妹への贈り物
買い物を終え、帰宅したリチャードとシエラは上着のコートをファミリークローゼットに掛けるとリビングへと向かった。
シエラは小さな紙袋から三日月型の髪飾りを取り出すと、それを握ってリビングの扉を開ける。
「私は買った物を片付けてくるよ」
「ん。分かった」
リビングの扉を開け、中から感じる暖気にホッとしているシエラの後ろでリチャードは言うと、紙袋を抱えたままキッチンの方へと向かっていった。
「ただいま。お母さん、見てこれ」
リビングに入り、シエラは暖炉の前のソファの側に置いたベビーベッドにセレネを寝かせていたアイリスに近付き、三日月型の髪飾りを見せた。
シエラの手のひらの上で銀縁に嵌った青いガラス細工が暖炉の火の光を反射してキラリと光る。
傍目に見ると、それはとても高価な宝石のように見えた。
「あら綺麗。どうしたのこれ」
「セレネにあげたくて、髪飾り買ってきたの」
「シエラちゃんが? 高かったんじゃない?」
「ううん。雑貨屋さんに売ってた髪飾りだからそんなに高くないよ」
「そう? いえ。やっぱりコレはとても高価な物だわ。お姉ちゃんが妹に贈るために買った物だもの、セレネにとってはどんな物にも代え難い宝物になるでしょうね」
「お母さん、大袈裟過ぎるよ」
シエラの手のひらに乗った三日月型の髪飾りを手に取り、まじまじと、宝石商の真似でもしているのか、顎に手を当て鑑定するように眺めるアイリスの姿に、シエラは照れて顔を赤くする。
そんなシエラをアイリスは抱き寄せると「ありがとうねシエラちゃん」とシエラの耳元で囁き、シエラの頭を撫で、アイリスはベビーベッドの上で眠るセレネの頭の横にそっと髪飾りを置いた。
「セレネがもうちょっと大きくなったら付けてあげなきゃね」
「セレネ、気に入ってくれるかなあ」
「もちろんよ。お姉ちゃんからのプレゼントだもの」
「だと良いなあ」
アイリスと共に、シエラはセレネの寝顔を覗き込むと、その可愛らしい寝顔に頬を緩めた。
その後、しばらくシエラはアイリスに女王とリンネの様子や、明後日アルギスと鍛錬をする旨を伝えるが、ふと「そう言えば」と、ある事に気が付き辺りを見渡した。
「お母さん、マリィとロジナは?」
「マリネスちゃんならロジナの散歩に行ってくれてるわよ?」
「ロジナ、雪冷たくないのかな?」
「肉球が冷たそうよねえ」
「なんの話だい?」
アイリスとシエラの会話に、リチャードが割り込んだ丁度その時だった。
バタン、と玄関の方から扉が開く音が聞こえたかと思うとバタバタと廊下を四つ脚の獣が走る音が聞こえてきた。
その直後、ドテっと何かが倒れたような音が聞こえたので、シエラはリビングの扉を開けて様子を見に廊下に出る。
「うう。ロジナさん。引っ張り過ぎだよお」
「マリィ。大丈夫?」
「あ、シエラちゃん帰って来てたんだ。お帰りなさい」
「ん。ただいま」
シエラがリビングの扉を開くと同時、首輪に紐を付けたままのロジナが我先にとリビングに入ると、一目散に暖炉の前へ駆けて行った。
マリネスはロジナに引っ張られて足でももつれたか、リビングの前の廊下で前のめりに倒れていたので、シエラが抱き起こし、2人揃ってリビングに入り、暖炉の前へと向かう。
「ロジナ、雪初めて?」
「いえ、初めてでは無いのですが、どういうわけか雪が降ると走りたくなってしまうのです」
「ははは。本能的な物なのかもなあ」
従魔契約をしているリチャードとシエラにはロジナの声が人語に変換され聞こえるのだが、契約していないのでアイリスとマリネスにはロジナがリチャードとシエラに向かって「ガウガウ」と言っているようにしか聞こえなかった。
「ロジナ、雪が降って楽しくなっちゃったんだって」
「あらあら、シルバーハウンドと言っても雪遊びの魅力には敵わないのね」
「違うのです奥様! 私は遊んでるわけでは」
アイリスの言葉に抗議するロジナだが、アイリスからしてみればロジナの言葉は「ワンワン」としか聞こえないので、アイリスは微笑み、暖炉の前で座るロジナに近付くと「よしよし、大人しくしなさぁい」と、ロジナの顎や頭、脇腹などをワシワシと激しく撫でた。
困り果てるロジナと楽しそうなアイリスの様子にシエラとリチャードは微笑み、マリネスは苦笑する。
まだまだ寒冷期に終わりは来ない。
凍てつくような寒空の下で、それでも暖かい家族の時間はゆったりと流れていた。




