夜空の下で
トールス達、エドラの街の主力冒険者達と別れたリチャード達は御者に地図で示した場所、かつては小高い山があったその場所へと進んでいた。
アルギスが風魔法で障壁を竜車を囲む様に作りだし、原野に降り積もった雪を気にすることなく、四つ脚の草食竜は悠々と雪の原野を竜車を引いて駆けていく。
そして日が傾き、辺りが夕闇に包まれるより僅かに早いタイミングでリチャード一行は目的地、クラテル地帯へと辿り着いた。
「大っきい湖」
「ああ、まあ。そうだな」
緩やかな丘の麓に竜車を停めて、リチャードとシエラ、親子二人は一夜の拠点を設けるべく、仲間を引き連れ丘の上へと進んだ。
その丘は完全な円形なようで、真ん中に大量の水が溜まっており夕陽に照らされて湖面が橙色に輝いている。
辺りに倒れた木はあるものの、生きた樹木は生えておらず、丘の上からは湖か麓の原野しか見えない状態だ。
湖側の土手には背の低い草がびっしり生えており、昼間に見れば煌びやかに輝く緑色の絨毯が広がっている事だろう。
子供達が抱いた印象は、のどかで静かで、牧歌的な場所。つまるところ、何も無い田舎。
街にいれば魔石で光る街灯のせいでよく見えない星空が、既に夕陽の反対側から顔を覗かせていた。
「この場所がトールス兄ちゃんとリンネ兄ちゃんが喧嘩した場所なの?」
「ああそうだよ。昔、ここに山があったんだ」
丘の上の平地を探し、良さげな場所で敷物やテントを広げていると、シエラがリチャードに声を掛けた。
娘の疑問にリチャードは一瞬手を止め、言いながら湖の方を指差す。
大きな湖だ。リチャードの家や貴族の屋敷程度なら間違い無く水没するだろう。
「あっちに山があったの?」
父の指差した方向を薄暗くなってきた湖の方を目を凝らして眺めるシエラだが、山があった痕跡などは見つからず、首を傾げていると、リチャードが「ここだよ、この湖が山だった場所さ」と野営の為の道具を敷物に広げながら答えた。
「兄ちゃん達、すごいね」
「ああまあ。確かに凄いは凄いんだがね。あまり褒められた事では無いよ、コレはね」
喧嘩が理由で山一つ吹き飛ばし、地形を変え、辺りの生態系すら変えてしまった教え子達の力を抑え切れず、喧嘩を止める事が出来なかった当時の自分を思い出し、リチャードは肩を落とす。
しかし、子供達は当時の事情を知らない。
どちらかと言えばそんな事を成し得る隣人、知り合い、先輩冒険者達に対して尊敬の念すら抱いていた。
「トールスさん達ってやっぱすげえんだなぁ」
「そうだね。リンネさんも、こんな事出来るんだね」
降ってきそうな程の星の海が広がった夜空を反射した湖面を眺めながら、リチャードとシエラの話を聞いていたリグスとナースリーが呟いた。
そんな2人に魔石で光るランプを手に、魔法使い、アルギスが近付いていく。
「僕の弟子だからね、これくらいは出来るさ。僕も出来るよ? 凄い?」
「アルギス、馬鹿言ってないで手伝え」
リグス達に近付くアルギスのローブのフードをリチャードが引っ張った。
引きずられるようにアルギスはリグス達から引き離され、子供達はそれを苦笑しながら見送る。
そんな引きずられていったアルギスと入れ替わるように、リグス達の隣に、手を繋いだシエラとマリネスが立って2人と同じ様に湖面に視線を落とした。
星空が湖面に反射して、足元に夜空が広がって見えて幻想的な光景だ。
そんな初めて見る景色に子供達は目と心を奪われていた。
「綺麗」
「ん。確かに」
呟いたマリネスの言葉に、シエラはマリネスの惚けた様な横顔を見ながら同意の言葉を続ける。
ただ、シエラが見ていたのはマリネスの横顔であって湖面では無かった。
その様子に気が付いたのは隣に立っていたマリネスやリグス達ではなく、近くで備品の確認をしていたリチャードとアルギスの大人2人だった。
「青春だねえ」
「父親としては喜ぶべきなんだろうな」
「おや、嫉妬かい?」
「馬鹿め、そんなわけあるか。ただ、少し淋しいのかも知れんな」
「随分と素直になったね君は。その素直さをもっと昔に出してれば、もっと早くにエルフのお嬢ちゃんとよろしくやれたろうに」
「ああ、それに関しては返す言葉もない」
備品の確認を終え、それを一箇所にまとめながらリチャードはアルギスの言葉に苦笑し、肩を落とす。
そんなリチャードを見て、昔馴染みの魔法使いは「本当に君は変わったね」と何故か淋しそうに呟いた。
「僕も子を持てば変われるだろうか」
「アルが子育て? ははは、想像出来んな」
「ええ〜。そうかなあ。まあ確かに自分でも想像出来ないけど」
「だがまあ、それは私もそうだったしな。縁があればアルギスにもそういう出会いがあるかもな」
「縁か、縁ねえ」
変わった友人の言葉を聞きながら苦笑する魔法使いと、変わらない友人にニヤッと笑い掛ける冒険者。
2人の頭上に広がる星空は不変なようだが、ほんの僅かづつでもその姿を変えていく。
リチャードとアルギスは示し合わせるでもなく、互いに拳をコツンと合わせると、そんな星空の下で胡座をかいて友人同士、未来の事を語り合うのだった。




