似たもの親子
魔力過負荷状態になるという事をいつだったか、リチャードは指導した子供達に「息を止めたまま走るようなもの」と話した事があった。
その事をありありと思い出していたのがマリネスだ。
体全体に魔力を高速循環させ身体能力を向上。
本来なら元の身体能力を底上げし、速く動いたり持ち上げる事が出来ない重量物を持ち上げたりする典型的な自己強化魔法であるが、そんな物を使用しておいて、やる事はジョギングだ。
速く走る為の魔法を使用しておいて速く走らない。出来るだけゆっくり走っている。
それは前に行きたがる馬を引っ張るような物で、速く動こう、力を増そうとするものを無理矢理に抑え込んで3人は走っている状態だ。
「はぁ、はぁ。シエラちゃん、先生。私もう無理です」
走り始めて数分といったところだろうか、マリネスが噴き出さんばかりに汗をかき、呼吸も荒くしていたのを見てリチャードは「構わないよ。身体強化を解いて少し休みなさい。私達は先に行ってるからね」と、言い残し、シエラと共に朝の街を駆けて行く。
「シエラは大丈夫かい?」
「ん。大丈夫、まだ行けるよ」
「そうか、大したものだ」
汗はかいているが、シエラの言葉に嘘は無さそうだった。
じんわり汗を滲ませるリチャードと額から頬にかけて汗を流すシエラは片や戦斧を担ぎ、肩や槍を担いだまま朝の街を高台公園目指して走って行く。
その後ろ姿を、遥か後方から全身汗びっしょりのマリネスが見送った状況だ。
「はぁ、はぁ。リチャード様はまだしも、シエラちゃんもこんなに苦しいのになんで、普通に走れるの」
膝に手を着き大きく息をしながら走っていく2人に少しでも追いつこうとマリネスは強化無しでゆっくり走り出す。
気弱な子だが芯は強いのだろうな、とリチャードは肩越しに後ろを振り返り、走り出したマリネスを確認すると再び前を向いて歩を進めた。
しばらく走り、リチャードとシエラは高台公園に到着。
結局シエラは最後まで走り切ったが、広場に続く階段の前でマリネスと同じように限界を迎え、地面に尻餅をついた。
「大丈夫かい?」
「つ、つか、れたあ。はぁ、はぁ。パパは、平気、なの?」
息も絶え絶えといった様子のシエラが未だに身体強化魔法を解除していないリチャードに問い掛けると、リチャードはニコリと笑うと「いや、正直疲れたよ」と言って笑った。
シエラほど汗もかいてなければ息が上がった様子もなく、その様子に娘は父を誇らしく思う。
「パパは、やっぱり凄いね」
「遜るつもりはないよ。パパは20年鍛えてるんだからな」
身体強化魔法を解除し、娘を抱き上げ高く持ち上げると、リチャードはシエラに言う。
「私のような凡才でもここまで来れたんだ。きっとシエラならいつか私を優に超える冒険者になる」
「勇者じゃなくて?」
「これは私の考えだが、勇者というのは自分からなるもの、目指すものではなく、成した功績、人柄、力や知性、それらを目の当たりにした他人がそれらを持つ者を勇者と呼ぶんだ」
「ん。でもやっぱり私が目指すのはEXクラスの冒険者だよ」
「そうだな。だが結局そこまでいくと周りからは勇者と呼ばれそうだがね」
リチャードはシエラを下ろし、頭を撫でると水魔法で水球を作り出しその水球から水を手で掬うと顔を洗い、もう一度掬い上げては水を口に運び一息入れる。
その様子を見ていたシエラも拳程の水球を目の前に作り出すと直接それを口で啜った。
「さてもう一息、階段を上ったら鍛錬再開といこう」
「ん。あ、パパ。剣忘れてる」
「ん? おやしまったな暖炉の側に立て掛けたままだったか? 物忘れか。やれやれ、歳は取りたくないね」
「パパがお爺さんみたいな事言ってる」
「ははは。確かに、まだ少しばかり早い発言だったかな? まあ忘れたのはお互い様のようだ、今日はこの二本で鍛錬としようか」
リチャードに言われ、シエラも自分が最近使っている父のショートソードを腰に携えていない事に気が付きベルトを触るが、無いものは無い。
そんなシエラが少し恥ずかしそうに「パパと一緒だね」と笑うものだから、リチャードはそれが嬉しくなりシエラに微笑んで頭を撫でるのだった。
「よし、では足元に注意して、駆けるぞシエラ。着いて来れるか?」
「ん。着いてく」
2人は同時に走り出す。
日が昇り、綺麗な水色に染まった空には白い雲が心地良さげに漂っていた。




