朝の特訓
高台公園の展望広場、普段子供達が集合する為によく使っているこの場所には今リチャードとシエラしかいない。
柄の長い槍を手に構えるシエラが戦斧を構える父、リチャードと対峙する。
シエラが槍を突き出しリチャードに走り寄る。
その槍を重量のある戦斧を木の枝を振るように軽々操り、リチャードは捌き、シエラに刃を振り下ろした。
シエラはそんな父の一撃を避け、槍を手の内で回して柄の中ほどを持ち、槍の先で戦斧を振り下ろした父を斬りつける。
そんな攻防を繰り返すが、力、技術、経験、全てで劣るシエラは徐々に追い詰められ、次第に息を荒くしていった。
「よし、一旦休憩だ。槍も随分使えるようになったな」
「はぁ、はぁ。でも、でもパパにはまだ届かない」
「いや、そうでも無いぞ?」
地面に突き刺した槍を杖に見立ててしがみつき、生まれたての子鹿のように足を震わせながら悔しそうに言ったシエラに、リチャードは切れたシャツの裾を引っ張って見せる。
スッパリ切れたシャツの裾、シエラの槍が掠って出来た傷だ。
「初めて掠ったな。良くやったぞシエラ」
戦斧を地面に突き刺し、リチャードは項垂れたシエラの頭を撫でた。シエラは父に褒められた事が嬉しくて頬を緩めるが、しかし掠っただけだというのもまた事実。
嬉しいと悔しいの狭間で徐々にシエラの表情が無表情に変わっていく。
「どうした?」
「素直に喜べない」
「素直に喜んで良いんだぞ?」
少し頬を膨らませるシエラにリチャードは笑いながら少し荒く、さらに頭を撫でた。
丁度その時だった。
階段から顔を真っ赤にしたマリネスが姿を現し、階段を昇りきったところで力尽きたか「きゅ〜」と息を絞り出すような奇妙な鳴き声をあげながらその場で前のめりに倒れてしまった。
「あ、マリィが」
「ちゃんとここまで来たか。良い気概だ」
「マリィは強い子だよ、内気だけど」
「そうだな。良い魔法使いになりそうだ」
倒れたマリネスの側にシエラを抱えてリチャードが駆け寄り、シエラを降ろすとマリネスを仰向けにひっくり返し、お姫様抱っこで抱えてベンチに向かって寝かせる。
「シエラ、水を飲ませてやりなさい。シエラもしばらく休憩だ、回復魔法も忘れずにな」
「パパはどうするの?」
「私はしばらく素振りでもしているよ」
マリネスの横にシエラを座らせ、リチャードは地面に刺していた戦斧の場所まで行くとソレを引き抜き、大上段に構えて振り下ろす。
そんな素振りを何回も何回も繰り返す。
その振り下ろした圧力で発生した風が、離れた場所に座っているシエラを撫でた。
「シエラちゃん、私」
「あ、マリィ起きた。頑張ったね、偉い」
「シエラちゃんずっとこんな特訓してるの?」
「ううん。ずっと、では無いかな。パパがやっちゃ駄目って言った日はやらないし。過負荷訓練は休みの日しかやらないから」
「辛くない?」
「辛い? なんで? 強くなるのは楽しいと思うんだけど」
マリネスの疑問に、素振りをしている父を見ながら答えるシエラ。
そのシエラの目は父の素振りをまるで綺麗な花や宝石を見るように見つめていた。
「マリィはまだ休んでて。私はもうちょっとパパと特訓してくる」
「ええ! まだやるの?」
「ん。まだやるの」
そう言い残し、シエラは「これ飲んで」とマリネスが座り直したベンチの前に水球を作り出してリチャードの元に駆けていくと再び模擬戦をしたり槍の構え方や、戦場での立ち回りなどを教えてもらい、リチャードとシエラの腹の虫が同時に鳴いたのを合図に朝の鍛錬は終了。
帰宅する運びとなった。
「すまないねマリネス君。寒かったろうに」
「あ、大丈夫です先生。火魔法で暖はとってましたから。おかげ様で服も乾きました」
疲れが少々回復したか、マリネスがいつものおっとりした口調でそう言って笑ったのを見て、シエラとリチャードは微笑み「では帰ろう」と展望広場を後にしようとするが、ベンチから立ち上がったマリネスは膝から崩れ落ちてしまった。
「はれ? なんで私、立てないの?」
「ああ、随分頑張ったんだね。回復魔法を掛けるが、大事をとって私が抱えて帰ろう」
「待ってパパ。マリィは私が背負うよ」
「大丈夫かい?」
「ん。大丈夫、頑張る」
「無理そうなら言いなさい、良いね?」
「ん。分かった。じゃあマリィ、掴まって」
「ごめんねシエラちゃん」
「大丈夫だよ。私も最初そうなったから」
こうしてシエラがマリネスを背負い、リチャードが戦斧と槍を担いで3人は帰路に着いた。
そして帰り着いた自宅の前で何やらもめている3人組をシエラとリチャードは見つける。3人組はリチャードの所属していたSランクパーティのメンバーにして教え子。
シエラにとっては兄弟子、姉弟子にあたる存在だった。




