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最弱の勇者

 人間と魔族の長きに渡る争いは、魔族の勝利で終わる。鋼鉄の門と石壁で守られた要塞の中、魔族の男はそう確信していた。

 要塞内で、ゴブリンやコボルドといった低級の魔族達が、いそいそと各々の作業に従事している。そこにただ一人、人間に近い姿の男は、非常に目立つ存在だった。先端が後ろに向いた二本の角と青白い肌という違いはあれど、如何に知能の低い生き物でも、彼が特別な存在であると直感するだろう。

「フフフ……『全知の魔王』ディオスクロイ様の戦略眼と私の策謀。これらが合わされば……人間など塵屑同然よ!」

 高らかに笑う彼こそ、新造されたこの要塞、『シュルツェン要塞』の指揮官。人間に近いこの外見も、高い知能と能力を有する上級魔族の特徴だ。

 魔族は、人間で言う『貴族』と『庶民』が、種族レベルで隔てられている。彼のような上級魔族が貴族で、その指示で働いているコボルドら下級魔族たちが庶民。彼らの間には知能から戦闘力に至るまで、種としての厳然たる壁が存在する。故に下克上や革命など、魔族の世界では無縁。それを本能レベルで理解しているからこそ、下級魔族は男に服従しているのだ。

 男は脳裏で現在の戦場の様子と、暫く後の人間の慌てようを想像し、ほくそ笑んだ。このシュルツェン要塞から東に六千mモルト先に、占拠した砦がある。それを取り戻すべく、人間達は攻勢を仕掛けてくるだろう。何しろあの砦には、彼らの宝となる剣が幾つもあったからだ。尤も、『取り戻してみろ』と彼らを挑発したのは、この男なのだが。

『ガウッ!!』

 空想にふける男に、一体のコボルドが声を掛けた。一見すると獣の鳴き声としか聞こえない、下級魔族特有の言語で。

「……ん? 何だ貴様は」

 そのコボルドの姿に、男は眉をひそめた。それは通常のコボルドよりかなり長身で、痩せた身体をしていた。そのうえ毛皮に艶もなく、はっきり言ってみすぼらしい。

『ガオガオガガッ?』

 しかし、男が険しい顔をしたのは、その容姿だけではない。上級魔族に絶対服従の下級魔族でありながら、男の作戦に疑問を呈したことだった。

「何? 『宝を餌に人間をおびき寄せても、大軍で来られれば砦と宝を取られてしまう。それでは意味がない』だと?」

 男は言葉の内容を復唱すると、ため息交じりに説明する。

「馬鹿者! さっきも説明したではないか! そもそもあの砦に宝など既にないと!」

『ガァッ?』と、間抜けな声を上げるコボルド。分からぬか、と呆れつつも、男は少し安堵した。やはりコイツは、単なるコボルドだ。外見こそ特異だが、それ以外は下級魔族のそれだ。男は自らが立てた素晴らしき作戦を、目の前の下級魔族に教授する。

「人間どもの宝など、とっくに全て廃棄済みよ! 奴らはありもしない宝のために、わざわざ軍備を整えて侵攻してくるのだ! そして、まんまと我々に乗せられた奴らの防備が手薄になった隙を突き――本要塞含む複数拠点より出陣した軍団が、皇国の最終防衛線を一気に攻め落とす! あそこさえ落とせば、奴らの国は丸裸よ! そうなれば、最早砦の一つ奪回されようと、何のマイナスにもなるまい!」

 前髪をサッと掻き分け、男は得意げな顔を決めた。彼の素晴らしき計画を理解したコボルドは、調子よさげに男を褒め称える。

「そうだ。もうすぐ終わるのだ。六百年に渡り続いた争いが。そう、我らの勝利によって!

 誇りに思うがいい、貴様はその素晴らしき作戦に携われるのだ。戦果を挙げれば、当然褒美も

 取らせよう」

 話しているうちに、自身の優秀さをより確信した彼は、腕を組んで高笑いをした。彼の中では、既に作戦の成功も、魔族の勝利と自身の栄光も、全てハッキリと見えている。眼前の奇怪なコボルドの反応も、男を調子に乗らせる一助となった。

 だが彼が、その栄光が現実になる瞬間を見る事は無かった。

「情報提供ありがとよ」

 突然、男の視界が大きく下に落とされた。

 奇妙な事態に『は?』と声を出したつもりが、何の声も出せない。震える筈の声帯が機能しない。まるでその部分が失せてしまったかのように。

 その時男は、初めて気がついた。目線が下がりだした理由を。

 首を斬られたのだ。その証拠に、男の視界の端に、青い血液を噴出しながら倒れ伏す、上級魔族の肉体が映っている。

「潜入して正解だったな。情報も手に入れたし、上級魔族も魔晶石を使わせずに殺れた」

 奇怪なコボルド――に見えていた存在モノ。その姿が陽炎のようにぼやけると、焦げ茶色の毛皮が剥ぎ取られ、中から血を被った白い肌が現れた。その正体を『認識』した時――男は瞠目した。自分は何故こんなモノをコボルドだと『認識』していたのか。

 それは誰がどう見ても、『毛皮を纏った人間』だった。背丈が高いのも、毛つやの無いのも当然だ。コボルドの背丈は人間の子供程度だし、そもそも死んだコボルドの毛皮なら生気も失せる。間違えようがない筈のことを間違えた理由を、男は頭上の人間の右目に見た。

「多分まだ生きてはいるだろうし……一応名乗るか。本当は戦闘前にやるモンだけど」

 血のような赤い髪の下にある、青い右目。そこから放たれる青白い輝きと、浮かび上がる印。この人間の正体こそ、魔族最大の敵にして、人間にとっては対魔族用の切り札。その印が晒された瞬間、周囲の下級魔族達が一斉に彼に襲い掛かった。人間は変わらず笑みを貼り付けたまま、高々と名乗りを挙げた。

