地龍の体内?
「ごめんね」
聞いた事のない声で、そんな言葉を暗闇の中で聴いたシエラはハッと目を覚ました。
気を失っていたのだと気が付き、シエラは勢いよく体を起こす。
その直後。心配しての事だったのだろう、シエラの顔を覗き込んだ父、リチャードとゴツんと鈍い音をたて額同士でぶつかった。
声にならない苦悶の声をシエラとリチャードは絞り出しながら額を抑え、シエラは再び倒れこみ、リチャードは後ろにすっ転ぶ。
「うぐ、おお〜。我が娘ながら、なんという石頭」
「だ、大丈夫ですか先生。シエラちゃんも」
マリネスが2人に回復魔法を掛けながら心配そうにしゃがみ込み、オロオロと2人を交互に見る。
そんなマリネスにシエラは手を翳し「大丈夫、ありがとう」と額に手を当てながら再び体を起こした。
「ここは? 私達、龍に食べられたんじゃ?」
立ち上がり、シエラは気を失う直前の事を思い出しながら辺りを見渡した。
最初は地面から壁でも生えてきたのかと思ったが、巨大な舌のようなモノや乱立する牙から自分達の立っていた地面から何か口のような物が出てきたのは想像には難しく無かった。
しかし、今シエラが立っているのは石畳の上だ。
内臓のような柔らかさも、生臭さも、酸のような刺激臭も感じられない。
食べられて飲み込まれたにしては異質な空間だった。
石畳もそうだが、視界の先には均等な大きさで切り出された石が積まれた壁も見える。
その壁には青い炎が揺れる松明もあった。
天井も石で出来ている。
そこは地龍の腹の中というよりも古びた城や砦の中という様相だったのだ。
「氷に映っていたのを見た。確かに私達は地龍に喰われたはずだ。喰われた直後、脱出しようと剣を振ってはみたが、気付けばここに立っていたよ」
親子で揃って額を抑え、リチャードは地面に置いていた愛剣を拾い腰の鞘に納めると、シエラの側へ移動しポンとシエラの肩に手を置く。
「アルギスさんと、リグスとナースリーは?」
「それが、逸れてしまったようでね。この部屋にいるのは私達だけだ」
石壁に囲まれた一室。
壁から壁までは約10メートルほど。
そんな個室にシエラとリチャード、マリネスは3人は佇んでいる。
「まさか、また転移させられた?」
「うーむ。どうかな、あの時とは様子が違ったからなあ。2年前、羽根鯨に転移させられた時は体が光る粒子のようになったが、今回は何も無かった。
私は気を保っていたし、さっきも言ったが気付けばこの場所に立っていたからね。やはり地龍の腹の中だとは思うのだが」
あの時。
2年前。エドラの街に現れた羽根鯨によって娘と共に遠方に転移させられた神隠し事件。
あの日の事を思い出しながらリチャードは言う。
そんな父の言葉にシエラもマリネスも首を傾げた。
状況から考えると確かにそうなのだろうが、現状を把握すればするほどよく分からなくなってくる。
なのでシエラは一旦考えるのをやめた。
「直ぐに出られるかな?」
「出られないと、またお母さんに怒られるな」
「そうだね。また一緒に怒られちゃうね」
「勘弁してくれ。愛する妻の怒った顔なんて何度も見たくないぞ」
肩を落とすリチャードに、シエラも頷き苦笑いを浮かべる。
リチャードにとっては最愛の嫁、シエラにとっては最愛の母。
アイリスに叱られたくないとなれば行動だ。
シエラとリチャード、マリネスは体に異常がない事を確認し、装備の点検を行うと四角い部屋の一面に開いた、扉のない出入り口らしき場所に向かう。
娘2人を部屋に残し、まずはリチャードが部屋から出るが、そこにはやはりというべきか、到底生き物の腹の中とは思えない、石の廊下が伸びていた。
壁の所々からツタや草が伸び、部屋の中よりも老朽化が進んだ城や砦のようにも見える。
そんな廊下を少し進むリチャードは罠も敵もいなさそうなのを確認すると、部屋の出入り口から顔を覗かせているシエラとマリネスに手招きして2人を呼び寄せた。
「安全、とは言えんか。まあ罠や敵の気配は今のところ無いようだ。まずはアルギスやリグス少年、ナースリー君を探そう」
「探知魔法使うね?」
「無理するなよ? 手伝っただけとは言え、アルギスとあんな魔法を使った後だからな」
「ん。大丈夫」
「待ってシエラちゃん。探知なら私が」
探知魔法を使用しようとしたシエラの後ろから、マリネスが声を上げた。
心配しているのが父だけなわけが無かったのだ。
そんなマリネスの心中を察して、シエラは「じゃあお願い」とマリネスに微笑むと一歩、マリネスから離れた。
「いきます」
深呼吸して目を閉じ、魔力を放出して探知魔法を使用するマリネス。
すると遠方に3つの反応を感じたので、マリネスはそっと目を開けると進行方向やや右寄りに指を差した。
「この方向に反応ありました、3人はあっちです」
「魔法の才能は素直に羨ましいな。私にも、もう少し才能があればなあ」
「お父さん、隣の芝は青いって言葉知ってる?」
「おやおや、娘に慰められるとは。だがまあ、そうだな。今はその言葉を受け取らせてもらうよ」
そうだ、今は泣き言やら羨望の念を抱いている時ではない。
非常事態なのだ。
気を引き締めて、まずは仲間達と合流するためにリチャードは娘2人を引き連れ、青い松明に照らされた明るくも不気味な石で出来た広い廊下を進み始めた。




