お姉様を護送します!
3回中の2回目です。
お姉様の嫁入りの日はすぐやってきた。
お母様とお父様は、パーティがあるとかでお姉様の見送りもせずお出かけ。
どうせ、この家の金で散財してくるつもりなんでしょ。
全部、お姉様が稼いでるってことも知らないで。
わたしは、熱があるからと言って計画通り残ったわ。
そして、いかにも意地悪な顔をして、お姉様の前に現れて。
お姉様の気が変わって、駄々こねて嫁入りしなくなるといけないから、評判の悪い侯爵様のところへ行くのを見届けてあげる、と言ってやった。
一緒の馬車に無理矢理乗りこんでやる。
馬車は走る。
イライラする無言を乗せて。
そういえば、姉妹ふたりきりで同じ空間にいるのは初めてかもしんない。
この不景気な顔を間近で見るのも今日が最後。
栄養不足で血色の悪い顔。やせほそった躯。それを包む継ぎ当てだらけのドレス。
あー。見てるだけでムカムカする。不快。
ちょっとだけ化粧して、少しだけ肉をつけて、似合う服装をすれば誰もが振り返る美女なのに。
それにすら全く気づいていないお姉様。
わたしなんかより、本当はもっともっともーっと美人なお姉様。
こんなに素晴らしいのに、自分自身を愛することだけは理解できないお姉様。
自分のことには無関心なお姉様。
わたしは化粧で3割底上げだけど、お姉様なら、あそことあそこをああすれば見違えるような美人になるでしょうに。元がいいのに更に手を加えたらどれだけ傾国になることやら。
ああ、勿体ない。ねたましい。
本当にこの人は、なんでも持っているわよね。
美貌も才能も家柄も友人も、なにもかも。
本人が気づかないだけでみんな。
この鈍感さは本当にムカつく。
そもそも、どうしてこんな境遇を受け入れてるか判らない。
そこがひどく気持ち悪いお姉様。
見ているだけでむしゃくしゃが更に増す。
どうしてお姉様がわたしじゃなかったんだろう。
わたしだったら、この才能も美貌も思う存分使い倒すのに!
ああ、いやだ。自分がどんどん醜くなる。
我慢できない。
惨めな自分から目をそらすために、口汚くいじめて罵倒してやりたくなる。
自分がもっと惨めに小さくまずしくなるだけだと判っていても、そうしてやりたくなる。
だから、そのイライラを吐き出すために、嫁ぎ先の侯爵の悪評を、こんこんと聞かせてやる。
5回離婚している。
顔に悪魔の形の大きな痣があって、二目と見られない顔だ。
だからいつも仮面をかぶっている。人を近づけない。
それでも家を守るために、結婚しては「君を愛せない」とかほざいて、せっかくの結婚相手に嫌われて暴力をふるっては逃げられる。
しかも、お金を払ってぜんぶなかったことにする。ってね。
そうしたらお姉様ってば、もっとおどおどして泣きそうな顔になっている。
いい気味よ。
わたしはお姉様を嫌いだから。
二度と顔も見たくないくらい嫌い。
だって心底、気持ち悪いから。
この人の態度がわたしには理解不能。
娼館に通っていた貴族どもの会話から色々知ってる。
貴族どもは、血筋がいちばん。血筋が入っていない人間は跡をつげない。
だから、このみすぼらしいお姉様こそがあの屋敷の当主。
当主のくせにどうして平民でしかないお母様にぺこぺこするのか判らない。
婿で期間限定の後見人でしかないお父様にぺこぺこするのか判らない。
その命令通りに嫁ぐのか判らない。
権利をぜんぜん主張しないのが気持ち悪い。
ありとあらゆる頭の悪い無根拠な理不尽に逆らわないわけが判らない。
何度かお屋敷に来たまともなご友人達がお姉様の能力を褒めているのに、頭から信じようとしないのが判らない。
あきらかにこの人を溺愛している叔母様や叔父様、祖父や祖母に頼ろうとしないのが判らない。
うちのお金儲けも領地の管理も全部やってるくせに、どうしてこんなに卑屈なのか判らない。
その全てを、どうして誰でも出来ることだとか思えるのか判らない。
お姉様がうちから消えたら、家が崩壊するのは確実なのに、それが判っていないのが判らない。
それとも判っているのかしら?
