79色 鏡の中の友人達
鏡の世界に迷い込んで数日が経った。 わたしは慣れた手付きで紅茶を淹れて本来なら真逆の場所にある机に向かい席に着く。 そして、紅茶を一口飲みながら周りを確認して感じたことは、元いた世界と真逆の風景に少しだけ慣れてきてしまっていると感じた。
「慣れってこわいね」
わたしは苦笑しながら呟く。
「お、シーニねえ、相変わらず早いね」
くつろいでいると弟のミズキ。 正しくいえば、鏡の世界のミズキが研究所に入ってきた。
「おはよう」
「おはよう、あ、シーニねえの紅茶じゃんちょうだいよ」
挨拶を返してくれたミズキは早速わたしの淹れた紅茶に食いつく。
「そういうと思ってちゃんとミズキの分もあるよ」
「さすがシーニねえ! 持つべきものはねえちゃんだね」
「さっすがわたしの弟、うれしいこといってくれるね」
「おい」
わたしとミズキが盛り上がっていると少し不機嫌な声が聞こえてくる。
「おい、シーニ。 わたしの弟を手懐けるとはいい度胸だな」
不機嫌な声もとい『わたしの声がわたし』に向けられる。
「別に手懐けようなんて考えてないよ」
「ジーニねえ、おはよう」
ミズキはこっちの世界のわたしに返すと椅子に座る。
「ミズキもミズキだ、わたしという本物の姉がいながら偽物に懐くなんておねえちゃん悲しいぞ!」
「誰が偽物だよ! 確かにわたしはこの世界の人間じゃないけども、元はといえばキミのせいなんだからね」
わたしはわたしに突っかかる。 この世界に飛ばされてしまったのはこの世界のわたし、もとい、ジーニが原因なのだ。
「ふん、それはそれ、これはこれだ! わたしのかわいい弟に手を出していいことにはならん!」
「なに開き直ってるんだよ、ミズキを捕られたくないなら、キミがあんなモノを造らなければよかったんじゃないか!」
「わたしだって想定外だったんだよ! 天才にだってミスはある!」
「朝から騒がしいと思ったら、またお前達言い争いしてるのか?」
わたしとジーニが言い争っていると黒髪の顔が整った男性が入ってきた。
「おお! いいところで目が覚めたなイケメンよ。 聞いてくれ、この偽物がわたしのかわいい弟を誑かそうとしているんだよ」
「別に誑かしてはないよ」
ジーニの発言にわたしは反論する。 状況を確認する為かマコトはわたしとジーニを交互にみると口を開く。
「よーし、よくわかった。 ジーニ、シーニに謝れ」
「はあ!? なぜだ!?」
マコトの発言にジーニは驚く。
「どうせお前がまた因縁でも付けたんだろう?」
「まあ、そんな感じだね」
「なっ!? 因縁とはなんだ因縁とは!?」
ジーニはマコトに突っかかる。
「すまなかったなシーニ、こいつがまた余計なことをいってしまったようで」
ジーニを気にせずにわたしに謝ってくる。
「いや、気にしないで、わたしもついムキになっちゃって」
マコトに謝られるのが、むずがゆくてわたしは大丈夫だという。
この世界のマコトはやたらと律儀なのだ。 わたしの世界のマコトならありえないことだ。
「ジーニ、お前もいい加減にしろよ。 これ以上問題を起こされると俺でもフォローが出来なくなるからな」
「わかっている、ずっとキサマが付きっ切りで見張りをされてはなにもしないよ。 ていうか、わたしは犯罪なんて犯してないのにおかしくないか?」
今回ジーニの犯したこと、つまり、鏡の世界からわたしを連れてきてしまったことは魔導警察の上層部の方でかなりの問題になってしまったらしく、マコトがジーニに付きっ切りの見張りをすることになったのだ。
「反省の色はなしか……これは少しお仕置きが必要なようだな」
「なんだ? キスか?」
「違うわ」
今度は二人で言い争いをはじめてしまったので、わたしはとりあえずミズキに紅茶を淹れてあげて自分も落ち着く。 そして、少し考え事をする。
「…………」
