シエラの決意
シエラ達がギルドに到着した頃にはすっかり日が暮れてしまっていた。
ホーンラットの角の入った麻袋を担いだリグスとシエラは血まみれだ。
もちろん2人の血では無く、全てホーンラットのから吹き出した返り血である。
「臭い」
「なあ、ギルドに入る前にせめて返り血洗い落とさねえか?」
「ん。分かった」
「ちょ、ま‼︎」
リグスにしてみればギルドに入る前にギルドの裏手の井戸のある洗い場で返り血を落とすつもりで言ったのだが、シエラの即断即決によりシエラが頭上に作り出した水球からの放水で、リグスとシエラは返り血を落とす事は出来たものの、頭の先から足の先までずぶ濡れになってしまう。
「あーのーさー。なぁんで急にこういう事すんの?」
「ん。冒険者は決断力が大事だから」
「時と場合によるんだわ。っあー! さみい! もう良いや。早く中入ろうぜ」
2人してずぶ濡れのままシエラ達4人のパーティはギルドの中に足を踏み入れる。
そしてそのままギルドの受付にクエスト完了の報告に向かったのだった。
「こんばんは職員さん。ホーンラットの討伐クエスト終わりました」
「やあシュタイナーさん。ちょっと待ってねぇ。ああ、あったあったホーンラットの討伐クエストね。あれ? 昼過ぎから行ってたのかい? 珍しく時間が掛かったんだね。まあ、怪我はしてないみたいだし良かったよ。じゃあ討伐を証明出来る物、角か尻尾を出してくれるかな?」
受付に座っていたギルドの男性職員の手元のクエスト受付用紙には、クリア条件にホーンラットの討伐とだけ書かれており、報酬は歩合制となっていた。
男性職員はシエラ達が数頭倒して帰って来たんだろうなと思っていたが、受付の台の上に置かれた麻袋からは予想の倍以上のホーンラットの角がジャラジャラと出て来たものだから、男性職員は目を丸くしてシエラ達を見た。
「こ、この量は」
「全部街の直ぐ近くにいたヤツです」
「これ全部君達で? はぁ〜流石は、と言うべきでしょうか。コレはちょっとギルドマスターに色々。ああいや、報酬を直ぐに持って来ますね。ちょっと待ってて下さい」
そう言って男性職員はホーンラットの角を麻袋に入れ直すとそれを持って解体場へ移動。
それからしばらく待っていると男性職員は報酬の金銭が入った袋を持って受付に戻ってきた。
「分配は君達で決めるんだよ?」
「ん。大丈夫」
「あと、うーん。やっぱり見習いの実績値じゃないよなあ。君達のパーティリーダーは誰だい?」
「リグス」
「え?」
「は?」
報酬の袋を受け取った際に男性職員が言った言葉にシエラが間髪入れずに答えるが、その答えに素っ頓狂な声を出したのは誰あろう、名指しされたリグス本人とナースリーだった。
「リグス君、君がパーティリーダーなんだね?」
「いや、いやいや違います! こいつ、シュタイナーがパーティリーダーです!」
「そうなの? じゃあ私がパーティリーダーです」
「ははは。もしかして決めてなかったのかな? とりあえずまだ確定では無いけど、ホーンラットをアレだけ狩れるのに見習いにしておくには惜しい。と、ギルドの職員として判断したので昇級試験を受ける事が出来るようにギルドマスターに話をしようと思うんですが。如何でしょう」
ギルドの男性職員の言葉に驚いたのはシエラを除く3人だった。いや、シエラも驚いてはいたが、理由に思い当たる節があったのだ。
帰郷してからというもの4人で受けたクエスト数は決して多くはなかったが、達成率で言えば100%だ。
まだ十代前半の少年少女で構成されている冒険者見習いのパーティにしてこれは破格の実績だ。
特に今日のホーンラット退治は冒険者見習いが容易にこなせる討伐数では無いというのは男性職員の反応からもありありと予想出来た。
「皆どうする? Cランク、カジュアルに上がれば本格的に冒険者として働く事になるけど」
「つってもまだ確定じゃ無いんだろ? ギルドマスターから正式に話来てからで良いんじゃねえか?」
この世界の冒険者は見習いから始まりCasual、Better、Ace、Superiorと見習いを含めて5段階にランク分けされており、上位になればなるほどクエストの難易度と報酬は跳ね上がる。
さらに言えばSランクの上にもう一つExtraランクが存在するが、これは名称の通り特別だ。
シエラの父、リチャードが目指し、そして挫折した最高位。
他国への抑止力にもなり得る英雄のような存在がEXランクと呼ばれる冒険者であり、今のシエラの目標でもある。
「私は、Cランクになりたい」
「それは分かってるって。だからまあ今はギルドマスターから話が来るの待とうぜ。今日これから話が決まるわけじゃないんだし。報酬分けて帰ろう、腹減ったよ俺」
「そうだねえ。お腹減ったねえ」
「ん。それは確かにそう」
「私達はシエラちゃんに着いて行くから、今度は皆でCランクになろうね」
「そうだぞシュタイナー。今度は急にいなくなるなよ?」
こうしてシエラ達はCランクへの昇級の意志がある事を男性職員に伝え、ギルドを後にしようとしたが、報酬を四つの小袋に均等に分け、さあ帰ろうと受付に背を向けた際に「ああそうそう」と、男性職員がシエラを呼び止めた。
「シュタイナーさん、皆さんでパーティ名も考えておいて下さいね?」
「パーティ名。ん。わかりました」
わかりました。と、安請け合いしたシエラは帰路の途中で気がつく事になる。
シエラは産まれてくる妹の名前と、パーティ名、両方を考えなければならなくなった。
考えなければならない、というよりは"考えたい"というのが正しいか。自分を産んだ両親に捨てられ、一時は全てを放棄して死のうとも自分が、リチャードに拾われてからは全てが一変した。
リチャードに迎えられ、アイリスに甘える事を許され、友人に恵まれ、まだ見ぬ妹の誕生を待ち焦がれる。
連れて来られたこの街で捨てられた時には想像すらできなかった幸せが今のシエラを形作っている。
シエラは考える。
どうすれば恩を返せるか、どうすれば皆が幸せになってくれるか。どうすれば長く皆と暮らせるか。
シエラはこの内に生まれた疑問、愚問に一つの結論を視る。
強くなろう。
誰にも負けないくらい。皆を守れるくらい。
魔物だろうが敵国だろうが、魔族だろうが、魔王だろうが関係ない。
今の両親や友人を脅かすなら、この幸せを取り上げられるくらいなら、それら全てを打ち果たそう。
要は邪魔者は消すと、シエラの内に決意にも似た、少しばかり後ろ暗い感情が芽生えてしまったのだった。