なら判っているのに、唯々諾々と従ってるのが判らない。
バカで愚劣なお母様とお父様とわたしを破滅させて復讐でもしたいのだったら、まだよかった。
そうしたら、ちょっとは共感出来たのに。
お姉様がそんな風に万事やってしまうから。
元々容姿以外何の取り柄もない凡庸なお母様はすっかりおかしくなって。
浮気者で下半身男のお父様もすっかりでかい態度になって。
ふたりとも子爵家の当主とその奥方気取り。
お姉様の元婚約者さまも、お姉様の手柄を自分の手柄だと思い込んでる。
お姉様が全部やっているのに。
お姉様が訴えもせず黙っているからってだけなのに。
まぁ判らなくもないわ。
お姉様が陰で全部やっちゃってて、あのふたりは浮かれ騒いでればいいんだもの。
楽だもの。ふわふわと楽だもの。
わたしだってひとのことは言えない。
全部ひとがやってくれて、全部用意されてるのなんて初めてだった。
最初はびっくりしたし、ここは天国かとすら思ったわ。
お姉様がやってるって気づいて、手伝いを申し出たこともあったけど、「これは自分の仕事だから」って断られた。何度か押し問答があって、そういうもんか、と思うようになった。
一年経つと、それが普通になって、自分で身の回りのことをするのを忘れ果てていた。
楽ちんなんだもの。
全部、差配してくれている人がいるなんて考えもしなくなっていた。
自分が安楽になって、貴族っぽい怠惰に染まり出すと。
いつもボロボロになって働いているお姉様が目障りになってきた。
その姿にイライラするようになった。
ある日。お姉様がバケツをなみなみと水で満たして運んでいるのを見て。
こいつを転ばしてやったら面白いだろうと、思って。
ゾッとした。
自分が娼館でやられたようなことを、人にやろうとしていた。
うわ……。やばい。
わたしは、かなり歪んじゃってる。
そういうわけで、わたし達は3人とも見事にダメになっていた。
もしもだけど。
わたし達の堕落がお姉様の思惑通りなら、まだ良かったのに。
この人も復讐とか考えるのね、とちょっとは共感できた。
憎い父親とそのケバい愛人と腹違いの妹のわたしを堕落させて破滅させるのが目的ならイライラもしないんだけど……お姉様はナチュラルにそうしちゃってるのよね。
お姉様は、ひとことだって手伝ってとか言わなかった。
堕落したわたし達になんにも言わなかった。
注意のひとこともなかった。
ただ、愚痴も言わずほがらかに、せっせとくるくると働いていて。
わたしたちを際限なく甘やかし続けた。
天使?
いや、悪魔だわ。
バカな人間をいい気にさせて堕落させる悪魔。
少なくとも、人間とは思えない。
わたしは贅沢していい物食べて、いい服着て、ふかふかのベッドで眠って暮らすのが好き。
見目のいい男が好きだし、気持ちいいのが好き。
それってごく普通だと思うのだけど、ちがうのかしら。
そういうのが全くない人は、まともな人間って言えるのかしら。
少なくとも、わたしはゾッとした。凄く怖い。
これは美女の皮をかぶった何かだ。
お姉様の恐ろしさに気づいたわたしだったけど、あの異常な天国で暮らしてると、いつもオドオドしてるこの人をいたぶっていいような気がしてきちゃう。
むしゃくしゃした時、おどおどした顔が目に入ると、罵声を浴びせたくなる手を出したくなる。
お父様とお母様は容赦なくお姉様をいたぶってる。
それを見ていると、やっぱりあっちが正しいような気がしてくる。
近頃、だんだん抑えるのが難しくなってくる。
この前なんて、めそめそしてる顔を思いっきりはたきたくなって、我慢するために庭に飛び出して、空を見て、深呼吸して、なんとか抑えたわ。
ヤバイわ。
このままだと、この可憐で綺麗なお上品な顔をゆがめて泣かせてやりたい欲望が抑えきれなくなる。
お父様とお母様と同じになる。
ほんと、ヤバイのよお姉様は。
ダメ人間を更にダメにする魔性。麻薬女。
先天的な誘いウケのマゾ。
娼館にいたら、特定の客層に受けまくるタイプだわ。
きっと娼婦としての才能も、わたしよりも上なんだろうと思う。
ずるいわ。ほんとうにずるいわ。ずるすぎるわ。
なんでも持っている上に、わたしが生きていくために仕方なく身につけたテクよりも才能あるなんて!
