リチャードとマリネスの両親の対面
シエラとマリネスが買い物を楽しんでいる頃。リチャードはマリネスの実家であるセルグ家の屋敷へと向かっていた。
寒さも厳しくなってきた空の下、グレーのコートに身を包み、吹いた風に身を震わせたリチャードは家から出た際の娘の薄着を思い出し「子供は元気だなあ」と呟くとコートのポケットから1枚の封書と一枚のメモを取り出した。
その封書にはマリネスの生家、セルグ家の紋章が刻まれた封蝋が施されていた。
これは昨夜、マリネスがリチャード宅を訪れた翌日、つまり今日。
朝の特訓を終え、シエラとマリネスが朝風呂を堪能していた時にリチャード宅に届いた物だった。
メモにはセルグ家の場所を示した簡易的な地図が書かれていたが、この街に住んで永いリチャードは地図に頼らずセルグ家を目指していた。
もう一枚は手紙と招待状だ。
要約すると、手紙には「急に娘を押し付けて申し訳ない、娘にバレたくないのでシュタイナー氏、一人で我が屋敷までお越し願いたい」と書かれていたので、リチャードは朝食後、買い物に行こうと娘を連れ出した後、別件があると2人と別れたわけだ。
そして、リチャードは迷う事なくマリネスの実家の前に辿り着く。
屋敷の門の前には執事だろうか、細身で口髭を蓄えた白髪で初老の男性が手を後ろで組み立っていた。
「失礼、セルグ卿に招待されて参上したのですが」
封蝋の付いた封書と中に入っていた招待状を見せながら、リチャードは執事らしき男性に声を掛ける。
すると男性は平民であるリチャードに深々と頭を下げた。
「お初にお目に掛かります。私当家の執事を勤めております。リチャード・シュタイナー様、お話は主から伺っております中へどうぞ」
「ご丁寧に。どうも」
慣れない貴族流の挨拶に苦笑いを浮かべ、リチャードは執事に案内されるままセルグ家の敷地に足を踏み入れた。
辺境伯である領主の屋敷の敷地程は広くないが、街中にあるリチャードの一軒家とは比べ物にならない屋敷の広さと庭の広さだ。
一般庶民ならその豪華さに緊張から呆然とする可能性もあるが、リチャードは王都の王城にも呼ばれた事がある為、特に緊張などはしていなかった。
そして広い噴水付きの庭を抜け、光沢輝く分厚い両開きの扉を開き、リチャードは屋敷内へと足を踏み入れた。
「貴族の方が随分と不用心では? 私が変装している賊ならどうするんです?」
「貴方があのリチャード・シュタイナー氏本人でないなら、我が主どころか、私にすら勝てませんよ。こう見えて私含め、メイドも庭師も、シェフですら。この屋敷に出入りしている者は皆主の私兵ですから」
「まあ、それは佇まいというか、気配から何となく察してますが」
「ほっほっほ。それに気付いていながら涼しい顔で着いてくる。それは貴方様がSランク冒険者であるが故でしょう。意地悪な質問ですなあ。申し訳ありませんが、しばらくお待ちください、直ぐに主を呼んで参ります」
「庶民である私から尋ねるのが筋では?」
「何を仰います。シュタイナー様は大事なお客様です。主からもシュタイナー様がいらしたら直ぐに伝えろと命を受けておりますので。メイドに客間まで案内させますので、しばらくお待ちください」
それだけ言うと、執事の男性はリチャードに一礼するとリチャードに背を向けて足早に歩き出し、耳に手を当て短距離通信魔法を発動してメイドを呼んだ。
執事と入れ替わるようにリチャードの元にやって来た茶髪を後ろで纏めたメイドの案内でリチャードは客間へ向かう。
赤い絨毯の敷かれた廊下を歩き、案内された客間は実に広々としていた。
三人掛けのソファが置けるリチャードの自宅のリビングも広い方ではあるが、この客間は三人掛けソファを横に2つ3つは優に置けそうな程だ。
広い部屋の真ん中、ローテーブルを囲むように配置されたソファに腰を下ろし、メイドが淹れた紅茶を啜るリチャード。
(おお、やはり高級茶葉は味が違うな。帰りに街で買って帰ってアイリスにも飲ませてあげよう。深いコクと柑橘系の香り、ブランドはあの店かな? あのブランドはクッキーも美味いんだよなあ)
紅茶を飲みながらそんな事を考えていると、客間の扉がノックされて開き、マリネスの両親が揃って姿を現した。
「お久しぶりですねセルグ卿」
「ああ、いやシュタイナー殿そのままで、ゆっくり寛いで下さい。最後に会ったのは娘の卒業式でしたな」
「ええまあ。あの日、娘と神隠しに会いましたから」
立ち上がって挨拶をしようとしたリチャードを制止し、逆にマリネスの父親がリチャードに頭を下げ、リチャードの座るソファの対面のソファに回り込んで腰をかける。
続いてマリネスの母親が「良くぞご無事で」とリチャードを労いながらソファに座った。




