玉国くんと詩野さん
彼女が欲しい……。
彼女が欲しいよう!
彼女がいれば俺の高校生活はきっと、後世に残るような、恋愛ドラマみたいなものになるはずなんだ!
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俺の名前は玉国光。高校二年生だ。
俺が坊主頭にしているのは野球部だからではない。どんな髪型が自分に似合うのかわからない、自信もないから、とりあえず散髪屋に行く必要もない髪型にしているだけだ。
バリカンで、新聞紙の上に座って自分の頭を刈っていると、たまに虚しくなる。
帰宅部の俺が、なぜ坊主頭になどせねばならんのか……。
美容室にでも行って、もっとかっこいい髪型にしてもらえば、彼女いない歴=年齢を脱することができるのではないのか!?
だって俺はこんなに……!
イケメンだから、と頭で呟こうとして、手鏡を見てやめた。
地味な顔。どこにでもあるような顔。そこにニキビ。
自信なさげな目。もっとセクシーだったらよかったのに。
名前だけは立派だ。まるで『王国』のような名字に、アイドルのような『ヒカル』。これが顔に似合ってないのが最大の悩みだった。
うあぁぁ! 彼女欲しい!
欲しい欲しい欲しい欲しいカノジョが欲しいよう!
彼女さえできれば人生が劇的に変わるような気がしていた。
彼女のない高校生活をいつまで俺は送ればいいのだろう?
しかし俺はある特定の人種からはやたらとモテていた。
そのことについては後で話すことになるだろう。
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クラスには今日も楽しげな声が溢れている。
俺には関係ない、リア充どもの楽しげな声だ。
「昨日さー……」
「新しくできたお店の……」
「おまえ、ちょっとそれは鬼畜すぎんー?」
俺はそこに混ざりたくて、しかし混ざれない。
陰キャの俺が大声でそこに混じっていたら神様がびっくりすることだろう。
人には分相応・不相応というものがあると思う。
それでいえば、俺は机にじっと座って下手な漫画でも描いているのが相応というものだ。
うちのクラスには美少女が3人、いる。
まずは白根高百合さん。シルクのような黒髪ロングストレートにお姫様のような高貴な顔が素敵な、俺の想い人だ。
俺は白根さんをカノジョにしたい。
しかし競争率は激高だ。クラスの男子20人がすべて白根さんを狙っているかもしれない。その場合、競争率は40倍だ。頭が悪いから計算違ってるかもだけど。
次に高中高菜さん。へんな名前だけど美少女だ。バレー部のアイドルで、ショートカットのスポーツ美少女。みんながたぶん二番目に狙ってる。つまり彼女の競争率も40倍だ。いや、半分の20倍ぐらい?
どちらにしろ彼女が間違いなくうちのクラスの……いやおそらくはこの学校のアイドル美少女No.2だ。
最後は詩野詩美さん。
ちっちゃくて、顔の整ったメガネっ娘だ。
彼女は顔がいい。とにかく美少女だ。
しかし誰も彼女のことを『うちのクラスのNo.3』とは呼ばない。呼んでるのを聞いたことがない。
彼女のことを狙ってるやつも、おそらくは一人もいない。競争率は激低い。
遠くの席に座る詩野さんをチラリと眺めると、俺はすぐに視線を自分の机の上に戻した。
『さすがのモテない俺でも……アレはないな』
詩野詩美さんは窓際の席に座り、窓の外を眺めながら、一人で何か喋っていた。
口の動きから察すると、「うっきょー」とか呟いているみたいだ。
彼女は不思議ちゃんだ。しかも途轍もなく。
何を考えているのかわからない。顔はいいのに残念すぎる。
きっとアレだ。幽霊が見えるひとの類いだ。
さすがのモテない俺も、違う世界を視ている女の子とは付き合える自信も興味もなかった。
やはり俺の狙いは白根高百合さんだ。
彼女しかいない。
モテないのに理想が高すぎる一生童貞男子の典型だといわれようと、俺には彼女しか見えなかった。
告白してみようか、どうしようか……。
頭の中で告白シミュレーションを練っていると、突然、机の横にかけた俺のバッグが派手な音とともに蹴り上げられた。
いじめか!? と思ってビクビクしながら振り返ると、詩野詩美さんがそこにいて、申し訳なさそうな顔をしていた。
「あっ……。ごめんね、玉国くん」
気弱そうな、小さな声でそう言った。
近くで見ると本当にかわいい。ファンタジー世界に住む小動物のようだ。
でもこれは不思議ちゃん、何を考えてるかまったくもって不明な、付き合えるわけもない不思議ちゃんだ、と自分に言い聞かせた。
「あっ……。いいよ、いいよ」
俺は笑顔を作り、なぜ蹴り上げられたのかはわからなかったが、気にしてないことをアピールした。
「たまたま足が当たっちゃった? あるある!」
「ううん。蹴り上げたくなっちゃったの」
詩野さんはあくまでも申し訳なさそうな顔をしながら、言った。
「なんでだろう? 玉国くんのバッグをね、今、すごく蹴り上げたくなっちゃったの」
そう言って、にへら〜と笑った。
少しトラウマになってしまった。
先にいった通り、俺はある特定の人種からはやたらとモテている。
モテるというよりは、やたら近寄ってこられるのだ。
へんなやつらからは、やたらと近寄ってこられるのだ!
『類は友を呼ぶ』なんて理由ではない。俺はいたってふつうの、どこにでもいる、ありふれた男子高校生だ。
もしかして、この物語は、俺と、へんなやつの代表格ともいえる詩野さんが、愛し合うことになるという、そういう物語なのだろうか?
違う! 大体、これは俺の『現実』だ! フィクションの物語なんかじゃない!
そう思いながら、詩野さんと恋人どうしになって、手を繋いで街を歩く姿をなんとなく想像してしまった。
いいな……と、思った。