6話 勇者の意味
旅行に言っていた為、更新が遅れました。
味噌カツが美味しかったです。
誠也との練習の後、俺達は迷宮に来ていた。
今日の目標は3階層の到達だ。
今回の探索は前回のようにならないように準備をしてきた、作戦会議、アイテム、そして情報収集だ。
作戦会議では皆の欠点を挙げ、修正していくように。
アイテムは結衣がヒール出来ない状況でも大丈夫なように回復薬を。
情報は魔物に関する情報だ、本ではなく実戦経験者の情報を聞いてきた。
俺達は凄い存在だ、迷宮という高難易度の場所に初日から挑み生還できる程の。
しかし逆に言えばその程度だ、あくまで勇者の卵でしかない。
俺達はそれを昨日痛感した、心のどこかで慢心していたんだ。
でも今日からは油断はしない、生きて帰る為に命を賭けるのだ。
なんて考えていたら1階層のエントランスに着いたようだ。
俺達は前回2階層で戻った、転送機能は5階層毎なので徒歩で奥へと進む事になる。
前回同様、美里に地図で案内してもらいながら移動する。
1階層の敵は相変わらず余裕だ、それも昨日以上に。
きっと成長しているのだと思う。
「着いたよ、この先が2階層」
美里が告げる、俺達の中に鋭い緊張感が走る。
俺達は一度踏み入った事のある階段を恐る恐る踏むように下っていった。
「大丈夫ですよ、準備してきたんですから。」
階段を下る途中、誠也が緊張の糸を解す為言う。
「ああ、そうだな。俺達ならやれる。」
「ま、ウチら勇者だし。勇気出してこ。」
「そうですね...!頑張ります!」
そして床に足をつける、ここから2階層だ。
いつ昨日のように攻撃を受けるか分からない。
警戒しなければ。
美里のナビゲートを聞きながら慎重に進んでいく、いくつかの曲がり角を曲がった所でそいつらは居た。
ゴブリンファイターだ、合計6匹。
「6匹居る、ゴブリンだ。手筈通り行くぞ」
「はい」「ええ」「うん」
皆の顔を確認する、大丈夫そうだな。
「3...2...1...GO!」
曲がり角から飛び出す、ゴブリン達は俺達の奇襲に驚き戦闘態勢を取れていない。
全力でゴブリン達に近づく、そういえば俊敏のブーツは結局俺が装備する事になった。
その効果のおかげか相手が武器を構える間も無く斬撃を2発叩き込む。
身体から盛大に血を吹き出し、完全に動かなくなる。
まずは1匹!
「ファイアボルト!」
美里の火属性中級射出魔法だ。
それは奥で矢を構えていたゴブリンに直撃し、身体に焦げた大穴を空ける。
2匹目!
魔法で倒れるゴブリンを横目に、傍のゴブリンに攻撃する。
ゴブリンは既に戦闘態勢を取っており、質素な鉄の剣を構えているが崩すのは容易だ。
「魔法剣、残火!」
剣に薄らと火が纏う、ゴブリンは火に弱い。
それは肉体面だけでなく精神面にも大きな影響が出るものだ。
ゴブリンは魔法剣を見ると怖がり、防御の姿勢を取る。
この隙だ!
冒険者達から聞いたゴブリン攻略法、火を見せ隙を作る。
防御で視界が狭くなっている所をキックで崩し、袈裟斬りを繰り出す。
その一撃はクリーンヒットし、ゴブリンの身体に綺麗な切り込みが入る。
そしてそれは心臓まで届いた。
残り3体!
その頃には誠也も前線に出ていた、残り3体のゴブリンを一身で受け止めていた。
ゴブリン達が誠也の防御を崩せず苛立ち動きが雑になった時、誠也の剣が動いた。
飛びかかろうとしていたゴブリンは上半身と下半身を分かたれていた。
それを他のゴブリンが認識した頃には誠也は一歩下がり、攻撃の隙を消していた。
「魔法剣、射出!」
敵の移動先に置くように火の斬撃を飛ばす、読みは当たりゴブリンの首に当たる。
当然、これ以上動く事は無い。
最後の1匹!