「ユースタリア皇国第三十一代目『勇者』アシュナード・アシュヴィン。祖国の、そして人類の勝利のため……」

 魔族の男の意識は、そこで途絶えた。自分が人生最後に見たものが、魔族最大の敵たる『勇者』だったという無念を抱いて。

 この後、下級魔族達の攻撃は、勇者に一切当たることは無かった。彼が避けたのではなく、攻撃が悉く外れたのだ。まるで魔族達が『目測を誤った』かのように。そうして魔族は、自分たちの作戦を漏らしたばかりか、要塞の指揮官すら失い、まんまと勇者を逃がしてしまった。

 翌日、騎士団は勇者からの情報を基に、魔族の軍勢を固めた防備で押し返し、見事国を守ってみせた。

 ユースタリア皇国内で発行された『皇国新聞』。そこには、騎士団を讃える記事と共に、勇者アシュナードの記事も掲載された。

 その記事の内容を要約すると、こうなる。

『当代勇者アシュナード・アシュヴィンは、皇国史上最弱』


 *


 ユースタリア皇国。大陸南東部に位置するそこは、人類に唯一残った国家。その他の国家は六百年の歴史の中で皇国に併合されたか、魔族との争乱で滅びた。故に一つの国でありながら、その領地は大陸全体の二割を占める。南部及び東部は海に面しており、農業や漁業も盛んに行われている。その広大な領地の中心に、首都ラーベンは位置していた。そこは商業区、工業区等幾つかのエリアに分けられた大都市であり、総人口は三万人を超える。

 それ程の大都市ともなれば、賑やかなだけではない。当然影の部分も存在する。

 大通りを外れた路地裏。晴天の昼間でも薄暗いそこは、麻薬売りや強盗など、アウトロー達の巣窟だった。

 そこに一人、皇国新聞を広げた女がいた。フードを目深に被った女は、勇者アシュナードについて書かれた記事に目を通す。

特性スキルは特異であるが故に、磨き上げれば最上の武器となる。事実、対魔族及び治安維持など、各自の使命に従事する騎士団の長は、その殆どが特性スキル所持者。勇者に至っては、歴代の全てが何らかの特性スキルを持っている。故に特性スキルを持つことは、勇者に選ばれる必須条件として、広く認知されている。

 では、当代勇者はどうだろうか。『認識誘導』というらしいその特性スキルだが、筆者が思うに過去の勇者たちとは比べるべくもないだろう。斥候や闇討ちには役に立つかもしれないが、正面から魔族を打ち倒す事は困難だろう。彼の上級魔族討伐実績がどれ程かは情報が無いものの、今日時点で五ヶ月目となる任期の中で一体でも討ち取っているのか怪しいところだ。勇者になる前は傭兵だったというが、名が知れ渡っているという話もない』

 その内容に、女は思わず溜息を吐いた。情報が入りづらい事を差し引いても、主観に溢れた駄文も甚だしい。何より救いがたいのは、その記事を信じる輩が相当数いることである。

「さっき落ちてた皇国新聞でも言ってたろ? 俺は傭兵時代にアイツが戦うのを見たけど、まるで強いとは思わなかった。あれが勇者なら、いっそ俺の方が適任だぜ」

「そりゃあそうっスよ! 兄貴に敵う男なんざ、騎士団にだっていやしねぇっスよ!」

 路地裏に、下卑た男の声が響く。彼女は傭兵経験を自慢げに語る男を一瞥すると、新聞を捨てて去って行った。元々落ちていたものだ。

「兄貴、また傭兵の頃の話、聞かせてくださいよ!」

「おお、いいぜ。あれは確か……」

 女がすれ違った後も、男は飽きもせずに話し続ける。彼の語る勇猛果敢な武勇伝が嘘八百だという事を、女は『一目で』理解していた。

 あの男には、確かに傭兵として魔族と戦った経験はある。勇者アシュナードがまだ一介の傭兵だった頃に見ているのも真実。しかし、それ以外は全て嘘だ。そもそも魔族と交戦したのは一度だけ、それもゴブリン一体を仕留めるのがやっとという有様。同じ戦場にいたアシュナードは、十三体の下級魔族を討ち取っているにも関わらず。挙句の果てに、その一度の戦闘で恐れをなし、それ以来傭兵稼業は止め、盗みで食い扶持を稼ぐチンピラに成り下がっている。

「誰も真実に目を向けない。見ているのは、各々に都合の良い『認識』だけ。……人も魔族も、皆同じ」

 彼女は路地裏から、僅かに見えるユースタリア王城を見上げた。人類の建築技術の粋を集めて建てられたそこに、皇帝は勿論彼を警護する騎士達――そして何より、勇者が居住している。

 先程の新聞記事。見るに堪えない駄文だったが、一ヶ所だけ気になる記述があった。

『まもなく彼に、聖剣が授与されるという噂がある。聖剣さえ受け取ればもう少し勇者として、まともになると信じたいものだ』

 聖剣の授与。この言葉だけは、女の意識を確かに動かした。

「……急ぎましょう。少々強引になりますけれど」

 女は足早に路地裏を駆けて行った。風に煽られたフードから、銀色に輝く髪が覗いた。

 彼女の通り過ぎた路地裏の壁には、一枚の手配書が掛けられていた。

『魔女・情報求む 

 通称:偽眼の魔女

 懸賞金:2000万エラ

 罪状:禁止魔法の使用・魔女の脱走幇助・皇帝暗殺未遂』



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