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勇者なのに勇者に殺されそうになったんだが  作者: catan
一章:水の国、アクアマリア。
7/8

7話 全部失って

今日からまた朝7時の投稿に戻していきます、

よろしくお願いします。

揺れている...


地面がぐわんぐわんと揺れている、キリキリという車輪の音と馬の足音...

馬車に乗っているのだろうか...


ゆっくりと目を開ける、眩しい日差しが視界に入ってきたと思うとそれを木々が遮る。

森の中か...?


何で森の中に...確か...っ!


「ぁ...ぁ...うぁぁぁあああああ!!!」


思い出した、思い出してしまった。

美里に裏切られた事、誠也も結衣も...殺されてしまった事...自分だけ惨めに生き延びた事...


「ちょっと、大丈夫ですか!?

トロント、そのまま進んでいてください!」


何で...なんでこんな事に...

無理矢理呼び出されて、魔王を倒すまで帰れなくなって...

その挙句仲間を殺されて...

どうしてこんな仕打ちを受けなきゃいけないんだ...俺達は何かしたのか...!!!


「大丈夫ですか!ちょっと...そうだ、水...」


最悪だ、最低だ...

あの勇者も美里も、王も...そして俺も...!

誰も守れなかった、俺だけ惨めに生き残ってしまった...っ!


「落ち着いて、水飲んでください!」


突然視界にコップが映る。

...そうか...俺は助けられたのか...


その事実だけが唯一の救いだ。

でも今は何も信じられないような、そんな気もする。

しかし今頼れるのはこの人しか居らず、逃げ出してもきっとのたれ死ぬだろう。


震えた手でコップを受け取り、少し口にする。

それは冷たくすっと身体に染み渡り、自分の動揺した心を少し落ち着かせてくれた。


ふと、コップの水面に目を落とす。

そこには青ざめた自分の顔が...




いや、自分の顔じゃない!?

確かに青ざめ、そして今困惑した顔に変わったその美少女は自分が思ったように顔を動かす。


...これが...自分...!?


良く見ると自分の身体は柔らかく細く、肩から美しい金糸が降り立ち_

そして女性的な膨らみがある程度あれば、男性的な膨らみは消え失せていた。


「あっ...」


...というか裸じゃないか...


ワープした時に服は置いていかれたのだろうか、とりあえず布団代わりにしてくれていたのであろう布で身体を覆っておく。


というか今の声も...さっきは動揺して気が付かなかったが過去の俺の声とは似つかない女性的なソプラノボイスになっていた。


あの転移結晶の副作用か?

それとも倒れている間に何かがあったのか...

知識が足りない今考えてもどうしようもないか。


「ああ...っ!すいません!その...見てませんから!」


正面から声が聞こえる、そういえば姿すら見てなかった。


視界を前に向けると顔を真っ赤にした青年が居た、商人という風貌だがまだ若く俺の4、5個上くらいだろう。

そして所々についた装飾品が貴族であるという証明をしている。


「いや...流石にそれは...見てますよね...

まぁ、別に良いですけど...」


別に見られても減るものじゃないし、命の恩人だからな。

それに本当の女の子ならまだしも、今の自分は正直女の子の身体を自由に動かせるだけにしか思えない。

まぁ当然な話16年程、男として生きてきたからな。


「うぁ...寛大な御心遣い、感謝します...」


「その...俺の事助けてくれたんですよね...

ありがとうございます...」


座ったまま少し頭を下げる、するとその商人は手を否定するように左右に振りながら喋る。


「いえ、そんな...大した事は...

それに、商売は助け合いですから。」


「商売、やはり商人なんですか?」


辺りを見渡して思ったが積荷は俺以外にも沢山ある。

きっと行商中だったのだろう。


「ええ、申し遅れました。

僕はエドワード・ヒュー・リューインズ、アクアマリアの子爵です。

気軽にエドワードとお呼びください。」


「ああ、俺はあり...」


そこでふと思った、今俺は女の子なんだよな...

それに今の有栖崎 心という名前はあまりにこの世界には馴染まないだろう。

どこかで奴らにバレるかもしれない。

...名前を変えるしかないか...


「どうしたんですか...?あまり言いづらい名前とか...」


考え込んでいた俺の顔を心配そうにエドワードが覗き込む、その顔があまりに不安そうだったので考えが纏まってないまま喋っているのを途中で遮って喋り始めてしまう。


「いや、そんな事は無くて...