誠也の援護に行こうとしたが必要無かったようだ。
誠也は振り下ろした剣を戻す前にゴブリンに攻撃されそうになっていたが足甲で剣を受け止め、そのままゴブリンを蹴り飛ばした。
それは壁に激突し、気持ちの悪い音と悲鳴と共に動かなくなる。
...さすがサッカー部、にしてもパワー系過ぎるが。
これで6体、周りに何か潜んでいる気配は無い。
戦闘終了だ。
「勝った...な」
「ええ、結構悪くは無かったのではないですか?」
「悪くないってゆか、良かったくない?」
「うん、凄かった...」
俺達は勝利の喜びを初めて噛み締めた。
「ではこの調子で3階層まで進みましょうか」
「ああ、油断せず行こう」
ゴブリン達から魔石を取り、再度歩み始める。
地図を頼りに近そうな行き止まりなら寄って宝箱が無いかを確認していく。
何個かの行き止まりを確認したが見つかる事は無かった、やはり昨日は相当運が良かったのだろう。
宝箱を探していると何度かゴブリンにも出会ったが、特に難無く突破出来ている。
やはり反省会が生きてきているのだろう。
そして2階層突破前、地図によるともうすぐ階段があるという一本道に辿り着いていた。
後はこの曲がり角を曲がればという時、曲がり角を覗くと緑色の巨体が門番のように立ち塞がっていた。
オーガゴブリン、ゴブリンの中でも上位に位置する種族だ。
身長は5m程あり、その身体は筋骨隆々、凶悪な顔は見ただけで怯んでしまいそうだ。
背中には無骨で大きな両手剣...
大きなって言ってもただ大きいんじゃなくて、巨人用として考えたとしても大きなサイズ感な位の大きさだ。
当然、当たったらひとたまりも無いだろう。
周りにはゴブリンファイターが4匹居り、リーダー的立ち位置に居るようだ。
「どうする、やらないと階段には進めなさそうだが...」
誠也に問う。
オーガゴブリンはゴブリンファイターから危険度が2つか3つは跳ね上がる怪物だ。
本来2階層に居るはずのない相手であり、生半可な気持ちで挑んでは秒で潰されるだろう。
「そうですね、流石に僕達の手に余る相手ですから一度戻ってギルドに報告するのが妥当かと...」
「そうだな、仕方ないし3階層以降は次回だな。」
ギルドに報告し、有力な冒険者に倒して貰う。
遠回りだが焦る必要は無い、ここは帰ろう。
仕方なく踵を返そうとした時だった。
オーガゴブリンの方から悲鳴が聞こえた。
俺達は再度、壁の角から覗き込む。
するとそこには、オーガゴブリンにつままれた女冒険者が居た。
自分達の前に挑戦者が居たのか!?
オーガゴブリンの背中側をよく見ると倒れた冒険者達の姿が見えた。
このまま放っておけば彼女も同じ運命を辿るだろう。
「...」
俺は悩んでいた、助けに行けば俺達の命もかなり危ないだろう。
しかしその思考を汲み取ったように、誠也は俺の顔を見ながら言う。
「...やりましょう。
ここで行けばもしかしたら命を落とすかも知れません、でも...」
誠也は一度息を深く吸い込み、長く吐く。
きっとこの決断に恐怖しているんだ、
その恐怖に打ち勝つように続ける。
「私達は勇者です、勇ましき者...
人を助ける英雄です。
勇者を名乗るなら、このくらい...!」
「うん、やろ!
ウチも見殺しなんてヤダ!」
美里が溜まった恐怖を打ち払うように言う。
「私も!覚悟は出来てる...!」
結衣も珍しく、気合いの入った顔をしている。
「...作戦通りに行こう...!」
俺も剣を強く握り、覚悟を決める。
俺達にとって初めての他人の命を背負った戦いだ。
失敗したくはない。
周りに目配せする。
皆覚悟し、準備は万端なようだ。
「行くぞ...3...2...1...GO!」
壁の角から飛び出す、目指すは取り巻きのゴブリンファイターだ。
まずは牽制にオーガゴブリンの頭部に火魔法を放つ。
「ファイアーアロー!」
小さな矢はオーガゴブリンの頭部に命中する、この程度では一瞬しか怯まないようだ。
しかしそれが狙い。
「魔法剣!残火!」
剣から炎を散らす、そしてそのまま_
「連撃!」
_目にも止まらぬ速さで剣を振る、振る、振る。
合計3連撃、火を纏った斬撃がゴブリンファイターを斬り刻む。
「射出!」
更にその奥に居たゴブリンファイターに炎の斬撃を飛ばし、胴体を二つに切断する。
残り3匹!
