人助けに理由などいらない
「いやあごめんごめん。まさか寝てるとは思ってなくてねえ」
ヘラヘラとリチャードの親友、アルギスは笑いながら言った。
一家団欒、お昼寝時間を邪魔されて、不機嫌なシエラに足を四の字に固められ、リチャードに左腕を、アイリスに右腕を十時固めされているにも関わらずだ。
アイリスからセレネを抱かされたマリネスはそんな様子に冷や汗を流して苦笑している。
「貴様は昔っからどこか抜けているな天然め」
リチャードとアイリスがアルギスから手を離し、ソファに座りながら呆れて呟く。
しかし、シエラは足の関節技を外さなかった。
「あいたたあ! 勇者ちゃん待って! 折れちゃう、折れちゃうよ⁉︎」
「お父さんの友達でもやって良い事と悪い事があるよ」
「ごめんよ勇者ちゃん」
謝られては仕方ない、と言いたげにため息を吐き、関節技を外すとシエラは立ち上がり、父と母の座るソファの隣に立った。
解放されたアルギスはヨロヨロと立ち上がり、リチャード達の座る対面のソファに腰を下ろすと足をさする。
「他人の家に押し入るなんて、女王陛下から賢者の称号を賜わった人間のする事かしら?」
「僕が名乗ってるわけじゃないだろ? 賢者なんて呼ばれる程僕は賢くないよ、魔法馬鹿って称号の方がしっくりくる」
マリネスからセレネを受け取り、抱き締めながら悪態をつくアイリスに、魔法馬鹿の青年は肩をすくめて首を振った。
そんな魔法馬鹿のアルギスに、リチャードは「で、何かあったのか?」と胸の前で腕を組みながら聞く。
「昨日のお嬢さんの事で話があってね」
「素性が分かったのか?」
「鑑定医に診てもらったよ。名前は知ってるんじゃないかな? 彼女はアンジェリカ・ベルフェアル。魔族だったよ」
「おいおい。アンジェリカ・ベルフェアルといえば共存派の魔王の名前じゃないか。なんでこんな場所に……いや、そうか」
昨日現れた女性の名を聞いたリチャードが組んでいた腕を崩し、口元を押さえた。
リチャードの眉間には皺が寄り、視線は下を向き、何か考え込んでいるようだ。
「アンジェリカ女王と言えば共存派最重要人物。それが瀕死の重症を負っていたとなると。負けたのか、過激派に」
「そう見るのが妥当だろうね。しかも困った事になってね」
「どうした?」
「かのアンジェリカ女王陛下なんだけど。今ちょっと記憶が無くなってるみたいなんだよねえ」
「なに?」
昨日、弟子のリンネと共診療所に連れて行った際、緊急治療の甲斐あってアンジェリカはその日の深夜に目を覚ましたらしい。
しかし、付き添っていたリンネの質問などには答えず、ボォーッとリンネの顔を見つめるだけだったそうだ。
翌日。つまり今日の朝、様子を見に行ったアルギスが付き添って一夜明かしたリンネから状況を聞き「もしかしたら共通語が分からないのかも」とアルギスが魔界、南西大陸語で話しかけてみたが、状況は変わらなかった。
そこで鑑定医に診てもらった結果、記憶障害と診断された、との事だった。
「アンジェリカ女王は今どうしている?」
「今もリンネが付き添ってるよ。どうやらホの字みたいだし任せた。寝てる時以外はボーっとしてるから問題無いと思うよ」
「リンネが女王にか。いや、今はそんな事よりアンジェリカ女王の事だな。傷は問題ないとはいえ、記憶に関しては問題ありありだろ。どうするこの状況」
一国の主を助けたは良いが、その人物は記憶喪失である。
この状況で一個人が出来る事など、無い。
緊急治療で命を助けて診療所に預ける。
それは恐らく最良の選択だったはずだ。
しばらく沈黙し、考えを巡らせていたリチャード達。
そんな中でふと呟いたのは、魔法使いの青年、世界中を旅して回ったアルギスだった。
「エリクサーでもあればねえ。記憶障害だろうが治るんだろうがねえ。あれはエルフ族の秘術じゃないと完全な物が完成しないんだよねえ」
「ああ。確かにエリクサーなら治せるかもね。私の故郷でも製造してるはずよ」
アルギスの呟きに、セレネを撫でながらアイリスが思い出したように続いた。
「青い瓶が綺麗でねえ。味も悪く無いらしいのよねえ」
「青い瓶、か」
アイリスの言葉に、リチャードは神隠しに遭った際に立ち寄った妻の故郷、シーリンの森にあるエルフの里から旅立つ際に渡された回復薬の事を思い出していた。
死に掛けていた銀狼ロジナを救うために使ったあの回復薬。
異常な回復速度にその時は「流石に森の民が造る薬は良く効くな」くらいにしか思わなかったが、もしかして? と、リチャードは冷や汗を流した。
「まあ今はもう少し様子を見ようよ。エリクサーを貰いに行きたくても雪の中進むのは危険だしね。自然に治る可能性もあるしさ」
「た、確かにそうだな。ありがとうアル、わざわざ知らせてくれて」
「いや。団欒を邪魔して悪かったね。僕はもう一度診療所に行って様子を見て来るよ」
「分かった。何か出来る事があったら言ってくれ」
「あ、それならさ。女性物の下着と着替えをお願い出来ないかい? 僕とリンネじゃあ揃えられ無いからさ」
「任せて。私が用意するわ」
こうしてアルギスは昨日助けた女性の状況を伝えるとリチャードの家を後に診療所へと戻っていった。
その後、セレネをリチャードに任せ、アイリスはシエラとマリネスを連れて買い物に奔走。
久しぶりの運動に疲れ果てながら、アイリスは診療所に着替えなどを届けたのだった。




