緊急治療
ポッカリ空いた屋根の穴。
その穴から差し込む光がうつ伏せに倒れている女性を照らしていた。
リチャードはそっと部屋の中を覗き、続いて屋根に空いた穴から上を見る。
そこに浮かぶ彩雲に見覚えがあり、リチャードは部屋の窓まで駆けるとその窓を開いて空を仰ぐが、いつか自分とシエラを神隠しに遭わせた羽根鯨の姿は見えなかった。
「リチャード。知り合いかい?」
「馬鹿言うなよ。屋根に穴空けて訪問してくる知り合いなんぞいるわけないだろ」
腰までの金髪、やけに白い肌、赤黒いドレスを着た女性の側に膝を着くアルギスが冗談ぽく笑うので、リチャードは呆れたように肩を竦め、再び屋根の穴を仰ぐ。
「落ちてきた、というわけではないのか。穴の断面が綺麗過ぎるな」
「派手に音を鳴らして伝えたのかもね」
「ん? 何を伝えたって?」
「これ」
リチャードの疑問に答えるように、アルギスは女性の背中に掛かっている血の付着した金髪をそっと横によけた。
「怪我してるのか⁉︎ いや、この傷、もう死んでるんじゃないのか?」
「いや、まだ大丈夫だ。でも、予断は許さない状況だねえ。傷は僕が塞ぐよ」
「俺は医者を」
「いや、シエラちゃんを呼んで欲しいなあ」
「シエラを? 何故。いや、分かった」
回復魔法を発動したアルギスの言葉にリチャードが従ったのは、それが必要だと判断したからだ。
リチャードはアルギス程の魔法使いを他に知らない。何よりそんな友人が回復魔法を行使しているのにかなり治癒が遅い。
つまるところ普通の怪我ではないと言う事なのだろう。
そう判断したからこそ、リチャードは寝室へと向かうと「シエラ、来てくれ」と娘を呼び、再び二階へと向かった。
「やあ勇者ちゃん。すまないが説明は後回しだ、この人の傷口に触れて神様にこの傷が治るように祈ってくれないかい?」
「ん。分かった」
「ははは。理由を聞かないあたりが君とそっくりだねリチャード」
「今はそんな話で笑ってる場合か。俺に何か出来る事は……とりあえず拭く物と代えの服は必要か。すまない、ここは一旦任せる」
「流石に冒険者。テキパキしてるねえ」
「お前は集中しろ」
重傷者を前にヘラヘラ笑うアルギスに、リチャードはやれやれと言いたげに首を振ると、状況を説明する為に再び寝室へと向かった。
そして状況の説明をアイリス達にしたリチャードはリンネとファミリークローゼットに向かい、普段はまず使わないバスローブを取り出すとリンネに渡して先に2階に向かわせる。
そして自身もタオルと桶を持って二階の件の物置きに向かった。
「先生、この方。知り合いですか?」
「はあ。いや、違うが」
師弟揃って同じ質問をしてからに。と、半ば呆れて肩を落とし、桶とタオルを床に置くと、リチャードはアルギスとシエラの邪魔にならないように少し距離を置いた。
「やっぱりこれは毒じゃなくて呪いの類いだね。全く、運が良いお嬢さんだ。僕とシエラちゃんが揃っている所に偶然現れるなんてね」
傷の治癒にあたっているアルギスが呟くが、その言葉にリチャードは疑問を抱く。
(偶然? いや、多分違うな。さっき見た彩雲は私達を転移させた羽根鯨出現の兆しに見えた。となると、この女性は私達のように神の意志で此処に運ばれた可能性がある。いや、考え過ぎか? だが偶然この家に転移させられる事などあるか?)
そんな事を考えていると、アルギスが不意に「良し傷は大丈夫だ」と手を離し、今度はシエラの手の上に自分の手を翳す。
「我らが母なる月の女神よ、祓いたまへ清めたまえ、かの呪いを解呪してこの哀れな子羊を救いたまえ。すべての悪、神に逆らう暗闇の力から解放し、あなたのみを求めて、正しい生活を送るよう、照らし、清めたまえ」
アルギスが祝詞を唱えながら魔法を発動するのを見て、リチャードは首を傾げてリンネに近付いて「あんな祝詞聞いた事あるか?」と耳打ちする。
しかし、弟子のリンネも初めて聞いたのか「初めて聞きました」と首横に振った。
「祝詞なんて適当で良いんだよ。要は浄化魔法の手伝いを神様にそれっぽくお願いしてるだけだから。あとは勇者ちゃん、お父さんが持ってきた桶に水溜めてその水を清めてくれるかい?」
アルギスの言葉に呆れるリチャードとリンネをよそに、シエラはアルギスに言われた通り、桶に水魔法で水を溜め、その水に手を突っ込むと「女神様、力を貸して下さい」と呟いた。
「手水で良い、この子をひっくり返すから飲ませて」
「ん。分かった」
「リンネ。暇だろ、この子ひっくり返してくれ」
「え⁉︎ ああいや、はい分かりました」
師匠に言われてリンネはうつ伏せに倒れている女性を抱えるように仰向けにさせる。
そして、ゆっくり床に頭を置こうとするが「シエラちゃんが飲ませやすいように抱えてなよ?」とアルギスに言われて見知らぬ女性に申し訳なさを抱えたまま、頭を肘で支えるように抱えた。
その隙にシエラが手水で女性の開いた口に水を流し込む。
すると女性は無意識ながらに水を飲み込んだので、アルギスは「ふう」と、ため息を吐き出すと魔法を止めた。
「よし、あとは経過観察するしか無いね」
「診療所に連れて行くか」
「そうだね、服を着替えさせたら連れて行こうか。じゃあリンネ、あと宜しく」
「ええ⁉︎ なんで僕が!」
「だって僕と勇者ちゃんは疲れてるし、君は今日暇だろ?」
「確かに暇ですけど、恋人でもない女性を着替えさせるなんて出来ませんよ」
アルギスの無茶振りに、リンネが情けない声を出して困り果てるのを見て可哀想になったリチャードが「アイリスを呼んでくる」と助け船を出して一階へ向かって歩き出した。
その後ろをシエラとアルギスは当たり前のようについて行く。
「ああ、今日はなんて日だ」
二階の物置部屋にはリンネと傷の癒えた金髪の女性だけが残される事になる。
一人取り残されたリンネ。
シエラの兄弟子は困り果てた表情で、女性を抱えたまま穴の空いた屋根を見上げ呟き、肩を落としたのだった。