その頃にはオーガゴブリンは体勢を整え、両手剣を構えていた。
そしてその巨体からは想像出来ない素早さで剣を振る!
狙いは...俺だ!
「庇う!守備!」
俺に斬撃が来る瞬間、俺と誠也の位置が入れ替わっていた。
誠也のスキル、庇うだ。
そして守護でバリアを張り、大剣で受け止める。
当然受け止め切れず、後方に吹っ飛ばされる。
「誠也っ!」
「...大丈夫です!」
吹っ飛ばされた誠也は少し痛そうな素振りをしながらも立ち上がる、どうやら軽傷で済んでいるようだ。
「ヒール!」
結衣のヒールが誠也に届く、誠也のぎこちない動きが消えてこっちに走り寄る。
「ファイアボルト!」
その頃には美里の詠唱が終わり、大型の火の矢がゴブリンファイターの頭部に直撃し弾け飛ぶ。
残り2!
残り一体のゴブリンファイターはこちらに攻撃するべく突撃してくる。
剣を上段に構え、鋭く振り下ろす。
それを素早く回避し、振り下ろした隙に首に一撃叩き込む。
ゴブリンファイターの頭が胴体から滑り落ちる。
最後!
しかしその最後の関門、いやオーガだし鬼門か。
ここが一番苦しい、しかしやるしかない...!
「魔法剣!残火!」
剣に手を走らせ、火を纏わせる。
そしてその勢いのまま飛び上がり...
「連撃!」
3連撃、オーガゴブリンの巨体を斬りつける。
オーガゴブリンは痛そうにするが、見た目は殆どダメージを負っていない。
皮を切るだけに終わり、内臓や骨にまで全く届いてないのだ。
固すぎる...
「せやぁっ!」
続いて後ろから走ってきていた誠也が大剣で斬り込む、しかしこの攻撃も命中したにも関わらずローダメージ。
同じく皮を切るだけになっている。
「ファイアボルト!」
美里の二回目の魔法、俺達のパーティーの中では一番威力の高い攻撃である美里の中級魔法。
それすらも奴は耐えてみせた。
それどころかピンピンしている。
「ぐるぁぁぁぁぁあああ!!!」
オーガゴブリンが咆哮し、両手剣で誠也を吹き飛ばす。
それは剣と言うより鈍器だった。
「ぐはぁっ!」
剣が当たる痛みと壁に打ち付けられる痛み、その両方に耐えきれなかった誠也はそのまま地に伏せてしまう。
スキル守備を使っていないだけで即ノックアウト...あまりにも凶悪すぎる一撃だ。
「ヒール...ヒール!」
結衣が誠也を治療しているようだが起き上がる気配は無い。
外傷を癒せても気絶までは癒せないのか...
美里も負けじとファイアボルトを放っているが避けられるか傷が入らないか。
いつかは内臓にまでダメージが届くかもしれないがMPが先に尽きてしまう。
いや、俺達のHPが先か...
俺が...やるしかないんだ...!
皆を守る為にも...!
その時、自分の中で何かが弾けた。
そしてそれが何かはすぐに理解出来た。
これなら...!
「射出!」
魔法の斬撃を飛ばし、こちらに注意を向けさせる。
そして再度刃に手を伸ばし、魔法を付与する。
しかし、これまでのものとは違う...!
「魔法剣...火炎!」
刃に手を滑らせる。
手の先から大きな炎が溢れ出るように現れ、
大きく燃え盛る。
それは刀身を隠す程の大きな火_
_火炎だった。
俺は大きく飛び上がり、先程付けた傷跡に目掛けて斬り放つ!
「連撃!」
斬!斬!斬!
先程狙った箇所をなぞるように斬りつける...
...まだだ!斬!斬!斬!
更にもう三撃、またも同じ箇所を斬りつける。
合計六連撃の斬撃だ。
「グギガァァァアア!!!!!」
オーガゴブリンは痛みのあまり叫び、膝を地面につけ動かなくなる。
「美里!」
俺は美里に目を配る。
美里は全てを察していたように...
