003
悠一の答えはこれしかなかった。2人で生きていくという未来はもうこの世界には、無い。だからせめて、2人の時を、ずっと、過ごしたいと思ったのだ。
「はい」
サユリの目からはまた涙がこぼれそうだった。
それでも、サユリはもう涙を流さなかった。黙って、耐えていた。
心なしか、吹っ切れたような表情をしていた。その選択しかないと、サユリも分かっていたようだった。覚悟は決まっていた。
僕は何て弱いんだろう。どうしてこんな決断しかできないんだろう。彼女を幸せにしたかった。この世界で、叶うならば、叶うなら……。
だが、もう決めた。
後には引けない。
悠一は棚に置かれていた枯れた花を一つ、手に取った。それを机の上に置き、サユリに見せて、座った。
「この花は?」
「この花は吸血植物なんだ。この世には存在しない花、いや、そもそも見つかってない花だから名前はない。
この花は、血を吸わないと枯れる。だから今は枯れているけれど、血を吸えばまた花が咲くんだ」
「どんな花なの?」
「……分からない。咲かせてみないと。ただ、2つ異なる血を混ぜるから2色が混ざる色か分離している色の花になるだろうと思うんだ。
これを、僕とサユリさんで咲かせよう」
悠一はサユリの、瞳をじっと見て言った。
「きっと綺麗な花が咲きますね」
サユリは微笑んだ。悠一は一度頷いて、同じように微笑んだ。
「……じゃあ、始めよう」
───結婚式当日。
サユリの家の別邸が式場になっていた。
「花嫁が来ない?どういうことかね?」
「すいません、一昨日に娘が失踪いたしまして、帰ってこなかったのです」
「こんなにもう人も集まってる。早くなんとかしてくれんと」
参加者たちは式を今か今かと待っていた。話していた2人はサユリの父と、お相手の父だった。
「今日は中止にしよう、病院には今日も処置を待つ人がいるんだ」
お相手の男が言った。黒いスーツに身を包んでいて、お金持ちであることが容姿から分かる。
「お、お待ちくださいませ。今全力で娘を探しておりますので」
サユリの父は男の手を握って男を止めた。
「もう離していただけませんか?」
男はサユリの父を睨んだ。
「あっ、すみません」
サユリの父は握りしめた手を離してしまった。
男が帰ろうとしていた、その時だった。
ドアが開いた。参加者は全員後ろを振り返り、バージンロードの上を運ばれてくる白く長い箱を見た。運ばれていくその先には、サユリのお相手の男が立っている。
運んでいたのは悠一を殴った借金取りだった。キレイなスーツを着ていた。
運ばれた白く長い箱は、男の前まで運ばれ、止まった。
「どうぞ」
借金取りは白く長い箱に手招きしながら言った。男はその箱を不思議そうに見つめながら蓋を開けた。
そこには、サユリの死体があった。
箱の中にはサユリと、白い薔薇の花が敷き詰められていた。薔薇の花は純白のドレスのようで、サユリは腕と顔だけ出していた。
「……誰?」
男は死体を睨みながら言った。そこに、サユリの父が近寄ってきた。
「サユリ?おい、サユリ、サユリ!!」
父親はサユリを揺らしながら言った。だが、返事がない。
「死んでますよ、その方」
男は言った。
「はい、死んでおります」
借金取りも父親に向かって言った。
「え?いや、なんで??」
父親はそう呟くと、膝をついた。
ざわつく参加者。1人冷静に佇むお相手の男。
サユリの父はあまりの衝撃で気絶して倒れた。
男は箱の中に入っていた手紙に気づいた。そして、それを手に取った。
『結婚祝いだ』
男はキョトンとしたような目で手紙を読んで、1人呟いた。
「……お前も、誰だよ」
* * *
「計画はこう。まず、サユリがこの毒を飲んで自殺する。そして、僕があの長くて白い箱の中にサユリを入れて、吸血植物を、サユリの心臓に突き刺す。すると吸血植物は血を吸い始める。
サユリを箱に入れる前にあらかじめ僕の血管に採血用の針を刺しておいて、そのもう片方の針をサユリにも刺しておく。これで輸血ができる。
サユリの血を吸い終われば、次は僕の血が吸われていく。これで2人はお互い死ぬ。そして、2人の血が混ざった花が、咲くってことだ」
