婚姻の儀
シエラが冒険者になり、アイリスの妊娠が確認されてから更に数日後、遂にリチャードとアイリスの婚姻の儀がエドラの街の教会で行われた。
招待客は皆、教会の外で2人が出てくるのを待っており、教会内には神父とシスター、いつもは着ない王との謁見の際に着る正装に身を包んだリチャードとウェディングドレスを着たアイリス、そして教会の中の長椅子に唯一ただ1人ポツンと座る子供用のドレスを着たシエラの姿があった。
神父の前に立ち、教会に祀られている6柱の神を模した神像に祈りを捧げる所から婚姻の儀は開始された。
着慣れないドレスにモジモジしていたシエラも、神父の「では婚姻の儀を始めます」という言葉に姿勢を正してリチャードとアイリスの後ろ姿を見つめる。
「リチャード・シュタイナー。貴方はアイリス・エル・シーリンを妻にすると誓い、死が2人を分つまで共に生き、共に幸せになる事を誓いますか?」
「私、リチャード・シュタイナーは6柱の神の前に誓う。死が私達を分つまで、私はアイリスを妻とし、共に生き、共に幸せになります」
「では、次にアイリス・エル・シーリン。貴女はリチャード・シュタイナーを夫にすると誓い、死が2人を分つまで共に生き、共に幸せになる事を誓いますか?」
「はい。私、アイリス・エル・シーリンは6柱の神の前に誓います。死が私達を分つまで、私はリチャードを夫とし、共に生き、共に幸せになります」
「2人の誓い、確かに神の前に。では最後に誓いの口付けを。2人の婚姻が神に認められたなら、きっと6柱の神のいずれかがあなた方を祝福するでしょう」
神父の言葉に従い、リチャードとアイリスは向き合い口付けを交わす。
もしどちらかに不貞があれば神は2人を祝福せず、ある事が起こらない。
ただ、この2人にそんな事が無いのは誰あろうかこの2人が良く分かっている。
そして、それは天に座す6柱の神様も承知の上だ。
鳴らす者がいない教会の鐘が鳴り響き、何も無い空間から2人の頭上に魔力で編まれた純白の羽がいくつもいくつも舞い降りてくる。
更には水で形成された鳥や魚が2人を囲むように踊り、教会の出入り口に繋がる花道を色取り取りの草花が飾り付け、光の粒子がキラキラと舞い散る。
本来ならこれらの現象、どれか一つでも起きれば神様に婚姻が認められた事になるのだが、2人の婚姻は6柱の神様が全員で祝福してくれたようだ。
神父も「こんな事は初めてです」と目を丸くして感嘆の声を漏らし、そして「神はあなた方の婚姻を了承しました、おめでとうございます」と婚姻の儀を締め括った。
「これは、凄いな。過干渉になるのでは?」
「ふふ。今日は特別なのかも。もしかしたらお詫びも兼ねてるんじゃないかしら。あなたとシエラちゃんを誘拐して、シエラちゃんを泣かせたお詫び」
リチャードの呟きに、アイリスが神像に向かって意地の悪い笑みを浮かべるが、実際の所、神の真意など地上に暮らす人々に分かる筈もない。
となれば素直に神の祝福を受け、今この瞬間の現象を楽しませてもらおうとアイリスは神像では無くリチャードを見て笑顔を浮かべ、リチャードもアイリスを見て笑顔を浮かべ、2人して神像に頭を下げて振り返る。
そしてリチャードは椅子に座るシエラに頷いて見せると、シエラは立ち上がり、アイリスの後ろに回ってウェディングドレスの長いスカートの裾を持ち上げ、一緒に教会の外に向かった。
3人がゆっくり教会の出入り口に向かうと、扉の傍に立つ2人のシスターが教会の大扉を開け放つ。
そこに、集まっていたリチャードを知る冒険者達やアイリスがギルドマスターを務めるギルドの職員達や冒険者が口々に「おめでとう」と祝辞を叫ぶ。
その人数は数名や十数名に収まらず、街で噂を聞き付け、暇がある街の住人ですらが押し掛け、2人の結婚式はもはやお祭りの様相だった。
そこにまだ真昼だというのに火の神からの計らいで花火まで上がる始末だ。
リチャードやアイリスの予想に反し、随分と派手な婚姻の儀となった事に苦笑するが、それでも2人は「まあ、たまには良いか」と笑い合い、アイリスは手に持っていたブーケを投げる。
ギルドマスターでありながら現役のSランク冒険者でもあるアイリスが適当に投げたブーケは天高く舞い、ゆっくりと群衆の中に落ちていく。
それを受け取ったのは招待されていたシエラの友人達の1人であり、シエラのパーティメンバーでもあり、仄かにシエラに想いを寄せる少女マリネスだった。
「これからも宜しくねリック、シエラちゃん」
「私の方こそ宜しく頼むよアイリス」
「パパ、ママおめでとう。いつまでも元気でいてね」
アイリスが後ろにいたシエラを手招き、前に来たところをリチャードが抱き上げた。
集まってくれた皆に「ありがとう」と感謝を口にするリチャードとアイリス、そして抱き上げられたシエラは本当に幸せそうに笑っていた。