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83色 鏡の中ではキミひとり

 ……ピッ……ピッ……ピッ……


 室内に高い電子音が響き渡る。 一滴、また一滴、透明な液体が静かに水音を鳴らして波紋をつくる。 その透明な液体の行く先は細い真っ白で傷だらけの腕の中に入っていく。 果たしてその行為に意味があるのかすらわからないほど彼の腕は弱々しかった。 呼吸器をつけられ耳を澄ませても聞こえるか聞こえないかの弱い弱い呼吸音をさせている。


「…………」


 わたしは彼の近くの椅子に座りチカラなくうなだれる。 


 一体どうしてこんなことになった?


 わたしは思考するチカラもないほどに疲弊していた。 すると、スライド式のドアが開く音がした。


「……容態はどうだ?」


 マコトが病室に入ってきて聞いてくる。 わたしは彼の顔をみなかったけど、他に人がいることが気配で感じ取れた。

 

「…………」


 なにもいわないわたしにマコトは話を続ける。


「緑風が寝床にしていた小屋を調べてきたが、食料と呼べるものは一切なく、強いていうなら雑草が綺麗に洗って保管されていた。 恐らく、それを食料代わりにしていたんだろうな……」

「そんなものを食っていたら病気になるのも納得だし、むしろなんで今まで生きていたのかが不思議なくらいだ」

 

『生きているのが不思議』、彼はそう診断された。


 医師いわく、クウタくんのカラダはもうボロボロで息をするだけで激痛が走るほど肺が傷ついているらしい、他にも足は感覚がほぼないに等しく筋肉の機能は低下していて、


 目は『ほぼ視えていない』とのことだった。 視えていないからこその深く暗い瞳をしていて、視えていないから気配でわたしたちのことがわかっていたのだ。


「……ねえ」

「!?」


 久々に出すわたしの声は自分でもわかるくらい『掠れて』いた。 


「なんでクウタくんはこんなことになっちゃったのかな?」


 あまりにも掠れていて声が出せているのかすら疑問になるほどの小さな声で聞く。


「…………」


 誰もわたしの疑問に答えてくれなかった…………なぜなら、そんなの『わかりたくもない事実』だからだ。


「少年、孤独という名の蟲毒に飲まれてしまった。 哀しき運命……」

「!?」


 誰もいわなかったことをピンコはいう。


 わたしは静かに彼女の言葉に耳を傾ける。


「人は皆、孤独には勝てない、そして、少年は『ときを待っていた』」


 今だからわかる、クウタくんが空を眺めてなにを『待っていた』のか、彼は自分が『長くない』とわかっていたんだ。 だから、孤独の中で自分の命が『終わる』のを待っていたのだ。


「わたしはどうしたらいい? どうすればクウタくんは助かる? どうしたらクウタくんを救えるのかな?」


 わたしはジーニをみつめる。


「『天才』のキミなら『できる』でしょ?」


 わたしは縋るようにジーニに聞く。


 しかし、彼女はなにもいわなかった。


「ねえ、なんとかいいなよ…………さんざん、自分は天才だと自慢してたじゃないか」


 わたしは憎まれ口を叩く。


「それは、『自分』に対していっているのか?」

「!?」


 ジーニは続ける。 そして、聞きたくない言葉を口にする。


「キサマも、もうわかっているんだろう? 『もう助からない』って、それがわからないほどバカじゃないだろう?」


 残酷な真実を聞いたわたしは左手で強く髪を握り唇を噛みしめる。 歯が深く下唇に食い込み血が滴り落ちる。 唇の痛みよりも胸の苦しさが勝り、心の奥をぐちゃぐちゃに黒い『憎悪』が支配していく。



 ……ピピピピピピ



 すると、追い打ちをかけるかのように心電図の機械から大きくて激しい高音が鳴り出した。


「!?」

  

 わたしたちは反射的に画面をみると、心拍数、脈拍数、呼吸数の数字がみるみる下がっていた。


「……!? まって!!!」


 飛ぶように立ち上がり椅子は後ろに倒れ、バタンッ! と大きな音が地面を鳴らしたけれど、そんなものは耳に入らなかった。


「まって! まって!! まってえぇぇぇぇぇ!!!」


 わたしは彼の冷たくなっていく手を握り必死に叫ぶ。 しかし、そんな行為に意味はなく無慈悲にも心電図は高い音を激しくさせていく。


「だめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめえぇぇぇぇぇ!!!!!」


 


 


 --------ピィ----------------------------------------






「…………………………え?」



 ………………いったいどうなった? ………………いったいなにがおこった? ………………いったいなにがしたかった?




