装』自体は結構ヤバかったよ。無傷で勝てたのは……短剣コイツのお陰だ」

 アッシュは左手側の、柄だけになった短剣を見せた。消えた刃は、今もギルベルトの額に突き刺さっている。

「忘却者の短剣オブリビオン・ダガー。貴方になら、使いこなせると思っていましたよ」

 二百年前、ラーベンに存在した暗殺組織『忘却者オブリビオン』。高額極まる依頼料さえ用立てれば誰であろうと暗殺する、超凄腕の暗殺者集団。誰もその正体と本拠地を知らないまま、忽然と消えた彼らが使っていた武器は、忘却者の短剣オブリビオン・ダガーと呼ばれている。

 この短剣は、柄に強力なバネが仕込まれており、鍔の下にあるスイッチを押し込むと、刃が前方に向けて射出される。残った柄は替えの刃を装填すれば、再度短剣として使用出来る。

 アッシュは先のギルベルトとの戦いにおいて、右手の短剣を刃先に向けて構えた。これは敵の距離感を狂わせる為の技でもあるが、同時に左手の短剣から意識を逸らす為のものでもあった。『認識誘導』で空振りを誘った後、体の陰に隠していた左手の刃を射出する。攻撃直後に繰り出される完全な不意打ちに、ギルベルトは一切気が付かず、眉間を貫かれたのだ。

 これほどのものを用立ててくれたシエル。そしてヴァネッサに、アッシュは感謝していた。

「アッシュさん。そろそろ結界魔法を解除しましょう。外に騎士たちが集まっているかもしれません。それから、協力者様の許へ行かないと」

「協力者?」

「ついてきてください」

 アッシュがシエルについていく形で身を隠すと、光の壁――結界魔法が解除された。

 それと同時に、声が響く。

「結界魔法が解除されたぞ! ……あ、あれは!!」

「ふ、副団長!!」

 第六騎士団員と思われる男たちの絶叫が響き渡った時には、シエルとアッシュは現場から姿を消していた。


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