わたしがこの世界にきてわかったこと、それは、全員性格が違うのだ。 例えば、わたしの本当の弟のミズキはいつも眠たそうな顔をして無口なんだけど、この世界のミズキは爽やかでよく喋るのだ。 マコトの場合はわたしの世界だと不愛想でちょっと鼻につく喋り方で偉そうなんだけど、この世界だとめちゃくちゃ面倒見がよくて優しいのだ。 それはいいことのはずなのに正直むずがゆく感じてしまう。 そして、驚いたことが2つあった。 それは……
「シーニねえ、もしかして『アカリ』って人のこと考えてる?」
顔に考えが出ていたのか、ミズキが聞いてくる。
「え?」
ミズキの言葉にわたしは少し驚き顔をみる。
「よくわかったね」
「まあ、自分でいった手前、気になっちゃって、それにそっちで仲良しだったんでしょ? それと、シーニねえも」
わたしがこの世界にきて驚いたことの一つは、誰も『アカリのことを知らない』のだ。
「数日前も聞いたと思うけど、本当にミズキは『イロノ アカリ』と友達じゃないの?」
「うん、ごめんけど、その名前の人は同じクラスでもないし、学校にも『いない』と思うけどな」
この世界のミズキとわたしたちはアカリと出会っていない、もしくは『存在しない』可能性があるのだ。 そして、アカリがいないことが関係あるのかわからないけど、ミズキの友人関係が大きく異なっていた。 フウムちゃんは財閥のお嬢様ってことで名前は知っているけど、会ったことはなくて、レイタくんは別の学校に通っていて、はーちゃんとは再会していないらしい。 そして、極めつけは……
「『クウガ』のことを考えてるなら関わらない方がいいよ」
空牙、この世界のクウタくんの異名らしい。 マコトいわく、クウタくんは町の離れの荒れ地を住処にしていて、喧嘩に明け暮れる日々を送っているらしい。 だから、あの時のクウタくんは服も体もボロボロだったのだ。
「この世界のクウタくんに一体なにがあったんだろう……」
「恐らくだが、家庭環境だろうな」
「え?」
考えるわたしにジーニがいう。
「憶測にすぎないが、クウガの家庭環境になにかあったんだろう。 詳しいことはしらんがな」
「この世界のゆうちゃんはどうしてるのかな」
「彼女なら『亡くなって』るぞ」
ジーニの衝撃の発言にわたしは言葉を失う。
「……え? ゆうちゃんが亡くなってる?」
驚きのあまりオウム返しすることしかできなかった。
「なるほど、やはりわたしとシーニの世界ではかなり違う運命を辿っているみたいだな」
「みたいだね」
悔しいけど、ジーニの言葉に賛同するしかなかった。
「え? どういうこと?」
わたしとジーニで納得しているとミズキが聞いてくる。
「そうだな、復習も兼ねて説明してやる」
ジーニはホワイトボードを引っ張ってくると、線を二本引いて説明をはじめる。
「この赤い線をわたしたちの世界だとしよう。 そして、こっちの青い線をシーニの世界だとする。 わたしとシーニの世界の場合は鏡で繋がったということでシーニからしたら風景が真逆になっている。 つまり、シーニにとっては異世界に近いものだ」
「異世界か、本当に存在してたんだな」
「理論上は証明できないが、可能性のひとつだな」
「今回の場合はその可能性が証明されてしまったと」
マコトは苦笑しながらいう。
「じゃあ、ミズキ、ひとつ質問だ。 お前はその紅茶を『飲む』のか? 『飲まない』のか?」
「え? そりゃあ『飲む』けど?」
ジーニの質問にミズキは首を傾げながら返す。
「飲まなかったら、または、なにかのハプニングで飲めなかったらどう思う?」
「それはちょっとショックだね」
「そう、これで『ミズキが紅茶を飲んで喜んだ世界線』と『紅茶が飲めなくて悲しんだ世界線』ができた訳だ」
ジーニは赤い線をもうひとつ書く。
「え? どういうこと?」