 室内に頭が割れそうなほど不愉快な高音が響き渡る。



 わたしは静かにその耳障りな音を鳴らしている鉄くずをみる。



『心拍数【0】 脈拍数【0】 呼吸数【0】』



 これはなんだ? これはなんて意味だ? これは現実か?




「………………あ………………はは………………なんだろうね? ………………これ」


 わたしは笑いながらいうけれど、自分でも目は笑っていないことがわかる。 そして、笑いながらみんなをみる。


 ミズキは静かに泣いている。


 マコトは顔を下にむけカラダを震わせている。


 ピンコは片手で顔を隠している。


 ジーニはなにもいわず後ろを向いている。


 わたしはどんな顔をしている?



 カラダから全てのチカラが抜ける感覚がしてわたしは膝から崩れ落ちる。 地面に手をつき。 冷たい地面を抑え、その冷たさがクウタくんの体温と同じだということに気づいた瞬間……


  


「……こんな……ことって……」

「?」

「こんなことがあっていいのかよ!!」


 わたしは我慢ができなくなり怒りと悲しみでぐちゃぐちゃな気持ちを溢れさせる。


「なんで!? クウタくんがなにをしたってゆんだよ!? こんな結末があっていいのかよ!? これがあんな純粋に優しい子に対する仕打ちかよ!!!」


 わたしは溢れる憎悪を抑えることができずにただひたすら憎しみの言葉を叫ぶ。


「それは『誰に対していっている』んだ?」

「え?」


 そんなわたしにジーニは怪訝な顔でいってくる。


「誰って……クウタくんに決まってるだろ」


 ジーニの言葉が理解できなくてわたしはジーニを睨みつけながらいう。 しかし、そんなわたしを気にせずにジーニはいう。


「まさかとは思うが、『こっちの緑風空太』と『そっちの緑風空太』が『同一人物』とでも思っているのか?」

「は?」


 ジーニのまさかの発言に頭が一瞬ショートしてしまう。


「は? それってどういうことだよ?」

「頭がお堅いね~天才とバカは紙一重ってか?」

「!?」


 わたしはジーニの胸ぐらを掴む。 ジーニのわかりやすい煽りにも乗ってしまうくらい今のわたしには余裕がなかった。


「シーニ! 落ち着け!」

「シーニねえ!」


 二人はわたしを落ち着かせようとかけよるが、ジーニは手を前に出し静止させる。


「これは、わたしの『天海葵あまみ あおいの問題』だ」

 

 二人を静止させたジーニはわたしに向き直り、不敵に笑うと言葉を続ける。


「さあ、キサマはこれからどうする気だ?」

「今度は本気で殴るよ?」


 今出した声が自分のモノかすらわからない程、真っ暗な声が室内に反響する。


「そうか、それで満足するなら好きにすればいいさ。 だが、ひとつだけいえることがあるな」

「なに?」


 わたしはもうなにをいわれても駄目なことはわかっていた。 なにをいわれてもこの心のドロドロとした感覚を抑えられる気がしなかった。


「『こっちのクウタの物語はここまでだった』、それだけの話だよ」


 ジーニのその言葉に現実を突きつけられるように胸に刺さりカラダが震え、さらにぐちゃぐちゃに我慢していた涙が止めどなく溢れてくる。


「くそっ!!」


 ジーニの胸ぐらを放してわたしは地面に崩れ落ちる。


 わたしは、自分は天才だと心のそこで思っていたのかもしれない。 それが、顕著に表れたのが、この世界のわたし、ジーニだったのだ。 そして、自分はなんでもできると思い込んでいたのかもしれない。 そして思い知らされた。 自分の無力さを。


「なにが天才だよ! なにがみんなを幸せにする発明だよ!! 守りたいものが守れなきゃ、そんなの意味がないんだよ!!!」


 ただ、ひたすら、いつ止まるかもわからない涙を流し続け、いつ止まるかもわからない悲痛の叫びを上げながら感情が溢れるままに永遠にも感じる時が過ぎていった。



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