移動中の竜車の上で
ガラガラと、車輪の回る音がエドラの街中に鳴り響いた。
円形に広がるエドラの街の西門から馬車や竜車が続々と飛び出して行く。
その一団の中にはもちろんリチャード達の姿もあった。
竜車の御者に行き先を伝え、しばらくは街道を他の冒険者達の馬車や竜車と並び、進んでいくリチャード達。
幌の無い箱型の荷台を引きながら、竜車は西へ西へとガラガラ音を鳴らしながら進んで行く。
過去に転生して来た異世界人の知識のおかげで馬車の足回りは改善され、昔に比べれば随分と揺れなどは抑制されているらしい。
しかしながら、リチャードやアルギス、シエラを除いて同乗している子供達、リグスとナースリー、マリネスの顔色は決して良くは無かった。
彼らとて、シエラと共に魔族と戦いはしたが、今回は戦争でないとは言え軍事行動に等しい大規模クエストだ。
相手にするのも強力な"個人"などでは無く、大国の軍勢に匹敵するどころか優々とその軍勢の戦力を上回る圧倒的な"個"であり、言うなれば自然現象そのもの。
蟻が象に挑む構図その物なのだ。
顔色が悪くなるのも当たり前、どちらかと言えば、いつもの調子で笑い合っているリチャードとアルギスの方が子供達からすれば異常だった。
「皆、大丈夫かい? 残っても良かったんだぞ?」
アルギスと雑談していたリチャードが、俯く子供達に心配そうに声を掛けた。
「いや、大丈夫です。ちょっと雰囲気にあてられたって言うか」
「なに? リグス、怖気てるの?」
「こらシエラ、そう言う物言いは止めなさい」
「……ん。ごめんなさい」
現状、用意出来るだけの最高の防具に身を包んでいるが、相手は巨大な龍だ。
正直な話、どれだけ最高の装備を用意した所で意味は無い。
リグス達からしてみれば領主やリチャード達から話だけを聞いただけだから相手を想像する事しか出来なかったが、街が壊滅する様な巨体と言われれば、予想する龍の大きさはかつて街に現れた羽根鯨かそれ以上の怪物、怪獣だ。
怖気るほうが寧ろ正しい反応なのだ。
「引き返す事は出来ないが、降りても良いんだぞ?」
このリチャードの言葉に、それでもリグスを含めて子供達は首を横に振る。
「いや。大丈夫です、逃げ出したいわけじゃ無いですから」
リグスが大きく息を吸い込み、吐き出して深呼吸した後、リチャードにニカっと笑って見せた。
そんなリグスに続いて、ナースリーもマリネスも同意する様に首を縦に振る。
「シュタイナーは怖く無いのか?」
「兄ちゃん達が先行するし、何よりお父さんと一緒だからね。怖くなんて、無いよ」
リグスの言葉にそんな返答をしたシエラだが、こう言いながらもシエラは膝に置いていた拳に力を込めた。
以前の神託の際もシエラは戦った魔族に追い込まれ、死に掛けた。
今回も神託があった以上は一筋縄ではいかないというのを、シエラは無意識に自覚していたのだろう。
「今から緊張しても仕方ないぞシエラ。力を抜きなさい、王都からも軍は派遣されるし、王都の冒険者達も加勢してくれる筈だ、案外私達の出番なんて無いかも知れんぞ?」
手甲を外していたリチャードは隣に座る娘のシエラの頭に手を置き、撫でる。
そんな様子を対面で足を組み、その組んだ足に片肘を付いて顎を乗せ、アルギスがリチャードに撫でられて頬を染めたシエラを見てニヤッと笑った。
「いやあ。勇者と言えどもまだまだ子供だねえ。可愛いもんだ」
そんなアルギスに「そういえば」とアルギスの使っていた魔法の事を思い出して、リチャードが娘の肩に手をポンと置きながら口を開く。
「アルギスが魔族を吸い込んだあの魔法だが、アレは大きく出来ないのか? アレを巨大に出来ればどんなに相手が大きかろうと倒せるのでは?」
「もしかしてマイクロブラックホールの事言ってる? ダメダメ、確かに大きな物も作れるだろうけど、アレはあのサイズが一番安全なんだから」
「皆を退避させて使えば誤飲の心配はあるまい?」
「いや、そういう問題じゃ無くてね。巨大な相手を吸い込む為にアレを大きくすると、僕の魔法でこの世界の理を捻じ曲げかねないんだ。まあ実際試した訳じゃ無いけど、最悪この世界無くなっちゃうよ? 転生者の理論的にはね。だから僕、あの時ですら魔族を何重もの結界で囲んでたんだよ?」
「はあ。お前はなんて魔法を取得してるんだ」
聞いたのはリチャードだったが、アルギスの魔法の威力を聞いて冷や汗を流し、引きつった顔で眉をしかめた。
子供達も同様だ、アルギスの隣に座っていたリグスが危険物から遠ざかる様にそっとナースリーの方へと近寄る。
そんなリグスの腕に、ナースリーが自分の腕を回して組んだ。
「お父さん、魔王より先にアルギスさんを倒すのが先じゃない?」
「ふむ。かもしれんな」
「え、ちょ。なんで? 待って待って、僕はこの世界好きだし、自分で言うのもなんだけど野心も無い。弱い物イジメ反対だよ?」
「冗談だよアルギスさん。多分ね」
抱える様に持っていた聖剣の柄に手を伸ばしたシエラと、至極真面目そうな表情で同意した親友の筈のリチャードに、アルギスは割と本気で焦って揺れる馬車の荷台で背筋をピンと伸ばして両手を上げて降参の意を示した。
その後、シエラは意地の悪い笑みを浮かべ、聖剣から手を離す。
「リチャード。君の娘は昔の君にそっくりだね、意地が悪い」
「まあ私の娘だからなあ。だが恐らく、それはアルギスの事を信用しているからこそかも知れんぞ? 尊敬はしてないというだけさ」
「酷くない?」
「昔から言ってるだろ? お前は軽口が過ぎるってな。だから城から追い出されたんだろう?」
「ぐ、真実なだけに言い返せない」
手を下ろし、リチャードに言いくるめられる魔法使いの青年は歯噛みしながら「ぐぬぬ」と呻く。
それが子供達の緊張をほぐす為の役割を果たしたか、いつの間にか子供達の顔色は回復し、シエラからも緊張は感じられなくなっていた。