「ファイアボルト!」
6つの傷、それが全て交わる一点に目掛けて大きな火の矢は突き刺さった。
「ぐが...ァ...」
オーガゴブリンは途切れるような悲鳴と共に倒れ込み、戦闘は終わりを告げた。
「勝った...勝ったぞ!」
俺は拳を大きく天に突き出し、勝利を噛み締める。
「ぅ...心やったんですか...」
誠也が気絶から目覚めたようだ、まだ動きは覚束無いがヒールは効いている筈だし、そのうち戻るだろう。
「ああ、やったよ...!」
「ホント、マジ危なかったし...
凄いよ...心、やるじゃん。」
美里も拳を合わせはしないが軽く振りかざす。
「うん...最後の魔法剣に連撃...凄かったよ...」
「皆...皆のお陰だ...ありがとう...
それより、さっきの人だ!」
階段の傍の壁に目をやる、そこには怯えていた先程の女性冒険者が居た。
「私、治療してくる!」
「ウチも話聞いたりしてくる、警備ヨロ〜」
俺達男2人は蚊帳の外だ。
誠也を座らせて、休憩させながら他愛もない話をしつつ通路の奥を見張り、待機する。
少し経った頃、美里と結衣が歩み寄ってくる。
それと...3人の冒険者?
「何とか一命を取り留めていたんです、ただ...間に合わなかった人も居ましたけど...」
結衣が俯き、壁の方に目をやる。
そこにはその間に合わなかった人達が4人ほど、倒れていた。
「そんな顔しないでくれお嬢ちゃん、冒険者達は全て自己責任...
寧ろ危険を顧みず助けてくれたあんた達にお礼を言わなきゃいけないんだ...ありがとう...」
男は深々と頭を下げる。
「いえ、私達は勇者ですから...
当然の事をしたまでです。」
「そうは言うが俺達の気が済まないんだ、帰ったらお礼をさせてくれ。
先にギルドに帰って待ってるからよ。」
そう言って3人は帰って行った。
「お礼を言われるのって、やはり嬉しいものですね。
命を張ったかいがありました。」
「はぁ〜、根っからの聖人だな。
さすが神聖騎士...」
「からかわないで下さい!」
皆の間で笑いが起きる。
「さて、この先...少し見てみませんか?」
そう言って誠也は階段を指さす。
先程のオーガゴブリンは多分何処かから紛れ込んだイレギュラーだ。
あれよりも弱い敵しか3階層には居ないだろう。
「そうだな、ただ俺達は消耗している。
少しだけ見学したらすぐ帰還だ。
あくまで情報収集が目的...いいな?」
「ええ、賛成です。」
「サンセー、ウチも疲れたし偵察だけなら。」
「うん、そろそろ回復が尽きるし...ちょっとだけ...なら...」
「よし、行きましょう。」
皆の賛成意見を得られた、俺達は先が見えない螺旋階段を降りていく。
何周かした頃、地面に辿り着いた。
そこは先程と変わらない風景、しかし明らかに違う雰囲気。
ここが3階層だと勘が伝えてくる。
「行きますよ、何か居たらすぐ逃げましょう。」
そう誠也が言い、少し進む。
そうして数個の曲がり角を曲がった所で、モンスターを見つけた。
前階層と変わりのないゴブリンファイター、しかしハウンドを連れていたりリーダーらしきゴブリンファイターも居た。
「成程、2階層と違って高い知性を持ってそうだな。」
「犬とか連れてるし...普通に戦ったらやばそう...」
「そうですね、情報は得られました。
帰りましょう。」
俺達はそっと来た道を戻ろうとした、その時だった。
「ぁ」
変な声が聞こえた、ふと振り返るとそこには何も居なかった...
美里も結衣も無事...
...
...
結衣の心臓を貫く様に剣が突き刺さっていた。
「結衣...っ!?」
刺さった剣を握る手、その持ち主は美里だった。
「美里...何を...しているんですか...?」
「殺って」
美里が冷たい声で言い放つ、その瞬間_
誠也の首から上が消えた。
「...ぁ...あ...」
そこには黒ずくめの剣士が立っていた。
意味が分からなかった...
分かりたくなかった...
まさか美里が...
「はぁ、3階層に来るのに時間かかりすぎだし」
美里が呆れたように、2人の死に興味無さそうに言う。
「美里...お前が裏切り者だったのか...」
「なに?裏切り者が居るとバレていたのか?
