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甘い話

 リチャードは今朝、手紙を受け取る前からマリネスが我が家にやって来た理由を考えていた。

 我が家にやって来たのは娘であるシエラが連れて来たからだが、そういう事ではなく、まだ成人してないマリネスを何故放り出したのかと考えていたのだ。


「いくら末妹とは言え、放逐するのは些かやり過ぎでは?」 


 挨拶もそこそこに、リチャードはマリネスの両親が話を切り出す前に本題に入った。

 そんなリチャードにマリネスの両親はなんとも言えないバツの悪そうな、申し訳無さそうな顔をするものだから、リチャードは2人の言い分を待つ事にする。


「いや、全くもって申し訳ない事をしたのは重々承知している。すまなかった。ただ、マリィは上の姉、兄と違って内気に過ぎるのでね。少しばかり後押しをしてやりたくなってしまいまして」


「その仰りよう、やはり"しきたり"というのは嘘でしたか」


「まあね。シュタイナー殿はうちのマリネスがシュタイナー殿の娘さんに好意を寄せている事はご存知ですか?」


「養成所で半年、帰って来てから偶に見ていただけですが。マリネス嬢の様子、シエラへの視線や話し方で何となくは」


「リチャード殿は、やはり婚姻は異性同士でないといけないと思いますか?」


「いえ。正直な話、好き合っているなら同性同士での婚姻も賛成しますよ」


「それなら良かった。急な話になるが、うちの娘とシエラ嬢とで婚約して頂けないか?」


「話の流れで何となくそう言う話になるとは思ってました。しかし、そういう話は親同士で決める物でもないでしょう? 娘達がどう思っているかが一番大切だ。何を焦って婚約させようとするのです?」


 色恋の話は当人達で、そんな事を言いながらもリチャードはシエラがマリネスをいたく気に入ってるのも知っていたが、それでもまだ2人は子供。

 これから更に良い出会いがあるかも知れない。

 娘達の未来を親が閉ざすのは如何なものか。

 

 いや、そもそも庶民と貴族の恋愛観は違うのか? とリチャードは紅茶に口を付けながら思考の渦に意識を任せた。

 

 シエラの将来を思うなら貴族と仲をもつのは悪くない、しかしシエラがそれを望むのか? 2人は好き合っているようだが、それは男女の愛しているの"好き"では無く、友達同士が故の"好き"なのでは? となるとやはり親同士だけで決めて良い話では無い。


「正直な話、マリネスを他の貴族の嫁に出したくないのです。好きな者は好きな者同士で末永く幸せになって欲しいじゃありませんか。だからシュタイナー殿、申し訳ないのは承知の上でマリィを預かってはくれませんか? どうかこの通りです」

 

「預かるのは構いません。しかしそれならそれで娘さんにちゃんと事情は説明するべきでしょう。当人はあなた方に家から追い出されたと認識している」


 庶民に頭を下げるあたり、どうやらマリネスの両親は本気らしい。

 たが、やはりこの話は親同士だけで決めて良いものではないと考えたリチャードは「ひとまずこの話は持ち帰ります。また機会を設けて娘達もこの話に参加させましょう」とその場での婚約は賛成しなかった。


「分かりました。今日はひとまず婚約を強行しようとした謝罪を」


「いえ、それはもう構いません。娘を持つ身としては分からないでは無い考えですから。明日辺りで構いませんから一度我が家を訪れるか、迎えを寄越して娘さんに事情をお話下さい。婚約云々はその後にしましょう」


 リチャードはこうしてマリネスの両親との対話を終え、帰路に着く。

 帰りの馬車を断り、娘達と合流する為にリチャードは来た道を商業区へと向かって歩き出した。


(シエラの将来か。こうして娘の未来を予想したり心配したりするのは親の特権ではあるが。なんとも妙な感じだ、ある程度自分の未来は経験や思考から想像出来るが。我が子が絡むと全く想像出来ないとは)


 コートの襟を直しながら歩くリチャードは苦笑し、シエラとセレネの顔を思い浮かべながら住み慣れた街を歩いていく。


 一切予想出来ない娘達の未来の姿、そして全く予想出来ない自分を含む全てを取り巻く未来の形。

 両親が死に、師匠が死んだ後、パーティを組むまで見えていた灰色がかった世界とは真逆。色とりどりに輝く未来にリチャードは微笑みを浮かべる。


 しかし、そんな未来を脅かすものがいるのもまた事実。

 リチャードの脳裏に浮かぶ(邪魔者は消せば良いか)という考えは、奇しくも血が繋がっていない筈の娘であるシエラと同じ思考だった。


「さて、あの子達は今どの辺りか」


 商業区の大通りを服飾店に向かって歩き始めるが、流石に服は買い終わっているとみて、リチャードは大通りをキョロキョロ見渡しながら歩いていく。


 そして、ある喫茶店の前を通った時、後ろから「パパ?」と声を掛けられた。

 リチャードの魔力を感じたシエラが店から出て来たのだ。


「シエラ。買い物は終わったのかい?」


「ん。終わった。今マリィとケーキ食べてた。パパも一緒に食べよ?」


「ふむ、そうだな。ではご一緒しようかな」


「今日はこの店パンケーキのクリーム増量してるんだって」


「ほう。なら食べないのは勿体無いな」


 こうしてリチャードは娘達と合流。

 喫茶店にてクリームたっぷりの甘いパンケーキを楽しんだ。

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