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詩野さんと高中さん

「聴いたよ、玉国くん」


 廊下でいきなりそう話しかけられ、振り向くと、詩野さんがそこでなぜか背伸びをして立っていた。


「えっ? もしかして……」

「うん。こないだのヘビーメタル。すっごく汚かった!」


「そんなの……思い出させないでくれるかな。他人の黒歴史を掘り起こさないで……」


「うぎょーっ!」


 詩野さんがいきなり叫んだので、俺は身を守った。

 しかし叫んだあとはなんだかニコニコ笑っているだけだ。意味がわからないので聞いてみる。


「い……、今の叫びは……何?」

「玉国くんのマネだよ?」


「俺……、そんな気持ち悪い叫び方してた?」

「ふふっ。してたよ?」


 突然、横から女子の声がした。

「うんうん。してたしてた」


 その声に振り向くと、クラスのNo.2美少女、高中たかなか高菜たかなさんが面白がる顔をしてそこにいた。


「してたよねー、詩野さん」

 そう言って高いところから詩野さんの顔を覗き込み、そして──

「玉国くん、あれで一気に目立っちゃったよ?」

 その健康的で美しい顔を俺のほうへ向けてくれた。


 高中さんといえばバレー部のアイドルだ。

 ショートカットに囲われた丸い笑顔が眩しい。


 そんなアイドルから話しかけられ、俺はビクビク固まってしまった。助けを求めるように詩野さんのほうを見ると、なぜか彼女も俺と同じようにビクビク固まっている。


「ねぇ、もしかして……」

 唐突に高中さんが言った。

「二人はつきあってるの?」


 隣の詩野さんと目が合った。同時にお互いの顔を『バッ!』と見たからだ。すごくタイミングがピッタリだった。詩野さんの顔はなんか桃みたいに赤白かった。


「ほらほら〜……。すごく気が合ってそう」

 高中さんが楽しそうに冷やかす。


 だめだ! そんな勘違いをされてしまったら……いけない。

 そんなふうに誤解されたら俺、高中さんとつきあうチャンスを逃してしまうじゃないか!

 焦ったあまり俺は、叫ぶように告げていた。


「ち、違う! 俺が好きなのは高中さんだ! 高中さん! 俺とつきあってください!」


『えっ?』という表情で、高中さんが俺を見た。

 隣の低いところからももうひとつ、『えっ?』というような鋭い視線を感じたが、それはまぁ無視しよう。


 しかしなんて心にもないことを言ってしまったんだ、俺は、と後悔していると──


「ふふっ……」

 高中さんが、優しく笑った。

「面白いひとだね、玉国くん。……いいよ? じゃ、友達からってことで」


「まじで!?」

 勢いよく顔をあげると、手が勝手にガッツポーズを作っていた。

「ラッキーストライク!」





 日曜日、高中さんとのデートで遊園地に行った。詩野さんも一緒だ。


「ちょっと待って!」

 俺は声をあげた。

「なぜに3人!?」


 詩野さんは小首を傾げると、答えた。

「なんでだろう? なんでだか、わたし、高中さんに呼ばれたの」


 高中さんは並んだ3人の一番高いところから俺と詩野さんを見下ろして、ふふっと笑う。

「いいじゃない。2人より3人のほうが楽しいよ? 楽しもう」


「でも……」これじゃデートじゃないじゃない! と俺が言おうとすると、むこうのほうから見知った顔の団体が歩いてきた。


「よっ!」

「おーい、高中! 来たぞ」

「誘ってくれてありがとう」

「今日はみんなで楽しもうね」


 クラスのやつらだった。

 みんな陽キャのグループだ。

『話が違う!』という顔を向けると、高中さんはにっこり笑って、俺に言った。


「友達は多いほうがいいでしょ? あたしが玉国くんと詩野さんと友達になった記念に、みんなで遊園地! さ、楽しもうよ!」





 高中さんと陽キャグループどもが楽しそうに遊んでいるのを遠目に見ながら、俺は花壇の端に腰掛けて、アイスクリームをぺちゃぺちゃ食べた。


「俺はあんな輪の中へは入っていけない……」


 アイスクリームをぺちゃぺちゃ舐めながら呟くと、


「うん。わたしも大勢は苦手……」


 隣で詩野さんがアイスクリームをぺちゃぺちゃ舐めながら答えた。


「俺とつきあう気なんて……、ないよな、高中さん」

「うん。玉国くん、単に断られなかっただけだと思う」


「俺はこんなに好きなのに……」

「玉国くんは女の子なら誰でもいいの?」


「そんなわけないだろ。現に俺は……」詩野さんのことは顔が可愛いとは思いながらつきあう気は全然ないし──と言おうとすると、じっと俺の顔を見つめている詩野さんと目が合った。


 口の周りがアイスクリームで真っ白だった。


 かわいい。


 女の子というより、小動物みたいで、かわいい。


 その、アイスで真っ白な口が、訴えるように動いた。


「好き」


「えっ?」

「わたしは、だめなの?」


「な……、何が?」

「女の子なら誰でもいいけど、わたしは、だめ?」


 図星を突かれたのに、なぜか俺の頭は否定した。『都合いいな、これでもいいや』とは思わなかった。むしろ『こいつが世界中で一番いいな』とか思ってしまった。俺に寄ってくるへんなやつの代表格のようなこの女の子を、彼女にしたいと強く思った。


 しかし俺が「あ」とか「う」とかしか答えられずにいると、勢いよく詩野さんは立ち上がったかと思うと、アイスをマイクのように掲げ、歌い出した。


「♫わたしを、まもって、かえって、くれた

 わたしは、あなたに、王子さまを、見たの

 だからね、そうよ、玉国くん

 クズな、あなたに、わたしは、恋をしたの!」


 最後を絶叫するように歌い終えると、詩野さんはそのままダダーッ!と走り出し、そのまま帰ってしまった。


 俺はただ呆然とそのちいさな後ろ姿を見送った。俺の手は溶けたアイスでべとべとになっていた。




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