シエラとマリネス
シエラとロジナが向かったギルドにはマリネスの姿だけがあり、リグスとナースリーの幼馴染みコンビはまだ来ていないようだった。
2人が来るまでに朝食を食べようと言う話になり、シエラとマリネスはギルドの中へと足を踏み入れる。
そして、ギルドに併設されている食事処に向かうと、銀狼ロジナという従魔を連れている事もあり二人は壁際の端の席に座った。
「今日はロジナさんも一緒なんですね」
「ん。ロジナに敵役をお願いしようかなあって思って」
「お嬢様の願いでしたらこのロジナ、誠心誠意務めさせて頂きます」
父リチャード経由で契約しているシエラにはロジナが言葉を話しているように脳に響くが、契約していないマリネスにはシエラの言葉にロジナがワンワンと鳴いているようにしか聞こえず、同意しているのか拒否しているのか分からずに首を傾げる。
「ロジナは引き受けてくれるって」
「そうなんですねえ。ありがとうございますロジナさん」
「いえいえ」
マリネスの言葉にワンと鳴いて答えるロジナ。
そんなロジナにマリネスが微笑み、その微笑んでいるマリネスを見てシエラも同様に微笑んだ。
談笑している間にリグスとナースリーがやって来たので追加で朝食を頼むが、先に注文していたベーコンエッグを挟んだサンドイッチが到着したのでそれを頬張りながらシエラは友人達に妹の名前が決まった事を嬉々として話し「私はお姉ちゃんになります」と得意げに笑った。
「へぇ〜。セレネちゃんかあ可愛い名前だねえ」
「ん。ありがと」
「でも子供産むのってスゲェ大変なんだってなあ。母ちゃんが言ってた、滅茶苦茶痛いんだって」
「リグスの馬鹿! なんでそんな事言うの!」
デリカシーが少しばかり無い、空気の読めないリグスの発言にリグスの隣に座っていたナースリーのビンタがリグスの顔を打つ。
パーンッと紙袋でも破裂したのかと思う音が食事処に鳴り響き、リグスの顔面に見事な紅葉マークが刻印された。
「あイッタァア!」
「リグス、私も殴って良い?」
「ごめんて! まてシュタイナー、お前のグーパンチはマジで洒落にならん!」
ナースリーのビンタに続き、見せ付けるようにシエラが拳を握る。
その様子をマリネスが苦笑いしながら眺めるが、マリネスにしてもリグスが悪いと思っているのか、止めようとはしなかった。しまいにはロジナまでリグスに甘噛みする始末だ。
「さあ、冗談はここまで。ご飯食べたら地下に行こう」
「ちょっとシュタイナーさん? この犬に離せって言ってくれないか?」
「ロジナ、もう良いよ。次は本気で噛んでやって」
「そんな事されると腕が無くなっちまうんだわ」
騒がしい朝食を終え、4人と1頭は食事処を後にしてギルドの受付の前を通り過ぎ、地下鍛錬場へと続く廊下を進み階段を降りてゆく。
朝早いからというのが大きな要因なのだろう、広い地下の鍛錬場にはシエラ達以外の姿は無かった。
「じゃあロジナ、よろしく」
「畏まりましたお嬢様」
シエラの言葉にロジナは吠えると、鍛錬場の中心まで駆けて行く。そして、魔力を契約の首輪に流し込むと縮小魔法を解除。ロジナは本来の馬程もある体躯へと戻る。
「じゃあ私とリグスでロジナを抑えるから、ナズとマリィで攻撃魔法ね。ロジナは強いから、手加減しなくて良いよ」
「うわぁ。デカくなると可愛げ無いなあ」
「ロジナ、リグス狙いで」
「ごめんなさい! 冗談ですロジナさん!」
そんなこんなでシエラ達は鍛錬を開始した。
本来ロジナの原種であるグレイハウンドはBランク冒険者パーティが相手にする魔物であるが、グレイハウンドの希少種であるシルバーハウンドであるロジナの戦力たるや、Aランク冒険者が相手にせねば討伐は難しい魔物だ。
そんなロジナとシエラ達は戦っている。
とはいえロジナからすれば戯れている程度の認識だ。
