来客
その日、シエラはギルドで会った兄弟子のパーティ、緋色の剣のメンバーでありパーティ内で最大火力を誇る魔法使い、リンネを連れて自宅に帰ってきた。
寒冷期ともなると動物だけでなく、魔物ですらが冬籠りをする為、冒険者ギルドへの依頼が極端に減る。
この日などはギルドに何も依頼が無く、遠征に出るにしても準備が必要だからとシエラ達のパーティ、アステールだけで無く、兄弟子達のパーティを含む他の冒険者達もお手上げといった様子でギルドで雑談や食事だけして帰る事を選んでいた。
今日はたまたまシエラ達と兄弟子達が鉢合わせた為、シエラは予てより教えて欲しかった魔法の事を聞く為にリンネを家に誘ったのだ。
「なんで、師匠がなんでここに」
「アルギスさんこんちわー」
「メテオールさん、こんにちわ」
自宅に帰り、リビングの扉を開けたシエラに続いて、リンネとマリネスがリビングに入ると、ソファに座って自宅の様に寛ぐアルギスが紅茶を飲みながらリチャードと話していた。
「やあ。こんにちわ勇者ちゃん。君はえっと確かマリネス君だったかな? こんにちわ」
「僕は無視ですか?」
「君は挨拶してないだろ? 師匠にはちゃんと挨拶しろってリチャードやお婆ちゃんに教わらなかったかい?」
「ぐ。お久しぶりです師匠。話は聞いてましたが、本当に帰って来たんですね」
「久しぶりだねえリンネ。故郷に帰る前に寒冷期に先を越されてしまってしばらくエドラに滞在する事にしたんだ」
「いや聞いてませんよ」
「聞いたじゃん。一番最初に僕の顔見てさあ」
呆れたように肩を竦め、苦笑するアルギスに普段優しい笑顔しか見せないリンネがあからさまに苛つき眉間に皺を寄せる。
初めて見る兄弟子の表情に「二人は仲悪いの?」とシエラが聞くとアルギスは「いやいや仲良いよ」と笑い、リンネは「最悪だよ」と肩を落としたので、シエラは頭の上に疑問符でも浮かべそうに困り果て、首を傾げた。
「とりあえず3人とも座ったらどうだい?」
リチャードのこの言葉に、シエラ達はそれぞれソファに座る。
シエラはリチャードの隣に座り、その隣にマリネスが座ったので必然的にリンネはアルギスの隣に座る事になった。
「今日はリンネだけか? 他の子らはどうした?」
「今日は僕だけです。シエラちゃんに魔法を教えて欲しいと言われまして」
「ああなるほど。ちょっと待っててくれ、茶でも淹れよう」
「お父さん、手伝うよ」
「ではお願いしようかな」
こうしてリチャードとシエラはキッチンへ向かい、3人分の紅茶をシエラがトレーに乗せてリビングへ、レモン果汁入りの水を「ついでに」とリチャードが寝室でセレネを寝かしつけているアイリスの元へと運んでいった。
「で、シエラちゃんは僕になんの魔法を教えて欲しいんだっけ?」
「飛翔魔法と拠点防衛用のゴーレムの契約上書き方法」
「ん〜? 前者はまあ分かるけど、後者は随分と何というか具体的と言うか限定的というか」
シエラの言葉にリンネでは無くアルギスが応えた。
ただ、リンネもアルギスと同じ考えなのか、一瞬アルギスを睨むが特に何も言わずにシエラを見ていた。
「じゃあまず答えやすい飛翔魔法から答えるよ。飛翔魔法には2つ種類があるんだけど、一つは魔力を放出して無理やり飛ぶ方法。もう一つが浮遊魔法と風魔法を併用した方法なんだ」
「さてここで問題。この二つの方法で共通する欠点はなんでしょう」
「師匠、僕が説明してるんですけど」
「気にしない気にしない。リンネはホント、気難しいなあ」
「師匠にだけです」
黒髪、茶色の目のアルギスと黒髪で黒目のリンネ、2人とも顔は優しげで遠目に見ると兄弟みたいに見えるが、その2人があまりにも対照的な印象にシエラの目に映り、シエラとマリネスはクスッと笑う。
そんな妹弟子達に兄弟子として恥ずかしくなってか、リンネは咳払いをすると、大人しく口を閉じてソファに座り直した。
「まあ答えはどちらも魔力を使い過ぎて長時間は使えないって事だよ。僕やリンネみたいに月の女神様の上級以上の加護があれば話は別だけどね」
アルギスに言われ、シエラはいつしかリチャードから聞いた月の女神の加護の特性を思い出していた。
水の女神や火の神などとは違い、ある属性に特化するのでは無い。
魔法使いが欲して止まない能力。
魔力の高効率化、魔力の回復速度上昇などなど。
魔法を行使するうえで絶対に欲しい加護。
それが月の女神の加護の特性だ。
「まあ飛翔魔法は屋内では使えたもんじゃないし、またリンネにでも教えてもらうと良いさ。さて、次がなんだっけ?」
「拠点防衛用のゴーレムの契約を上書きする方法ですよ」
リンネがアルギスの言葉に呆れたようにため息を吐いたところで、リビングの扉が開き、寝室からやって来たリチャードが姿を現した。
「シエラと神隠しにあった時にあるゴーレムと出会ってな」
そんなリチャードが、シエラの横に座りながら2人に神隠しに遭った後、旅の始めに出会ったゴーレムとの出会いと別れの話を聞かせた。
その話を聞き、アルギスとリンネは目を輝かせる。
何せ古代遺跡を護るゴーレムの話だ。
魔法好き、いやもっと俗な言い方をすれば魔法オタク二人がこの話題に食い付かない訳がなかったのだ。
「拠点防衛用のゴーレムなら契約者を倒した後再契約すれば良い」
「でも古代文明の生き残りですよ? 契約者なんてもう死んでるでしょ。それよりもそんな時代のゴーレムがまだ動いてるなんて。核の強度はどうなってるんでしょうか」
「いやあ興味深いねえ。現物を見てみたいなあ」
アルギスとリンネが3人を置いてけぼりにして議論を繰り広げ始めた。
リンネはアルギスと仲が悪いと言っていたが、シエラから見ればそれは恐らく兄弟のような関係だからなのかも知れないと、楽しそうに議論する二人を見て思い、再びクスッと笑った。
そんな時だった。
ドカンという音と共にリチャードの自宅を衝撃が襲った。
「シエラとマリネス君、リンネは寝室でアイリスとセレネを頼む! アルギス!」
「結界なら張った。でもおかしいな、何かからの攻撃なら分かるんだけどなあ」
「ひとまず上に行く、アルギスは俺と来い!」
聞こえてきた音と衝撃は自宅の二階から聞こえてきた為、リチャード達は一瞬硬直するが、直ぐに駆け出し二階へ向かう。
そしてリチャードとアルギスが向かった二階。
階段から見て一番奥の左側の部屋。
リチャードの書斎の向かいの、物置に使っている部屋の扉が開き、中から煙が立ち込めているのが見えた。