悠一は計画の全てをサユリに明かした。サユリはまた黙って頷いた。
もう残された道はこれしかなかった。
「式場には誰が運ぶのですか?」
「実は、僕、親が残した借金があったんだ。ここの建物と土地と自分の命を渡せば、返済完了ってことになるらしいので、その借金取りに任せることにした」
「そういうことですか」
準備が終わると、2人はまた抱きしめ合った。
「また少し、寂しくなりますね」
サユリは呟いた。
「いや、すぐ会えるよ。待っててね」
そう言って、悠一は座ったままのサユリに毒を飲ませようとした。
「……待って」
サユリは微笑みながら言った。
「最期だから、聞かせて。
私のこと、愛してる?」
悠一も微笑みながら言った。
「……もちろん、愛してるよ、サユリ。ずっと、これからも」
サユリは我慢していた涙を流して微笑んだ。
「やっと、聞けた……」
そして、悠一は毒をサユリの口の中へ流し込んだ。
暗闇の中、苦しみで震えるサユリを悠一はただただ眺めた。15秒ほど、サユリは震え続けた。その影が静かに地面を黒く飲み込んでいた。
そのあと、静かに息を引き取った。流れた涙は月光にキラキラと反射していた。
その顔はまだ微笑んでいた。
悠一は側に置いていた白く長い箱の中にサユリを運び入れた。サユリの腕を心臓の下辺りで交差させるようにした。
そして、悠一は血管に針を刺し、自分の血液がチューブの中を伝っていくのを見つめた。
チューブの中の空気が抜けた時にサユリの血管にもう片方の針を刺した。
と同時に、吸血植物をサユリの心臓に突き刺した。
その時、花は一気に花開き、大きくなっていった。悠一も自分の血がどんどん抜けていっていくのが分かる。
だんだんと意識が遠のいていく──……。
ああ、やっと死ねる。やっと、死にたいと思えた。
やっと、──……
「つまり、2人は心中したのですね」
サユリの相手になるはずだった男は言った。借金取りが今回聞いていた、心中計画を男に話したのだ。
「意味のないことをする。死んだとしても、どうせあの世なんて無いし、会えるわけ無いのに」
「……ずいぶんと死体を見ても驚かないのですね」
借金取りは男に言った。
「俺は医者だからな。毎日のように死体を見ている。この時代の医療なんてただの神頼みだ。何にも変わってないんだよ、江戸から。
それに、狂った寒さのせいか死体の状態も良い。こんなもので驚くはずないでしょう。
あなたも毎日のように見ているでしょう、死体。街中には普通に転がっているではありませんか」
「知らない人間の死体を見ても、何も思わないでしょう」
「それは俺もだ」
「……えっ?」
「あなたは何か勘違いをされている。俺は今日初めて花嫁に会う日だったのだよ。いきなり結婚が決まったからね。だから、今この死体を見た時、『あぁ、この人が俺の花嫁になってたかもしれない人なんだ』程度にしか思わない。つまり、誰なのか知らないんだよ。そして、手紙の主もね。
だから心すら痛まない」
「じゃあ……」
「えぇ、別に2人が結婚したければ、俺はそれでもよかったんだよ。俺は今回、妻でも作ればさらに仕事に力が入るだろうという提案を父から受けて、それで妻を欲しかっただけだから。だから本当に2人は無駄死にだね。
まぁ、それをあちらの父親が許すとは思いませんけど。
ただ、死んだ2人がその幸せを望んだのなら他人の俺が言うとこは何も無い」
そう言って男はただの死体を眺める。
「もし、あなたがこの死体を見て、泣いて後悔の念に取りつかれたなら、面白かったでしょうに」
借金取りが言うと、男は笑った。
「ははは。それはそうだ。
まぁ、この劇の中で大切だったことは2人の合意のもとで好きなように死を選べたことでしょう」
借金取りと話が終わった男は、サユリの方を見た。
「ただ、これはやはり美しい。2人の愛の結晶と言ってもいいでしょうね。
まるで本当に彼女が生きているみたいだ」
サユリは赤色と青色のツートーンカラーになっている大きな吸血植物を抱えるようにして、微笑んでいた。
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