生みの親より育ての親
ルグナーが化けたわけではない。
ルグナーがシエラ達から"血縁"に見えるように認識を変換する魔法を使ったのだ。
冒険者見習いにしては少しばかり規格外なパーティではあるが、シエラを含めてアステールのメンバーは4人共に子供だ。
目の前の肉親が敵だと分かっていても、4人共攻撃を止めてしまった。
「はっはっは! いやあ、やっぱり人間は甘っちょろいねえ。さあ、シエラ。その忌々しい光を放つ剣を捨ててくれるかい?」
「待て、シュタイナーの所には行かせないぞ!」
姿を変えたルグナーを見て、俯くシエラの前に立ち、盾を構えるリグスだが、リグスにはルグナーが実の母親に見えているらしく、剣で斬りかかる事は出来ないようだった。
ベテランの冒険者とて、血縁と敵対する事などそうは無い体験だ。
立ち塞がり、仲間を守ろうとしたリグスだがルグナーはそんなリグスの首を掴み放り投げた。
「ちゃんと後で殺してあげるからさ。待っててくれよリグス君、まずは一番危険な奴から殺さないとね」
壁に叩き付けられ、肺の空気を一気に吐き出してしまったリグスが苦しそうに咳をする。
そんなリグスに駆け寄り、ナースリーが回復魔法を発動した。
「あなたが私の本当のお母さんなの?」
俯いたまま、シエラはルグナーに聞く。
その様子にルグナーはギルドに潜伏中、集めたシエラの情報を思い出していた。
(そう言えばシエラ・シュタイナーは実の両親とは死別していたんだったか。ふむ、なら)
「ええそうよシエラ。私が本当のお母さんよ。さあその剣を離してこっちにいらっしゃい?」
「っくそ! 汚いぞテメェ!」
苦しい胸を抑えながらもリグスが叫ぶ。
そんなリグスにルグナーが魔力の塊を放つが、それはマリネスが間に割って入り、魔法で作った障壁で防いだ。
「シエラちゃん! しっかりして! シエラちゃん‼︎」
マリネスの叫びが地下空洞に響く。
しかし、マリネスの叫びは届いていないのか、シエラはルグナーの手が届きそうな程の距離まで近付き、聖剣と魔銃剣を地面に刺した。
「偉いわシエラ。じゃあ、楽になりましょうね」
「ねえ。その前に聞かせて?」
「何?」
「あなたは本当に私のお母さんなの?」
俯いたままで顔が見えないが、その戦意のない言葉からルグナーは「ええそうよ」とニヤリと嫌な笑みを浮かべながら答える。
(魔法は問題なく作動している。勇者ちゃんには僕が母親に見えているようだし。何が勇者だ、所詮は子供じゃないか、後はこの忌々しい勇者一行を殺してーー)
「本当にコレが私のお母さんの姿なんだ。良かった」
「ん? 何が良かったの?」
俯いたままのシエラ。
この時、離れた位置に這いつくばっていたリグスはシエラが見た事のない笑みを浮かべているのを見た。
嬉しそう、というよりはその笑顔は先にルグナーが見せた何か獲物を見つけた時の捕食者を思わせる物だった。
「私ね。アンタ達に、復讐したかったの」
「え?」
言葉と同時に拳を引いたシエラが、ルグナーの顔面に向かってボールを投げる要領で引いた拳を叩き付けた。
身体強化増し増し、今のシエラが出せる本気の拳がルグナーの顔面をへこませる勢いでぶつけられたのだ。
悶絶なんて物では無い。
先程のリグスより勢いよく吹き飛ばされたルグナーは、壁に叩き付けられ、あまりの激痛に顔を抑えて前のめりに倒れた。
「教えてあげる。私の名前はパパが名付けてくれたの。アンタ達に捨てられた後でね。それからもう一つ。私のお母さんはアンタじゃ無い。私のママは、ママの名前はアイリス・シュタイナー。ママはエルフで金髪で、美人で可愛い。最後にもう一つ。私はアンタを"知らない"」
強がりでも、すっとぼけでもなかった。
シエラにしてみれば父と聞いて思い出すのはリチャードの顔だし、母と聞いて思い出すのはアイリスの顔だけだった。
本当の両親の顔など、今のシエラには思い出そうにも思い出せないものになっていただけだったのだ。
そんなシエラが聖剣と魔銃剣を地面から抜き。ゆっくり歩きながら倒れ伏すルグナーに近付くと、シエラは聖剣を逆手に構え、ルグナーの後頭部目掛けて振り下ろした。
「っく! 馬鹿な! 子供が親に刃を向けるなんて」
横に転がり、シエラの刃を避け、慌てた様子で立ち上がるとルグナーは壁に寄り掛かった。
「私の事調べてないの? 私は両親に捨てられたの。ずっと、ずうっと復讐したかったんだぁ。意味も分からずに殴られて、捨てられてさ。パパに両親が死んでるって聞いた時は心底残念だったんだよ。でもありがとう。ルグナーさんのお陰で夢が一つ叶いそうだよ」
「ひ、人の心は無いのか⁉︎ 実の親に刃を向けてるんだぞ⁉︎」
「アンタが人の心とか言うの? だから言ってるでしょ? 私の本当の父親は、パパはエドラの街のSランク冒険者、リチャード・シュタイナーだし。ママはパパのお嫁さんのアイリス・シュタイナーだよ」
聖剣に魔力を込め、一歩、シエラはルグナーに近付いていく。
その顔には笑みが浮かび、先程まで翡翠のように緑色に輝いていた目が金色に変化していた。
洞窟内の魔力、というよりは地面を媒介に洞窟周辺からありったけの魔力がシエラに集まっていく。
その魔力をシエラは聖剣に集約。
巨大な魔力の刃に変えて、ルグナーを洞窟の壁や天井ごと斬り裂き、吹き飛ばした。
「ど、洞窟が、無くなっちまった」
「はあ。疲れた」
丸焦げに成り果てたルグナーに背を向け、歩こうとしたシエラだったが、急激に魔力を集約、使用した反動か、シエラは全身筋肉痛のようになってしまいその場にうつ伏せで倒れてしまう。
そんな時だった。
「く、くっくっく。ハァッハッハッハ! 馬鹿め馬鹿め馬鹿め! 残念だったな! 私はまだ生きているぞ! 何が、何が本当の親だ! どうせ直ぐに邪魔になってまた貴様は捨てられるぞ青髪のクソガキがぁあ!」
しぶとく、ルグナーは丸焦げになっても生きていた。
どうやらゴブリンの死体を咄嗟に引き寄せ盾にしたようだ。
しかしながら身体の損傷は甚大。
自慢の回復力も底をついたか、傷の治癒は随分と遅い。
だが、そんな状況でも動けない今のシエラにとっては絶対絶命だった。
「一枚僕の方が上手だったなあ! 楽には殺さないぞ勇者ぁ! 指先から切り刻んで四肢をもいだ仲間の死に様を見せながら、ジワジワ嬲ってころーー」
ルグナーの言葉はそこで途切れた。
高笑いするルグナーの背後からルグナーの頭部を裏拳で殴り潰した者がいたのだ。
「いい加減黙れよ。娘の教育に良くないだろ」
ルグナーの頭部を一撃で殴り潰したのは、シエラの父親、リチャードだった。