それでも気が付かないとは...ふふふ...愚かだな。」
黒ずくめの剣士は失笑し、言う。
「お前は...誰だ...」
「俺?俺は勇者だよ、第9番目のな。」
「9...番目?勇者は過去の3人しか居ないんじゃ...」
「おお、この短期間でよく調べたな。
でもそれは偽の情報、君達は12番目の勇者さ。」
そんな沢山の勇者を...どうして王様が...
...まさか...最近国が潤っているって話...
...それだけの理由で...!?
「お、気がついたって顔じゃないか。
やっぱりそういう絶望の淵で更に絶望するの最高だよ。
そう、王様は勇者を金儲けの道具としか見てないのさ。
あわよくば魔王を倒してもらい迷宮の財宝をゲット...ともね。」
そんな...俺達は世界を救う為に召喚されたんじゃ無いのか...
そんな下衆な理由で呼び出されて...2人は...っ!
気がつけば身体が動いていた、剣を抜き斬りつけていた。
しかしそいつは剣で簡単に受け止める。
余裕のあるような笑みを浮かべ、片手で軽々と受け止めている。
こっちは全力で打ち込んでいるというのに。
「やっぱり勇者の経験値は美味しいなぁ、
一人殺しただけでとてつもなく強くなっちまったよ。」
奴の顔を憎たらしく見据え、何度か剣を打ち込むが全てを軽々しく止められる。
そしてその時気がついてしまった...
「殺人者の烙印が押されていない...!?」
そうだ、法の本によれば人を殺せば永遠に罪人として扱われ神が顔に烙印を付ける。
それは勇者にとっては最悪の状態になるだろう。
しかしそれが付いていない、殺して間もないから?
いや、奴の口振りから何人かは殺してる筈だ...
どうして...
その疑問は奴が答えてくれた。
「へぇ、そんなのも知ってるんだ。
勉強熱心だね...
でも残念、それが適応されるのはこの世界の人間のみ。
俺達が殺しても何も起きないのさ。」
くそっ...そんな法の穴をついて...
人を殺して...!
剣がチリチリと震える。
いや、震えているのは俺の腕か...
力で全く押し勝てない。
戦力差は明らかだった。
それでも諦める事は出来なかった。
「ねぇ、早くしてよ。
それか帰っていい?」
美里が俺の後ろで気怠そうに言う。
「ああ、先に帰っていろ。
もう少しコイツで遊んでから行くよ。」
「待て、美里...っ!」
「バカ、こっちを見ろ。」
俺が一瞬美里を見た瞬間、奴は素早く剣を引き一撃を叩き込む。
何とか剣で防御したが剣は根元から折れてしまった。
「あ〜あ、折れちゃった。
どうする?拳ででも戦うのか?」
「いや...俺は...っ」
こんな所で諦めたくない、死にたくない!
仇を...!
俺は手を正面に構える、毎朝やっていたように...
言い放つ。
「聖剣召喚!!!」
...しかし何も起こらなかった。
振りかざした手は虚空を掴むだけだった。
「どうしてっ!!」
「それは死にスキルだよ、どうやら初代勇者以外召喚した事が無いらしい...ぜ!」
黒ずくめの剣士はそう語りながら剣を振る。
全く見えなかったその斬撃は俺が聖剣を掴む為に伸ばした手を切断し、そのまま手は宙を舞った。
「ぅぁあああっ!!」
腕が...腕が...っ!!!
右腕が...!!!!!
痛みのあまり座り込み、動けなくなる。
次第に戦意は喪失し、項垂れ、死を待っていた。
「はぁ...そうやって諦められるとつまらないんだよな、死ね。」
気怠そうに振り下ろされた剣は、俺の頭部に命中...
しなかった。
気がついたら俺は回避していた。
自分でも驚いている、俺はまだ死にたくないようだ。
...そうだ、死にたくない...こんな所で!
死にたくなんて!!!
「へぇ、避けるんだ...まだ楽しめそうだ...!」
生きたい...そう思った時、痛みは消えた。
さっきまで動かなかった身体は、次は止まることを知らないように走り続ける。
「追いかけっこかい?何年ぶりかなぁ!」
何処へ走れば出口か何て全く分からない、ただ兎に角走り続ける。
はぁ...はぁ...はぁ...っ!
走れ...!走れ...!走れ...!
出血が酷い、頭がくらくらする...