俺はあ...あり...アリスです...」


苗字から適当に取っただけの名前、でも急に出たにしては悪くは無いだろう。


「アリスさんですね、よろしくお願いします。」


「ああ、よろしくお願いします...

エドワードさん...私の方が年下ですしアリスで良いですよ。」


「なら、僕の事もエドワードで良いですよ。

...それで、もし良ければアリスに何があったのか教えてくれますか...?

いや、嫌なら良いんです、無理強いはしませんから。」


エドワードはコロコロと百面相しながら感情豊かに喋る。

本当に優しい人なのだろう、それに表情に出やすいのも信用に繋がった。


俺は詳しい事は言わず概要だけ話す事にした。


「俺は...冒険者として迷宮に挑んでいたんです、4人パーティーで...

でも、その内の1人に裏切られてそいつは殺人鬼と組んでて...

俺以外の2人は殺されて...っ!」


「大丈夫ですか、あまり辛いなら...」


「いえ、大丈夫ですから...

それで俺だけ、命からがら何とか逃げ延びたんです...」


「そうだったんですね...それは辛かったですね...」


エドワードはとても辛そうな表情で同情している、そんな顔を見てると何だか少し元気が出る。

彼だけが今、自分の救いになっていた。


「いえ、エドワードのお陰で助かりましたから...本当にありがとうございました。」


「そんな...どういたしまして。

とりあえず今日は日も落ちてきましたから、今日は一度休んでください。」


ふと気がつくと陽の光は赤みを帯び始めていた、そうか倒れていたのもあり、もうそんな時間になっていたのか。

エドワードのお世話になるのは申し訳ないが、今は頼る人も道具も他に無い。

頼らせて貰うしか無いな。


「すいません、お世話になります...」


「いえ、お気になさらず。

では食事にしましょうか。

と言っても僕は料理が出来ないので保存食ですが...」


「あ、俺少しなら...料理出来ますよ。」


「本当ですか!?僕ここ数日間保存食しか食べてなくて...

商品の肉や野菜は好きに使っていいのでどうか...!」


エドワードの顔が眩しく輝く、本当に太陽くらい。

相当保存食に飽きていたのだろう。


「まぁ、ほんと少しですよ。

あまり期待しないで待っていてください。」


「ええ、では僕は椅子や寝袋の用意をしますね。

トロント、止まってください。

今日はここで休憩です。」


エドワードがそう言うとトロント_

馬の事であろうそいつは彼の言葉を理解したように停止し、足を折り曲げ座り込んだ。


「言葉が理解出来るんですか...?凄いですね...」


「ええ、見たことありませんか?

この子はハイホースという魔物なんですが、見ての通り特に害無く寧ろ我々人間にとって必要な存在なんです。」


「へぇ...話には聞いてましたが...魔物...」


良く見るとその馬には角が生えており、耳も歪な形をしていた。

確かにただの馬では無くちゃんと魔物なのだろう。

しかし人間にとって味方となる魔物も居るんだな...


「さて、では料理をお願いします...!」


「ええ...ただその前に、服は何かありますかね...」


俺の今はボロ布一枚、手を離したら見えてしまうし流石にこの姿じゃ料理は出来ない。


「あ...すいません!すぐ用意します!」


エドワードが馬車に積んであった木箱の中を探し始める、その間に俺も食料品が入っている木箱を漁り何が作れそうか考える。

乳製品が多いな...クリームシチューでも作ろうか。


「えっと、牛乳とチーズにこの野菜たちと肉を使っていいですか?」


「ええ、なんでも使ってください!

それとこの服をどうぞ。」


そう言って渡してきたのは綺麗なワンピースだった、白を基調に裾の部分に金色の装飾が施されている。

シンプルな作りだが美しさを感じる逸品だ。


「...高そうですね、生地も良さそうですし。

借りてもいいんですか?」


「全然構いませんよ、なんなら貰ってくれても大丈夫ですから!

とりあえず着てください!ちょっとさっきから見えてますから...」


少し赤面しながら自分の胸の辺りを見て言う。

そうか膨らみがあるもんな、自然と目が行くしさっきからチラチラ見てたのはそういう事なのか。

女の子になったんだし少しは気にしないとか。


「ではありがたく貰いますね。」


さて、料理の準備をするか。


まずは肉と野菜を用意する、この世界の野菜は正直どれがどうだかよく分からないが大体同じような見た目で同じような味なのでそれっぽい人参やじゃがいも、玉ねぎを箱から出す。

肉も鳥肉を選んでいるが何なのかはよく分かっていない...