侯爵様の恐ろしい噂を話してしまえば、もう話すことなんかない。
この人のカタチをした恐ろしいナニかと、これ以上同じ空間にいたくない。
お姉様はうつむいたままで、わたしは窓から外を見たままで。
イライラする沈黙を乗せて馬車は走って――
ああ、ついたわ。
あの大きいけど、ひっそりとしたお屋敷ね。
噂の侯爵様がいるのは。
目の前で、俯むいたままのお姉様に言ってやる。
「ついたわ。あれがこれからお姉様が住むお屋敷よ」
これで、この人の顔を二度と見なくてよくなるのね。
なによ。哀しそうな顔なんかして。
「さようならお姉様。お元気で。二度とわたしの前に顔を出さないでね」
そう言ってやったら、仕事に必要な書類がどこにあるかとか言い出した。
おやさしいことで。
だから、うるさいわ、と黙らした。
はっ。わかってるんじゃない。自分がいなくなったら大変だって。
だったら、こんな事態になる前に言いなさいよ。
言っても無駄か。
妙にいい気になってるお父様とお母様は聞きゃしなかっただろう。
もちろん、わたしとお父様とお母様はクズだ。
でも、考えてみると、このひとだって、わたしらと交流しようとか一度もしなかったよね。
しても無駄だったとは思うけど。
とか偉そうに言ってるわたしもだけど。
せめて、わたしが手伝ったり話しかけようとしていた一年めくらいだったら……。
もうどうしようもないことね。
きっと、今、わたしはさぞや醜い顔をしているでしょう。
お姉様をこの天使で悪魔をわたしの人生から追い出せたんだもの。
人を追い出して喜ぶなんて、カスだもの。
でも、わたしはお姉様を嫌いだから。
心底、大嫌いだから。
能力も美貌も地位も友情も何もかも持っているアンタが大嫌いだから。
おおきな屋敷から執事と侍女が現れたのを確認してから、降りようとしてもたもたしてる背中を押してさっさと追い出す。
足元にちいさなかばんを放り投げてやる。
何か言いたげに振り向いた目の前で
「2度とわたしの前に現れるな!」
と怒鳴りつけて、馬車の扉を叩きつけるように閉めてやる。
ああ、やっとこれで見なくて済む。
恐ろしい、お姉様を。
今のわたしの声は悲鳴だった。
でも、わたしがアンタを怖がってたなんて、想像もしていないでしょうね。
これまでも、これからも。
それにしても、迎えに出てきた侍女や執事をちらっと見たけど、新しく雇ったうちのゴロツキの侍女や執事とちがってちゃんとした使用人達ね。
付け焼き刃のお嬢様のわたしより、ずっとずーっと行儀いいわ。
屋敷もひっそりしてるけど、手入れは行き届いてる。
使用人は主人の鏡だそうね。
とすれば、侯爵は悪評通りの人物じゃ無いんでしょうね。
ま、判ってたけど、自分の目でも確認できて良かったわ。むかつくけど。
娼館でいくつかのことを学んだけど、そのうちひとつは、『余りに人間離れした噂は信用するに値しない』ってこと。
お姉様のお相手である侯爵さん。
いろいろ悪評まみれだけど、何かいかにもな事情があって誤解されてるだけみたい。
どうせ、お姉様の能力に気づいて、溺愛とかになるんでしょ。
お姉様にほだされて、その能力にも気づいて、お姉様に助けられちゃうんでしょう。
そして、お姉様も侯爵様に惹かれてっちゃうんでしょう。
相思相愛になっちゃうんでしょうね。
そんで、お姉様をひどくあつかったお母様とお父様を地獄に堕とすんでしょ。
ついでに元婚約者様も。
まぁそんなことしなくても、彼らはまるっと破滅するだろうけどね。
そして、侯爵様に愛されたお姉様も柄にもなく自信とかつけちゃうんでしょう。
そして、クソ家族と元婚約者にきっぱりと別れでも告げるんでしょう。
はっぴーえんど。
これは予想じゃなくて、ほぼ確定した未来。
お母様とお父様のアホかつ横暴なムーブに耐えて残っている昔からの使用人達。
昔からお姉様だけに忠義な使用人達。
彼らが陰でこそこそ話し合っていた情報を、わたしはこっそり聞いていた。
彼らが集めた情報によれば。
今は悪評だらけの侯爵様は、かつて文武両道の評判のいい人だったそうな。
でも最初の婚約者に顔の痣を悪く言われて自信を失って、それ以来自暴自棄。
引きこもり。
それでも名家を守るために次々と結婚のお膳立てを整えられる。
そのたびに相手のことを思っての愛さない宣言。
だけど、そんな悪評まみれの相手に嫁ぐくらいだから女の方もロクでもない金目当てばかり。
一年白い結婚しては、女からの三行半を突きつけられ、慰謝料を払うはめに。
侯爵様はますます女が信じられなくなって、自信も失せての悪循環。
そんで、嫁のきてがどんどんなくなり、ついには遙かに格下の子爵家からの申し出に飛びついたってわけね。
使用人の情報網はバカにならない。
娼館だって、一番正しいのは度を超していない噂話だったもの。
お姉様は、そういう女じゃないから侯爵様とうまくやっちゃうんでしょうね。
お姉様は元来美しい。
まともな生活すれば、たちまちキレイになる。
性格も奉仕系のマゾだから、そういう面倒にこじらせた男相手でも逃げ出すなんてしないだろうし。
うまくいい気持ちにさせて、絆しに絆して、そのうち何かの弾みで痣も治しちゃったりして。
いつのまにか溺愛されて、相思相愛のカップルになったりしちゃうわね。
はぁ。ずるいわ。ずるすぎるわ。
でも、まぁそれはそれ。
あとはわたしに関係のないところで勝手にやればいい。
肝心なのはわたしのこと。これからどうするか。
続きます。
次で終わりです。