主人の娘とその友人達と遊んでいるくらいにロジナは思っているが、その力は子供達にとっては脅威でしか無い。
シエラとリグスが木剣で打つも岩にでも打ち込んだかの如く弾き返され、ナースリーやマリネスが放った魔法はロジナの体毛を焼く事すら叶わない。
側から見れば絶望的な戦いに挑んでいる子供達の図でしか無いのだ。
「ちょっとタンマ! 剣折れたわ」
「分かった。休憩しよう。ロジナ、休憩しよ」
こうして休憩を挟みつつ実戦さながらの鍛錬を繰り返すので、前衛のシエラとリグスには生傷が絶えなかったが、魔法使いの2人の魔法もある為、回復には困らなかった。
しかし、ナースリーもマリネスも効かないなりに魔法を使い続けている為魔力が底を尽き掛けているのか、シエラとリグスの傷を治すと2人とも地面にへたり込んでしまう。
「申し訳ありませんお嬢様、やり過ぎましたか?」
「いや。大丈夫だよロジナ、上手く出来てる」
「ありがとうございます。お父様から手加減のコツを聞いていて幸いでした」
「パパなんて言ってたの?」
「同胞と戯れていると考えるくらいが丁度良いと」
「パパは私達の事を過大評価し過ぎだね」
「そうでしょうか? 私は相応だと感じておりますが」
シエラの頬に自らの鼻先を擦りながら言うロジナの顎下をガシガシ撫で、シエラは微笑む。
こんな鍛錬を行っているのはシエラ達だけだ。
昼を過ぎて他の冒険者も鍛錬場にやって来たが、ロジナを見るなり顔を青くして鍛錬場の端でシエラ達の鍛錬を眺めていた。
ロジナの首に従魔の首輪が無ければ恐らくその冒険者達は上に助けを呼びに行っていただろう。
シエラ達がロジナとの鍛錬を終えたのは昼食を挟み、鍛錬場の壁際に置かれている柱時計が4回鐘の音を鳴らして夕刻を告げた頃だった。
「歯型やべぇ、治してナズ」
「はいはいリグス。動かないでねえ」
「シエラちゃん、怪我無い?」
「ん。大丈夫、ちょっと腕擦りむいたけど」
「治すね」
こうして4人は鍛錬を終了。
明日は1日休みにし、明後日クエストを受けようと予定を立て、ギルドを出るとリグスとナースリーは一緒に家のある商業区方面に向かって行った。
シエラも帰ろうとするが、いつもなら貴族の住む高級住宅区へ向かうはずのマリネスが今日はどういう訳か、シエラに着いて来た。
「どうしたの? 帰らないの?」
「あの、えっと。もっと早くに言わなきゃだったんだけど」
「何かあった?」
「家を追い出されちゃって」
「え⁉︎」
「ああ! ごめんなさい違くて。厳密には追い出されたんじゃなくて。私の家って両親も兄弟も冒険者経験があって、それで12歳になったら家を出てしばらく帰って来ては駄目だっていうしきたりがあるらしいの」
これはもちろんマリネスの両親が口からデマカセを吹き込んだのだが、マリネスが執事やメイドに聞いても遠い目をしながら両親の言う事が正しいと言うものだからマリネスは困り果てていた。
それが平民だろうと貴族だろうと、強者との縁を持ちたがるのはこの国の貴族特有である。
マリネスの両親にしてみれば例えシエラが女だろうと、娘のマリネスとこの国のSランク冒険者の娘、シエラとそういう仲、恋仲になって欲しかったのだ。
「家、部屋いっぱい余ってるから来る?」
「だ、駄目だよいきなりそんな。アイリス様も大変な時期だし。シエラちゃんどこか宿知らない? リグス君とナズちゃんに聞けば良かったのに楽しそうに話してたから邪魔しちゃ悪いと思って聞けなくて」
「宿は知ってるけどマリネスを1人にすると私が心配になるから教えない。だから観念して私の家に泊まって」
シエラはマリネスの手を握ると、真っ直ぐマリネスの目を見て言い、繋いだ手を引いて自宅へと向かい始めた。
こうなるとシエラは止まらない。
その事をよく知っているマリネスは半ば引きずられるようにしてシエラに手を引かれて歩いて行くのだった。