魔物とかじゃ無いよな...?


それを一口大に切って鍋の中に入れていく。

薪の上の台に鍋を置き_


「着火」


生活魔法で火をつける。


「アリスは魔法が使えるんですね。」


トロントの世話をしていたエドワードが横目に話しかけてくる。


「はい、冒険者ですから。

そんなに強いものは使えないですが...」


「いやいや、使えるだけで凄いですよ。

僕は生活魔法を使えませんしそもそも生活魔法を使える人すら希少ですからね。」


そうだったのか、王宮にいた人達は皆使えたからありふれたものかと思っていたが...

認識を改める必要がありそうだな。


さて、火がいい感じに入ってきたら蒸し煮して更に柔らかくしていく。

そしてメインの牛乳を入れ、深みを出すためにチーズを少し入れて混ぜる。

それとそれっぽい調味料も入れていく。


「初めて見る料理ですが...凄くいい匂いがしますね...」


「クリームシチューは初めてですか?俺のいた所では少しありふれている物でしたよ。」


「そうなんですね、もしかしてアリスも貴族なのですか?

調味料とか牛乳とか少し高級な物を知って使って居ますし、その...身体とか綺麗でしたし...」


赤面しながらエドワードが言う、思い出すなし。

まぁでも男として気持ちは分かる...

もう女か。


「...何思い出してるんですか...

まぁ、貴族では無いですけどそれなりに裕福かもしれませんね。」


とりあえず適当にそういう事にしておく。

貴族は皆家名を持ってそうだし、家名を名乗らなかったからな。

今更貴族と言うには違和感があるだろう、あと立ち振る舞いが俺は貴族じゃない。


「すいません...アリスは結構可愛いですから、印象に残ってしまって...

あ、その...可愛いのもあって貴族なのかなって思ったんですけど違うんですね、でも裕福な家庭ってのは納得です。」


凄くしどろもどろしながら喋るな、結構出任せで喋っちゃうタイプなんだろう。

表情にも出るし喋ってて不快感がない、いい友達になれそうだ。


さて、いい感じに煮込めたな。

器に移して、パンを添えれば完成だ。


「出来上がりましたよ、どうぞ食べてください。

味は期待しないで下さいね」


俺はたまに親の手伝いで作るくらいなのだ、

流石に母親の味には敵わないし。


「いえ、凄く美味しそうですよ!

では早速...」


エドワードがスプーンで掬って口にする、

口にした途端とても良い笑顔で美味しそうに何度も口に運ぶ。


「凄いですよこれ!アリスはシェフか何かですか!?」


「いえ、母親の真似でしか無いですから。

では私も...いただきます。」


やはり母親の味には勝てないな、まぁでも悪くは無い出来だろう。


「まぁまぁ美味しいですね。」


「そんな、最高ですよ!

これで母親の方が上手なら母親は料理の神ですね!」


まぁ、時代も進めば料理も進むからな。

この世界の時代はまだ調味料の使い方がそこまで上手とは言えない、その点毎日調味料たっぷりのご飯を食べてる俺達はそこら辺の違いが分かっているだろうからな。


「パンにつけて食べてもすごく美味しいです!」


「なら良かったです、おかわりもありますからね。」


「ありがとうございます!こんな美味しいご飯実家以来です!」


食事中は終始エドワードのテンションが高かった、食後も自分の家の話や過去の面白い話、料理や行商について等色々話してくれた。


多分自分の事を気遣ってくれているのだろう、

その優しさが今はとても嬉しくて実際考える隙を消してくれた。

*Tips アクアマリアについて

アクアマリアとはアクアマリア神の名前から付けられた宗教国家である、国全体で川や湖が多く存在し、それらの水には祝福が施されているという。

実際他の国と比べて植物の育ちが良く、病気も少ないらしい。

国中央の城はマリア城にマリア城下町。

北にはアリスが倒れていた森があり、その先にウェルタータウン。

南にも森が広がっており、そこにはエルフが住む村、デルフィーンが存在する。

森を抜けるとその先はフライメイヤの領土になっている。

西は積雪地帯となっており、その1歩手前の草原にエールタール村、雪原に入って北に進めばオエルという街が存在する。

その先の森以降は雪国べべリヤの領土になっている。

東には港町ミリアが存在する。


ー世界観光ガイドブック【アクアマリア編】

より一部抜粋、加筆。

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