完全詠唱魔法
シエラを含め、子供達は初めて目の当たりにする巨大な龍に戦慄した。
高く並び立つ森林の樹木を、草を踏むように踏み潰しながら迫る巨大地龍。
一歩歩く度に地面が揺れ、足元の地面が捲れ上がり、爆発したのかと思うほどに土煙が上がる。
同時に飛び散る岩石や樹木のカケラ。
そんな飛散した岩石などが湖を挟んで対面に陣取るシエラ達に迫った。
「僕が落とすよ」
武器を身構えるシエラ達の前に立ち、言いながらアルギスが指を鳴らし、魔法陣を複数展開。
そこから放った魔力の塊にて飛来物を撃墜していく。
「勇者ちゃん、ちょっと頼まれてくれるかい?」
「頼み?」
何事もなかったかのように飛来物を処理し終わったアルギスが、一枚の紙を懐から取り出してシエラに渡す。
そこには魔法陣と、何やら長々と呪文のような物が書き記されていた。
「これは?」
「今から使う詠唱魔法の第二節。これは水を操る魔法陣だ。水の魔法は、水の女神の特級加護を持つ勇者ちゃんが使ってくれる方が都合が良くてね。
僕が合図したら、魔力をその魔法陣に込めながら唱えてくれると嬉しいなあ」
「ん。分かった」
「おや。聞き分けが良いね」
「お父さんの友達からの頼みだからね」
アルギスから差し出された呪文書を受け取りながら、シエラはチラッと地龍の迫る森の方を見て息を呑む。
何かとそつなくこなすシエラだが、彼女とて経験の浅い新米冒険者。
経験を積んできた父リチャードや、父の友人であるアルギス、兄弟子たち緋色の剣のメンバー達とは違って緊張するのは仕方のない事だった。
「大丈夫だシエラ、お父さんがいるじゃないか。失敗してもフォローはするさ」
父に頭を撫でられながら言われ、シエラは無言で頷いた。
アルギスに視線を向けると彼は微笑み。大切な友人達を見れば「頑張れ」と激励の言葉を送ってくれる。
仲間に励まされ、深呼吸して地龍を睨むシエラ。
そんなシエラ達の陣取る湖の向こう。森林地帯と平原地帯の境目に地龍が差し掛かった瞬間だった。
重そうにもたげた地龍の頭部が跳ね上がり、天を仰いだ。
何事かと目を凝らすシエラの視界、地龍に比べれば豆粒のようだが、跳ねた地龍の頭部の下の地面に拳を掲げた獣人族二人の姿があった。
シエラ達アステールの面々にとって兄弟子にあたるゼジルと姉弟子のフウリが地龍の頭部を下から殴り上げたのだろうというのが、二人の様子から予想出来た。
そして、跳ね上がった地龍の頭部の付け根、露わになった首に爆炎と氷瀑、雷光が煌めき大爆発を起こしたかと思うと。
地龍の首が落ちて、ゼジルとフウリに向かって落下していく。
「やった?」
地面に落下する地龍の頭部から逃げるようにその場を跳び退くゼジルとフウリ。
地面に落ちた地龍の頭部が大地を揺らし、土埃を巻き上げる。
そんな様子を見て、シエラが声を漏らした。
「どうやら私たちの出番は無さそうだな」
武器を下ろし、胸を撫で下ろすリチャード。
しかし、眼前で起こった現象は一度は安堵したリチャードやシエラ達を再び戦慄させた。
「ダメか! 首落としたら死んでろよコイツ!」
地龍の首に疾った稲光を発生させた張本人であろう。
空から降ってくるように、トールスがシエラ達の陣取る付近に着地する。
目線は首を落とした地龍。
その首を落とした地龍から、新しい首が再生し、映像を逆再生するかのように頭部が再生していったのだ。
「トールス。お前達でも駄目か」
「先生。あんな奴初めてですよ。どこ斬ってもすぐ再生するんです。斬った感じもなんか変な感触だし」
頭部を再生した地龍が再び前進を始めた。
地面を揺らし、地龍は真っ直ぐ湖を、シエラ達を目指して迫ってくる。
「トールス、皆を下がらせろ。アルギスが魔法を使う、巻き込まれるなよ?」
「ギリギリまでは、攻めます」
リチャードの言葉に頷きつつも、トールスは愛用の大剣を担ぎなおすと跳ぶ勢いで地龍に向かって土手を駆け出していく。
足元のみならず、地龍の背に飛び乗ったか、エドラの街の冒険者や、統一された装備に身を包んだ領主の軍が魔法や爆薬にて地龍を攻撃しているのが確認出来る。
しかし、効果は焼石に水のような有り様で、地龍は意に介さず湖を目指した。
「まとわりつく樹木が邪魔になっているのか? いや、だとしても首を落とされて再生する生物など聞いた事も無い。
あの巨体、もしや本体では無いのか? もしくは、そもそも龍ではなく全く別の生物なのか?」
遠見の魔法を発動したリチャードが、戦闘の様子を眺めながら地龍の生態を観察するが、いかんせん巨体が過ぎて詳細は分からない。
せめて何か弱点をとも考えるが、本来なら先程のトールス達の一撃で決着している。
さて、困ったなとリチャードが冷や汗を滲ませていると、そんなリチャードの肩にアルギスがポンと手を置いた。
「リチャード。ここからは僕と勇者ちゃんに任せてよ」
「……そうだな、頼むよアル」
「任された、ではお見せしよう」
言いながら、アルギスは重力操作魔法を発動し、自身とシエラに掛かる星の重さを反転、フワッと地面から足を離すと空にその身を任せた。
「ん。これが重力操作? 魔力で無理矢理飛ぶのとは違うね」
「だろう? こっちの方が自由は効くよ? 速度では普通の飛翔魔法に遥かに劣るけどね」
「私は普通の飛翔魔法の方が性に合ってる」
「ははは。確かに勇者ちゃんなら浮遊魔法より飛翔魔法の方が合ってそうだ。
さて、ではでは準備に取り掛かろう。
かの地龍は地形など意に介さず僕達を目指すだろう、このまま進んでくると湖の水で周囲を押し流してしまう」
「どうするの?」
「簡単な話さ。湖の水を持ち上げる」
「簡単?」
「ああ簡単さ。それは僕がやるから、勇者ちゃんは合図を待ってね」
「……分かった」
シエラとアルギスが仲間達の頭上でそんな会話をしている間にも地龍は湖に向かって進行して来ていた。
何かを求めるように、ただ真っ直ぐに。
そんな地龍を正面に見据えながら、アルギスが両手を広げた。
地龍に向かって体を差し出すように、我が子を抱き締めようとする父のように。
「天球の輪廻よりも遙か高位の月の女神の力により星の法則を捻じ曲げる。
我が手に力を与えよ、深淵より届く呼び声に応え、私は星の支配者となる。重力操作」
アルギスが口にした、この世界の現代では使用されなくなって久しい魔法陣まで使用した完全詠唱魔法。
その発動と同時に湖の周囲に刻んだ六つの魔法陣が紫色の光を放ち、その光が雷光となって湖面に魔法陣同士を繋ぐ。
魔法陣同士を繋いだ光で湖面に浮かぶ六芒星。
六芒星の出現後、湖の水が少しずつ、だが確実に持ち上がり、湖の上に巨大な水球を作り出していく。
その様子に、リチャードは子供達を自分の後ろに下がらせ、トールス達緋色の剣の面々は全軍に避難するように指示を出すため走り出す。
そして、地龍が遂に土手を粘土を踏み潰すように、水の枯れた湖に脚を踏み入れた。




