妹の名前
シエラが夕食を食べ終わるのを待ち、リチャードとシエラが食器をキッチンに運び終わると、親子3人はいつもの団欒を過ごすべくリビングへと向かった。
妊娠してから約10ヶ月、鑑定医からはそろそろ出産が近いと言われる程にお腹の膨らんだアイリスは少し歩き辛そうだ。
リチャードはそんなアイリスに手を貸し、シエラはアイリスの前を歩いて転倒しても大丈夫なようにと肩を貸す。
「ちょっと気を遣いすぎじゃないかしら?」
「まあそう言わないでくれ。これは私達がしたくてしてるんだから。なあシエラ」
「ん。ママと妹が大事だから、力になりたい」
「分かった、分かったわ。じゃあソファまでお願いね」
こうしてアイリスをリビングに導き、暖炉に向かって置いている2人掛けのソファに座らせると、シエラはソファの背もたれに掛けていたブランケットを広げてアイリスの膝に乗せて、自分は暖炉の前に敷いてある絨毯に靴を脱いで上がり、アイリスの前にちょこんと座ると膨らんだお腹を触った。
「ちょっと動いてる」
「ええ。元気な証拠だわ」
自分のお腹を触るシエラを撫でながら、アイリスは微笑む。
そんなアイリスにリチャードが水の入ったコップを渡した。
「レモンの果汁入りだ。飲めるかい?」
「ありがとうリック」
リチャードからレモン果汁入りの水の入った木製のコップを受け取りそれを、ひと口、ふた口と飲み込んでいくアイリス。
リチャードはアイリスが水を飲み終えるのを待ち、空いたコップを受け取ると、もう一度み水を入れてアイリスの座っているソファの横のサイドテーブルに置く。
そしてアイリスの横に並んで座ると、シエラを呼び寄せ膝の上に乗せた。
「さて、では何回目だったか、名前を決める為の会議を行おうか」
「思い付きはするんだけどねえ。いざとなると、コレだ! っていうのがねえ」
リチャードの言葉にアイリスが手の指先に魔力を集中。
その魔力を放出しながら宙に字を描くと、魔力の残滓が空中に文字を残して浮かび上がった。
要は魔法陣を描く要領で空中に文字を、産まれてくる娘の名前を書いてリチャードとシエラに見せたのだ。
すぐに消えてしまう為に記録としては残らないが、読むだけなら十分な時間、青白い魔力で形どられた文字は宙を漂う。
その宙を漂う文字を見て、暖炉の火で暖をとりに来たロジナが尻尾をブンブン振った。
「ロクサーヌか。演劇女優にそんな人がいたな」
「あ! ああそうだわ。考えてる時になんだか聞いた名前だなと思ってたんだけど。女優さんと被るかあ」
「被っちゃ駄目なの?」
「駄目というか、名前は一生物だからねえ。有名な女優さんと同じだとこの子がずっとその女優さんを知ってる人に『あの女優さんと同じ名前かあ』みたいに言われるかも知れないじゃない? それがちょっとね。この子の為にはならないと思うから」
「やはりちゃんと意味を持った名前が良いか? いや、それこそ親のエゴになるか?」
「パパもママも、考え過ぎだよ。ふわぁ」
リチャードに体を預け、夕食後腹一杯状態で暖炉に体を暖められているシエラが眠気に襲われ欠伸をしながら言う。
それから3人で新しい家族の名前を考え始めてしばらく経った。
パチパチと薪の燃える音を聞き、暖炉の火の揺らめきを見ながら、シエラは宙に手を伸ばしてアイリスと同じように指先に魔力を込めた。
「私はパパから貰ったシエラっていう名前が好き。大好き。だからパパが付ける名前なら、きっと妹も喜んで、くれるよ」
リチャードに抱っこをしてもらっている安心感からかシエラの瞼が重たくなっていく。
そんな状況でシエラは自分の名前を空中に書こうとするが、予想以上に疲れていたのか、名前の綴りは間違えてしまうわ、浮かび上がった文字はふにゃふにゃだわでリチャードとアイリスには正確に読み取ることが出来なかった。
「お眠かいシエラ。ええっと。セ、レ、ネか? ほう、月の女神セルネリカ様の名から頂くのか。シエラが空という意味だしこれは中々良いのではないか?」
「空に月って事ね。星でステラなら考えてだけど、セレネかあ。良いかも」
アイリスが視線を落としお腹をさすりながら言うが、反応が無いシエラにどうしたのかと視線を向けると、シエラは力無くリチャードに体を預けて幸せそうな顔で眠ってしまっていた。
「あら、シエラちゃん寝ちゃった」
「おや、せっかくシエラの考えた名前にしようと思ったんだが。まあ明日伝えるか。シエラを寝かせてくるよ。少し待っててくれ」
「私も行くわ。もう遅いしそろそろ私達も寝ましょ?」
「そうだな。ではそうしよう」
シエラを抱えて立ち上がったリチャードは水の魔法を使って空中に水球を作り出すと火挟みで暖炉の中の薪を回収。
水球の中に放り込んで暖炉の消火を行うと、水に濡れた薪を取り出して暖炉の横に立て掛け、火挟みを片付けると今度は片手を洗い水球を消した。
消火作業を終えたリチャードはシエラを抱えたままアイリスと手を繋ぎ、寝室へと向かう。
そして今日も3人、クイーンサイズのベッドに並んで眠るのだった。




