雨の帰り道
フォレストボアがシエラ達に気付いて威嚇の為に「ゴアァアア!」と声を挙げた。
成体なら馬と似た大きさだが、シエラ達と相対したフォレストボアは成体の半分程の大きさだ。
それでも大型犬程はある。シエラ達にとってその質量は大変な脅威である事に変わりはない。
赤い瞳に怒りの色が宿っている、どうやらフォレストボアはシエラ達を敵と認識したらしい。
シエラはフォレストボアが前足で地面を掻いているのを見て腰からいつも使用しているショートソードと新調した魔銃剣を抜く。
シエラ達のいる街道から見て、木で作られた柵を挟んではいるが、フォレストボアにとっては紙切れみたいな物なのだろう、鼻息荒く雄叫びをあげるとフォレストボアはシエラ達目掛けて突撃を仕掛けてきた。
それに対してシエラはショートソードを肩に担ぎ、魔銃剣の銃口をフォレストボアに向けて構える。
「おい、シュタイナー! 撃たねえのか⁉︎」
「大丈夫、撃つよ」
柵にフォレストボアがぶつかり、ひしゃげた柵がシエラ目掛けて飛んでくる。
その柵を避ける事もせず、シエラは銃口をフォレストボアに向けたまま、猟銃などならトリガーがある筈の場所に埋め込まれた魔石に魔力を込め魔法を発動した。
発動した【ソーサリーレイ】という魔法は読んで字の如く、魔力を成人男性の頭部ほどの太さの熱線に変えて放つものだ。
シエラの放った熱線は飛んできた柵を抉り飛ばし、真っ直ぐ突っ込んできたフォレストボアの顔面左側をビスケットを齧るように抉り穿った。
「やったか!」
「あ、バカリグス! 養成所で習ったでしょ! 魔物にトドメを刺さないうちにソレは言っちゃ駄目だって‼︎」
シエラの遥か後ろからリグスの声に続いて、ナースリーのツッコミとバチンと小気味の良い破裂音が聞こえてきた。
シエラからは見えていないが、どうやらリグスはナースリーに頭を叩かれたようだ。
そんなリグスの声に反応したわけでは無いのだろうが、体勢を崩して倒れそうだったフォレストボアが足を踏ん張り、再度シエラ達へと向かって来た。
片目を失い、自慢の牙も片方失い、身体に風穴すら開いているというのにだ。
「じゃあ、トドメを刺さないとね」
シエラが銃口を下ろし手首を返して魔銃剣を持ち直す。
そして突っ込んできたフォレストボアの正面に立ち塞がると、肩に担いだショートソードで袈裟に、力無くだらりと下げた魔銃剣で逆袈裟に、フォレストボアを挟み込むように斬撃を見舞う。
すると、フォレストボアはシエラによって斜めに切り開かれ、誰の目から見ても絶命。
シエラを避けるように三枚おろしにされたフォレストボアから噴き出した血を浴びてシエラは赤黒く染まってしまった。
「うわ。クッサ」
「リグス、ちょっとこっち来て」
「いや、ごめんて。冗談、オイやめろ! シュタイナー、手を近付けるな! 離せナズ! セルグもなんで足止めの魔法使ってんだよ⁉︎ ごめん! ごめんて! うベェ」
口は災いの元とは誰が言った言葉だったか。
リグスは失言によりシエラの手についたフォレストボアの返り血を顔面に擦り付けられる事になった。
時に子供は大人より残酷なのだ。
「じゃあリグス解体よろしく」
「後で水出して下さいお願いします」
「ん。後でね」
こうしてシエラ達はあっさりクエストをクリア。
体を水魔法で洗った後、解体したフォレストボアの素材をギルドに持ち運び、換金した後はいつものように食事処で好きな果汁飲料を飲んでシエラとマリネス、リグスとナースリーは二手に別れて帰宅するのだった。
「シエラちゃん、新しい武器はどうだった?」
「ほんとならソーサリーレイってあんな貫通力ある魔法じゃ無いし、魔法発動までの感覚も前の銃とは比べ物にならないくらい速かったなあ。剣の部分もこのショートソードより切れ味良くてびっくりしちゃった」
「確かに凄かったねえ。フォレストボアを一刀両断だもん。シエラちゃん格好良かったよ」
「ほんと? ありがとう、嬉しい」
マリネスに格好良かったと言われ、照れるシエラはマリネスに笑って見せた。
その笑顔につられてマリネスも微笑む。
どちらから言うともなく手を繋いで帰り道を歩く2人は側から見れば仲の良い姉妹のようだ。
「今日はフォレストボアのお肉で晩御飯」
「シエラちゃんお肉好き?」
「ん。お肉大好き。まあ好き嫌いは無いんだけど」
「確かにシエラちゃんなんでも食べるもんねえ。偉いなあ。私なんかトマトが苦手で」
たわいない会話。
こうして話しながら帰る事が出来る事に、帰る場所がある事にシエラは嬉しくなって笑顔になる。
そんなシエラの額に雨粒が当たった。
空に掛かっていた暑い灰色の雲から遂に雨が降ってきたのだ。
「あらら。降ってきちゃった」
「雨避け魔法使うね?」
「ん、ありがとうマリィ。さ、早く帰ろ」
「うん。そうだね」
雨避けの魔法を掛け、2人は暗くなった街を走る。
魔石で光る街灯が2人だけを照らすスポットライトのようだった。