「つまりだ、日常の些細な選択肢で『並行世界』が無数にできているってことだ。 そして、鏡の世界と思われているこの世界ももしかしたら、遠く離れた『並行世界』かもしれないってことだな」
ホワイトボードに線を枝分かれさせて書いていく。
「へえーそういう可能性があるんだね」
「ああ、可能性の話だが、今回の件で極めて真実に近づいたかもしれないな」
ジーニはホワイトボードの線を消しながらいう。
「世界は繋がる、理が証明されし瞬間」
ジーニが話を終えたところでホウキを持ったピンク色の長い髪の女性が入ってきた。
「お、きたかピーマン」
「否、我が名は……」
「そうゆうのはいいからどうした?」
名乗りの口上すらいわせてもらえなくなったピンコはめちゃくちゃ哀しそうな顔をする。
「わたしが後から聞いてあげるから」
わたしがフォローするとピンコは少しうれしそうな顔をして話をする。
「異世界から舞い降りし天海の葵葉を賞味せし、はせ参じた」
「あ、そうゆうことね」
つまり、わたしの紅茶が飲みたいらしい。
「淹れてあげるから座って待てって」
わたしがいうとピンコは静かに席に座る。
「今のでよくわかったな」
言葉の通じたのにマコトは驚きながらいう。
「まあ、なんとなくだよ」
ピンコの紅茶を淹れるついでにマコトとジーニにも淹れてあげる。
「はい、二人も飲みな」
「ああ、ありがとういただくよ」
「さすがわたし気が利くじゃないか」
「淹れたのお前じゃないだろう」
自画自賛するジーニにマコトはツッコム。
「シーニ、今日はどうするんだ? また、あの鏡の研究を続けるのか?」
マコトはわたしに今日の予定を聞いてくる。
「今日はゆっくりしようかなって思ってるよ」
「え? いいのか?」
わたしの返答が意外だったのか聞き返してくる。
「正直一刻も早く元の世界に帰りたいところだけど、あまり気を詰めすぎちゃいけないと思うし、休暇って感じかな」
「さすがわたし分かってるじゃないか」
ジーニはわたしと同じ考えだったらしくくつろでいる。
「それにわたしが二人いるんだ、研究の方もかなりはかどっている。 寧ろ、進み過ぎて自分でも怖いくらいだ。 まあ、天才のわたしが二人もいれば当然だがな」
「ちなみにどのくらい進んでいるんだ?」
「そうだな、93%ほどかな」
「マジか!?」
あっけらかんというジーニにマコトは驚く。
「今でも使おうと思えば使えると思うが、多分、今、次元を飛ぼうと思ったらカラダが粉微塵になるだろうな」
「なにか足りないのか? 部品ならこちらでなんとか取り寄せるぞ」
マコトは協力的にいってくれる。
「いや、恐らくだが、足りないモノは部品ではないな」
「そうなのか? なら、なにが足りないんだ」
「『次元を繋ぐモノ』だな」
「次元を繋ぐもの?」
「なんだそれは?」
二人は首を傾げながら聞く。
「次元を繋ぐモノつまり『想い』とでもいっておこうかな」
「え? 『想い』?」
頭にハテナを浮かべながら聞く二人にジーニは答える。
「ああ、オカルトじみた話になるが、例えば、こんな都市伝説がある。 死ぬ直前に来世では強くなりたいと願ったら前世の記憶を引き継いで異世界に転生して強くなるとか、やり直したい過去があって過去に戻りたいと強く願ったら過去に戻れたなんてな」
「それは、ただの都市伝説……とも言い切れないもんな」
マコトは言いかけたけど、わたしをみて苦笑する。
「現時点ではなにが足りないとは厳密にはわからないが、恐らく、その『想い』が足りないのかもしれないな」
「正直、早く帰って家族や友人に会いたいっていう『想い』は十分にあるんだと思うけど、多分心残りがあるせいで戻れないのかもと思ってね」
「心残り?」
「うん、それはね」
わたしは今日ずっと考えていたことを口にする。
「クウタくんのところに連れていってくれないかな?」




