お見舞い帰りの鉢合わせと買い物
診療所からの帰り際。リチャードとシエラは診療所の出入り口でリンネの魔法の師匠であるアルギスと鉢合わせた。
どうやら、弟子と女王の様子を見に来たらしい。手には何やら手土産が入った袋がぶら下がっていた。
いつものように襟や裾に金の装飾が施された黒いフード付きのローブを着て現れたアルギスを見て、リチャードは出会い頭に手刀をアルギスの頭に振り下ろす。
「急になに⁉︎」
「貴様は昔からデリカシーという物が欠如しているな。黒に金装飾の服は喪服に近いだろうが。ここは診療所、病院だぞ?」
リチャードの手刀をまともに頭頂部で受け、アルギスは頭を抑えて涙目になる。
外見はどう見ても二十代半ばの優男だが、シエラにはもう少し幼い印象を与えた。
「アルギスさんって何歳なの?」
「ん〜? 僕かい? さてねえ、百を越えてからは数えてないからなあ」
「精神年齢は十代で止まったままだよコイツは」
シエラの疑問にヘラヘラ笑って答えたアルギスに、リチャードが呆れて苦笑いしながらシエラの脇に手を伸ばすと、そのままシエラを抱き上げて抱える。
「アルギスさん、リンネ兄ちゃん忙しそうだから代わりに飛翔魔法教えてくれない?」
「ああ〜。そうだねえ、しばらくは彼女に付きっきりだろうし、分かった。暇つぶしに教えてあげよう」
記憶喪失のアンジェリカを甲斐甲斐しく世話をするリンネを見たシエラは、予定していた魔法の取得を諦めようと思っていた。
しかし、目の前にそのリンネの師匠がいるのだ、教えを請うにはもってこいだと判断した故の言葉だった。
「ならついでにシエラのパーティの強さを測ってやってくれないか? アルは昔、魔族とも戦闘した事あるだろ?」
「それは君もだろ?」
「セレネの育児をアイリスに任せっきりにはしたくないんでね。もうしばらくは家を空けたくないんだ」
リチャードの言葉に、アルギスは「お熱い事で」と茶化しながら鼻で笑った。
「まあ良いよ。とはいえ今日の今からというのも急過ぎるし、授業と稽古は明後日にしようか」
「ん。分かった。友達にも伝えとく」
「勇者ちゃんの友人、あの子達だよね? この間の」
「ん。そうだよ」
「オーケーオーケー。じゃあ明後日、冒険者ギルド前で。時間はまあ任せるよフル装備で来なね?」
そう言ってアルギスは指を鳴らして自分のローブに魔法を掛け、ローブの色を黒から白に変化させると「そんじゃねえ」と手を振ってリチャードとシエラにいつものヘラヘラした笑顔を見せると、リンネ達がいる二階へと向かうために2人とすれ違い、ヒラヒラと振り向きもしないでリチャードとシエラに手を振りながら廊下を進んでいった。
「ねえ。お父さん。アルギスさんって昔からあんな感じなの?」
「ああ、昔からあの調子さ。自信過剰で子供っぽくて、何を考えてるのか良く分からん。だがまあ、信用はしてるがね。アイツには戦争中に何度も助けられてるからな」
診療所から出て自宅へ向かいながら、リチャードは昔戦地でアルギスと肩を並べて戦った日々を思い出していた。
しかし、戦争中の話など詳しくはすまいとリチャードは抱っこしているシエラの横顔を見ながら思う。
そんなリチャードがある雑貨屋の前を通りがかった時の事だ。
「あ、お父さんアレ見て」
と、シエラが雑貨屋の中を指差してリチャードの顔を見た。
「何か欲しい物でもあるのかい?」
シエラを下ろしながらリチャードは聞くが、シエラがお構いなしにその雑貨屋に入って行ったので、何だろうかと首を傾げながら父は娘の後に続いて雑貨屋の中に足を踏み入れる。
カランと扉に付いたベルの心地良い音が響き、店の中で焚かれた薪ストーブの暖気がリチャードを包み込んだ。
「やあシュタイナーさん。今日も寒いねえ」
「やあ店主。こう寒いと客も来ないだろ。商売もあがったりなのでは?」
「いや本当にねえ。薪も食糧も保つか分からないし困ったもんだよ」
恰幅の良い女主人とたわいない挨拶を交わしていると、先に店に入っていたシエラが手に何かを持って2人の元に駆けてきた。
「おばさん。この髪飾りください」
「はいよ。誰かに贈り物かい?」
「妹にあげるの」
「あらそうかい。妹想いのお姉ちゃんだねえ」
はにかみ笑うシエラの言葉に、恰幅の良い女主人は優しい笑顔を浮かべた。
シエラが手にしていたのは三日月を模した髪飾りだった。
銀色の枠に三日月型の青いガラス細工が嵌め込まれたその髪飾りをシエラは偶然店の外から見つけたのだ。
「セレネの名前にピッタリだな。店主さん会計を」
「待ってお父さん。お金は私が出すよ、私がセレネに贈りたいんだから」
「ん。そうかい? 分かった。なら任せるよ。じゃあお父さんは、減ってる日用品でも買うかなあ」
こうして、シエラはベルトに備えているアイテムポーチからお金を取り出すと会計を終え、三日月型の髪飾りを手に入れた。
リチャードはリチャードで両手で抱える程に雑貨屋で日用品を買い漁ると、店主と挨拶を交わし、2人は満足そうに店を後にするのだった。