今にも倒れてしまいそうだ。
そんな事考えている場合じゃない、今はただ逃げ切る事だけを考えろ!
傷の事を気にしていたらまた動けなくなりそうだ。
相変わらず後ろからは足音が聞こえる、自分を殺そうとする足音だ。
恐怖を煽っているのか少し大きめに足音を鳴らしている様だ。
弄ばれているのだろう、実際片腕も武器も無い状態で戦ったところでその差は歴然だ。
俺は蜘蛛の巣に捕えられた獲物と同義だ。
逃げる...いや、藻掻くことしか出来ない。
くそ...何が勇者だ...!
全く勇ましくもない、最低の...
自分も相手も、勇者なんかじゃない。
片や怯え逃げ、片や殺人鬼。
そこにはキラキラしたラノベのような展開は全く無かった、あったのはただ現実、現実、現実。
そうして逃げ続けていると行き止まりに辿り着いてしまった。
いくら周りを見渡しても道は無い。
あるのはただ絶望だけだった...
...いや、一つだけある。
俺の目の前には宝箱があった。
2階層で見たのと同じ見た目の宝箱だ。
宝箱の中身一つでこの劣勢を覆すのはまず不可能だろう。
しかし俺にはもうこれに頼るしか無かった。
後ろから歩み寄る音が聞こえる、行き止まりだと気がつくと歩幅を緩めて更に足音を大きくする。
実際、それはとてつもない恐怖で...
きっと今自分の顔は酷い表情をしているだろう。
それに身体も震えている、死が迫ってくるのがとてつもなく怖いのだ。
俺はその震える手で宝箱を開ける...
頼む...何か...この状況を変えてくれ...!
重い蓋を開き、クッションに包まれた物を取り出す。
中に入っていたのは六角形の結晶だった、そしてそれには見覚えがあった。
王宮で見た転移結晶だ。
しかし少し色が違う、王宮で見たのは青色だったがこれは黄色だ。
しかし今はなりふり構っては居られない、どうせこれしか生き残る道は無いんだ。
結晶を握り込み、故郷を思い出し、言う。
「日本...!」
しかしいくら待てども何も起きない。
「東京!俺の部屋!地球!」
幾ら言い方を変えても何も起きない。
後ろから笑い声が聞こえる、余程俺の姿が滑稽なのだろう。
そして足音は更に大きくなる。
結晶の色が違うからか...?
俺が居た世界には帰れないのか...!?
ならこの世界の何処かへ...
何か...何処か...!
宿屋?いや、すぐに見つかるだろう。
王宮?もっとダメだ、全ての元凶だぞ...!
考えろ...考えろ...!
ふと、セレイアさんの話を思い出す。
...隣国、アクアマリア!
そうだ、国をまたげばすぐには追ってこれない筈だ!
これしかない...頼む...!
「アクアマリア...!」
そう唱えると、結晶は砕けて消え去った。
...失敗した...のか...?
と思ったその時、視界が光に包まれる。
そして突如現れる浮遊感...それが何秒か続いた後、地面の感触と再会する。
そこは森の中、街道の真っ只中だった。
...成功したんだ...!
きっとここはアクアマリアの何処かなのだろう、国名しか指定しなかったから国内のランダムな場所に飛ばされたのだろうか。
良かった...
安堵からか、急速な疲労感に襲われる。
身体が倒れ、意識が朦朧とする。
まずい...ここで倒れたら...
しかし、疲労感からは逃れられず闇へと落ちていってしまう。
「誠也...結衣...」
仲間の事を思い出し、何とか意識を保とうとする。
右手を地に付け、立ち上がろうとする。
しかしそんな抵抗も虚しく倒れ込んでしまう...
くそ...
そのまま意識は途絶えた。
*Tips 転移結晶(黄)
ソレはヤバいぜ、マジで死ぬ手前で使った方が身のためだ。
アレは確かに何処へでも行ける便利な代物だが、同時にデメリットもある。
あれを使うと使用者の身体に何かが起きるんだ。
噂ではある奴は魔物に、ある奴は関節から先が消え、ある奴は全くの別人に...
偶に良い効果が出るらしく新しいスキルを得ただとかパラメーターが伸びただとか...
それは迷信だがな、兎に角それは絶対使うなよ!
危なすぎるんだ!
ーとある冒険者同士の会話