百合の間に芽は出るか? という話
父の友人、アルギスとの模擬戦を行った次の日の朝。
シエラは漂ってきたトーストの芳ばしい香りに釣られるようにして目を覚ました。
寝ぼけ眼を擦り、小さな口で大きな欠伸を一つ吐く。
横で眠っている筈のマリネスがいない事に疑問を抱き、首を傾げたシエラはベッドの上で体を起こすと、両手を上げて伸びをした後布団を捲り、寝間着の上からベッドのヘッドボードに引っ掛けていた薄い桃色のカーディガンを羽織ってベッドから降りた。
外出する時などは靴を履いて階下に向かうが、今はそんなつもりもなく。
シエラはスラッとした鹿の体躯に羊のモコモコとした毛質を持つカモシカのような動物、フォーンベリエの体毛で作られたスリッパを履いて一階へと向かった。
冷えた木の床に裸足で歩くと床の冷たさで小踊りしてしまいそうな程には今日も寒い。
「あう。寒いー」
カーディガンを羽織ろうが、保温性の高いスリッパを履こうが寒いものは寒い。
シエラは早足に階下へ向かい、手早く用を足すと、半ば駆け足気味にリビングへと足を踏み入れた。
廊下の寒さと暖炉で温められたリビングの寒暖差にシエラは「はぁ」っと一息吐くとパチパチと音を鳴らす暖炉の前に歩いて向かう。
そんなシエラに、リビングで一夜を明かした父、リチャードが「おはよう」と声を掛けた。
「お父さんおはよう。という事は今日の朝ご飯はお母さんとマリィが作ってるんだね」
「ああ。一足先にマリネス君が起きてきてね。シエラの好きな味を知りたいっていうから、じゃあ私がってアイリスが張り切ってね」
暖炉の側のソファの上。
寝そべるようにソファに座っていたリチャードの腹の上では、セレネが気持ち良さそうに涎を垂らして眠っている。
そんなリチャードの側に近寄り、シエラは腰を下ろしてしゃがみ込むとセレネの寝顔を覗き込んだ。
「気持ち良さそう」
「ははは。シエラもどうだい?」
「今はセレネに譲るよ。起こしちゃ悪いもん」
「優しいお姉ちゃんに育ってくれて私は嬉しいよ」
リチャードはそう言うと、シエラに向かって手を伸ばし頭を撫でるとニコッと笑みを向けた。
シエラも撫でられて嬉しそうだ。リチャードに向かって笑みを浮かべている。
しばらく、という程でも無いが、セレネの寝顔を眺めていたシエラがふと疑問を持った。
父と母の間にセレネ、妹が生まれたわけだが、では例えば自分達の場合はどうなるのか、自分とマリネスがもし将来結婚したとして、果たして子供は授かるのか? と、シエラは子供心に好奇心を持ったのだ。
故に、子供特有の突拍子の無い質問をシエラは父、リチャードにぶつける事になった。
「お父さん」
「ん? どうした?」
「私とマリィが結婚したらさ。子供ってどうやって授かるの? というか女の子同士で結婚しても子供って生まれるの?」
「ふむ。私も聞いた話でしか無いんだがね。女性同士での同性婚の場合、男女の関係とは少し手段が違うが子供を授かる事は出来るそうだ。私達の婚姻の儀とだけで結婚となったが、同性婚の場合、交血の儀という儀式を行うらしい」
どんな内容だったか。と、リチャードは娘の疑問に適切に答えるため、シスターから聞いた話やその昔チラッと読んだ本の内容を思い出そうとしていた。
「確か、教会にある金の盃、聖杯に婚姻の儀で神に夫婦と認められた女性2人が自らの血を注ぎ、お互いの魔力を込めると2人の魂の情報が保存された宝石のような石が聖杯の中に精錬されるんだそうだ。それを」
そこまで言って、リチャードは冷や汗を流した。
ここから先の情報は少しばかり大人向けの話なのを思い出したのだ。
しかし、興味津々で聞いていたシエラにしてみれば途中で話を中断されてはたまったものではない。
シエラは父の気など知らず「それを?」と、リチャードに聞く。
「ああ。えっとな。その2人の情報が刻まれた石を、だな。2人が昂った夜に、子供を産みたい、母体になりたい方に、ええっとだなあ。その、体の中に取り込むと子供を授かる事が出来ると、聞いた事があるんだが」
言葉を選びながら、なんとかシエラに夜伽などの言葉を使わずに女性同士での子供の授かり方を教えて、場を濁そうとするリチャードだが、子供の好奇心は時に大人の事情など気にせず真実に手を伸ばそうとする。
「体の中に取り込むってどうやって? お父さん夜って言ってだけどなんで夜じゃないとダメなの? ねえ、お父さんどうなの?」
シエラの詰問に「ああ。余計な事を言ってしまった」と後悔していると、リビングの扉が開き、アイリスとマリネスが朝食のトーストとベーコンエッグを乗せた皿をトレーに乗せて運んできた。
「あらあら。なあに? なんの話してたの?」
「私とマリィの子供の授かり方」
「いや、本当に朝っぱらからなんて話してるのよ」
「まあ待ってくれ。順を追って話すから」
ローテーブルに朝食を並べながらアイリスが聞くと、話題を要約し過ぎた答えをシエラが言い放ったので、マリネスが驚きから体をビクッと震わせ、トレーから朝食を落としそうになったのをアイリスが全て受け止めてローテーブルに降ろした。
その様子に冷や汗を流しっぱなしのリチャードがアイリスを呼び寄せ、その人族より長い耳に耳打ちして事情を話す。
リチャードから話を聞いたアイリスは納得したのか「ああー。なるほどねえ」と呟くと、リチャードの寝そべるソファとは別のソファに腰を下ろし、腕を組んで何か考えている様子だった。
その後何を決心したのか「よし。シエラちゃんマリネスちゃん。ちょっとこっち来て耳貸して」と2人を呼び寄せ、リチャードには聞こえない程の小声で2人に何やら長々とコソコソ話を始めた。
「と、いうわけ」
「おいアイリス。娘達に何を教えた?」
話を終えた後、アイリスから解放されたシエラとマリネスの顔は、ともすれば湯気すら見えそうな程、長風呂し過ぎてノボせたのかと思うほどに真っ赤になっていた。
「全く、私が言葉を選んでいたというのに君という人は」
「遅かれ早かれ知る事よ。ぼかすよりは直球の方が良い事もあるんだから」
「人に朝っぱらからとか言える立場かね?」
「それはそれ。これはこれよ」
顔を真っ赤にした娘と義娘候補を抱き寄せ、何故か得意げなアイリス。
そんなアイリスにリチャードはため息を吐き「まったく、敵わんな」と肩をすくめた。