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親子で雪かき

 シエラがアイリスと共に診療所を訪れた日の夜。

 エドラの街に寒冷期二度目となる大雪が降った。

 シエラはマリネスと抱き合い眠り、アイリスとリチャードは交代で、セレネの体を冷やさないように、暖炉のあるリビングにベビーベッドを持ち込んでソファで火の番をしながら眠った。

 その翌日の事。


「昨日はアイリスが会ったわけだし、今日は私が挨拶にでも行こうかな」


「お父さんが行かなくても良くない?」


 ダイニングでの朝食中にリチャードが呟いたので、シエラが首を傾げた。

 

「リンネが心配なんだよ。あの子はすぐに無理をするからね。寝ずに看病しかねんのさ。特に惚れた人にはね」


「お父さんもじゃない?」


「ははは。私は、まあ、いやそうだな。確かに私もアイリスやシエラ、セレネが体調を崩して寝込んだら寝ずに看病するだろうな」


 娘に図星を突かれ、苦笑いを浮かべながらリチャードは人差し指で頬を掻く。

 その後、朝食の後片付けを終え、リチャードは部屋着から外行きの服に着替え、お気に入りの黒いロングコートを羽織り、お見舞いの品にといつぞや買ってきた高級紅茶が入った箱を紙袋に入れて準備する。


 その様子を見ていたシエラも父と出掛けたくて準備していた。


「シエラちゃんも行くの?」


 リビングから顔を出したアイリスがセレネの背中をポンポンと撫でながら薄い桃色のコートに身を包んだシエラを見て聞いた。

 そのアイリスにシエラは「お父さんと出掛けたいから」と微笑んだ。


「気を付けてね今日は良く冷えるわ」


「ん。大丈夫」


「直ぐに帰るよ」


 アイリスに微笑むと、リチャードはアイリスに近付き額に口付けをし、続いてセレネの頬を撫でる。

 そしてリチャードはシエラを伴い玄関に向かうと、扉を開ける為にドアノブに手を掛け、扉を押した。


 しかし、玄関の扉は少し開くとギュッと雪を圧縮する音を出したかと思うと途中で止まってしまう。


「おー。雪が壁みたいになってる」


「はあ。出掛けるのは雪掻きしてからだな。ええっとシャベルシャベル」


 この日、エドラの街の積雪量は1メートルを超えていた。

 リチャードは武器庫に放り込んでいたシャベルを取りに向かい、出掛ける為に雪をどかし始める


 大工が家屋を建てる際に魔法使いに頼み、柱に強化の刻印を刻んでいなければリチャードの家のみならず、ご近所の家屋も倒壊していたかも知れない。

 そう思える程には屋根にも雪が積もっている。


「吹き飛ばせれば良いんだが、ご近所に迷惑かけるわけにもいかんしなあ。地味にいくか」


 リチャードはボヤきながら雪をシャベルでもって掘り返しては適当な場所に重ねていく。

 それを後ろで見ていたシエラは「お父さん、手伝おうか?」と玄関先にしゃがみ込んで声を掛けた。


 自宅内の室温を下げるわけにもいかず。外で父の背を見ているがシエラの言葉にリチャードは首を横に振った。


「そうしてもらいたいのは山々なんだがね。シャベルはこれしかないんだ。気持ちだけいただいておくよ」


 そう言うと、リチャードは再び雪かきをは再開する。

 そんな父の背を見ていたシエラだったが、ふと何かを思いついたのか、シエラは玄関を開けると室内に戻っていった。


(流石に寒いからな。暖を取りに行ったかな?)


 玄関に背を向け、雪をシャベルに積んでは横に放りながらリチャードは作業を続ける。

 すると、しばらくもしないうちに再び玄関の扉が開き、シエラがリチャードに並んで雪かきを始めた。


(おや? シャベルは私が使っているコレだけしかないはずなんだが)


 疑問に思うリチャードの横。

 リチャードの持つシャベルほどでは無いが、確かに雪を何かに乗せ、シエラはリチャードとは逆側に雪を放っている。


「どこかにシャベルの代わりでもあったか?」


「ん。丁度良いのがあった」


 娘の言葉に、何を使っているのか気になり、リチャードは手を止めてシエラの方を確認する。

 無心で雪かきを敢行するシエラのその小さな手には、一般的な剣より幅の広い刀身を持つ、シエラにしか扱えない剣。聖剣が握られていた。


「シエラ? 雪かきに何を使っているのかな?」


「え? 聖剣だけど」


「う〜む。長い歴史の中でシャベルの代わりに聖剣を雪かきに使ったのはシエラが初めてで唯一かも知れないなあ」


「えへへ」


「褒めたわけでは、いや、まあ良いか。とりあえず玄関前を手早く済ませて屋根の雪を降ろしてしまおうか。出掛けるのはそれから。いや、もしかしたら今日はお見舞いに行けんかも知れんな」


「お父さんと雪かきするのも楽しいから、良いよ」


 雪かきをしながら白銀の世界と化したエドラの街を見渡すリチャード。

 その横でシエラはリチャードに向かって微笑むと、聖剣の刀身に雪を乗せては放り、乗せては放りを繰り返し、父との雪かきを楽しんでいた。


 結局この日は雪かきと雪降ろしに時間を費やし、疲労も相まってお見舞いは中止。

 2人は雪かきでかいた汗を洗い流すと「今日はやたら冷えるな」とボヤきながら自宅のリビングで暖炉のお世話になる事を選んだ。


「今日はなんでこんなに寒いんだろうね」


「もしかしたら、太陽の神様と月の女神様が喧嘩してるのかも知れんなあ」


 この国の迷信の一つだ。


 寒冷期でも暖かい日は太陽の神様と月の女神様の仲睦なかむつまじくて機嫌が良く、寒冷期で本日のように指先まで痺れるように寒い日は太陽の神様と月の女神様が喧嘩して、太陽の神様が落ち込んでいるから。


 リチャードは昔、母が自分に言って聞かせてくれたそんなお話を、今度は自分が親として、愛する娘に言って聞かせたのだった。

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