冒険者登録前夜
シエラが友人達と再会した日の夜の事。シエラはリチャードとアイリスに冒険者登録をしたいと伝えた。
シエラの意思を尊重し、養成所に行かせたリチャードとアイリスが止める筈も無い。
夕食後、ダイニングのテーブルを囲んで座り、食後の紅茶を口に運ぶとリチャードは「そうか分かった。なら明日一緒にギルドに行こうか」と微笑み、シエラの頭に手を伸ばして撫でくりまわした。
「でね? 冒険者になる前に教えてほしい魔法があるんだけど」
「ふむ。そうは言うが私はあまり魔法が得意ではないから、それはママに聞いてごらん」
「ママ、索敵に適した魔法って何か無い」
「あるわよ? マジックソナーって魔法。自分を中心に波紋を広げる要領で魔力を広げていってその魔力に触れた物や人を特定する魔法なんだけど」
「難しそう」
「大丈夫大丈夫、魔法が苦手なパパでも使えるから」
「じゃあ大丈夫そう」
「おや? 嫁と娘にいじめられている気がするんだが?」
「いじめてないわよ。ねえシエラちゃん」
「ん。いじめてない」
「そうかい?」
シエラとアイリスの言葉に苦笑いするリチャードは紅茶の入ったカップをテーブルに置き、ティーポットを手に取ると、そのポットの注ぎ口をカップに向けて徐々に傾けていく。
そして中の紅茶をシエラに見せながらほんの少しだけカップに注いだ。
「ママの言う通り、索敵に最も使える魔法であるマジックソナーはさっきポットから注いだ紅茶の雫がカップの紅茶の表面に触れて波紋が広がるのを自分の中で魔力を使って再現するんだ。大事なのはイメージ、自分を雫に見立てて魔力という水面に落ちるイメージを持つんだ」
「ん。やってみる」
「あ、ちょっと待って、パパは魔力を水面に見立てたけど、もっと薄い紙なんかをイメージした方が良いわよ? じゃないと索敵してる時に相手に気付かれちゃうからね」
「薄く、広くって事?」
「そうそう、そういう事」
「分かった」
アイリスに言われた通り、シエラは薄く広く魔力を放出。そしてリチャードに言われた通りに自分の中に水滴を落とすイメージを思い浮かべるとマジックソナーの魔法がきちんと発動した。
たったの一回で、お手本を見るまでもなくシエラは魔法を発動させたのだ。
「おー。なんだろ、イメージだけど。自分を中心に青い点を上から見てるみたいな感じがする、この位置、パパとママだ」
「おお、流石はと言うべきなのだろうか一回で成功するとわ」
「才能? それとも勇者だから?」
「シエラの才能だと、私は思うがね」
自分を褒めるリチャードとアイリスの言葉が聞こえない程に集中し、目を閉じて自分を中心に描かれた円形の魔力が感知した魔力をシエラは無意識に解析していた。
シエラが良く知る感知した魔力は5つ。
2つは近くの父と母。一つは今朝訪れた商業区の肉屋にあるリグスの魔力、もう一つはそのリグスの家に程近い家の中にあるナースリーの魔力。そしてもう一つは貴族の暮らす高級住宅地にあるマリネスの魔力だった。
「おー。凄い、マリネスの場所まで分かった」
「ん? マリネスと言うと、あの貴族の娘さんだったような」
「近くにいるの? 屋敷がある住宅地は流石にマジックソナーの範囲外でしょ」
「マリネスのお屋敷の場所って商業区より北だよ? その辺りにちゃんと感じるけど」
「本当? だとしたら凄いわね、私は見れても数百メートルくらいなんだけどなあ」
「私は、いや確か普通は数十メートルがやっとなんだが」
規格外の魔力を持つアイリスとシエラに凡人リチャードは冷や汗を流して苦笑する。
シエラは満足したのか目を開けるが、初めて使った魔法が楽しいのか、もう一度目を閉じてマジックソナーを発動する。
しかし、何故か目を開くとシエラは何か納得いかないように首を傾げるのだった。
「どうした?」
「う〜ん。なんだろ。ママの魔力がダブって見える」
「ん? そんな現象聞いた事ないが。アイリス、何か魔法を使っているか?」
「いえ、何もしてないわよ?」
「変な感じ、ママの中にもう一つ魔力の塊みたいなのが見えるんだけどなあ」
シエラの言葉にしばらく首を捻るリチャードとアイリスだったがほぼ同時、何か思い当たる事があったのか2人して「あ、え? もしかして」とシエラを見た後にお互い見合って目を丸くしていた。
「私、明日ちょっと病院行ってくるわね」
「ママどこか悪いの?」
「いえ全くもって健康そのものよ。ただちょっと気になる事が出来ちゃってね」
「アイリス。私も付いて行こうか?」
「いえ、リックはシエラちゃんとギルドに行ってあげて、まだそうと決まったわけじゃないんだから」
「む。そうか、了解した。では明日は予定通りシエラと一緒にギルドに行くとするよ」
シエラの感じたアイリスの異変。
さて、アイリスの身に何が起こったのか。
シエラには全く分からなかったが、リチャードとアイリスは何故か寝るまで上機嫌だった。