ホーンラット退治
街を出る前、シエラ達四人は街を囲む石壁に設けられた大門を守る門兵の詰め所に顔を出し、顔馴染みの門兵に外に出る事を伝えて街の外に踏み出した。
門から伸びる街道の側には寒くなってきたとはいえ、未だに芝の絨毯が青々と広がり、所々に青や黄色の花を咲かせている。
そんな光景を眺めながら魔物の気配の感じられ無いその場所で、リグスがふと疑問を口にした。
「街から出て直ぐの場所にホーンラットが出るってのも変な話だよなあ。普段あいつらってもっと南の暖かい場所で暮らしてる筈だろ?」
「理由はいくつか考えられるけど。それは私達が考える事じゃないよ。今はクエストに集中しよ」
「まあ確かに原因を調べろっていうクエストじゃねえしなあ。じゃあまあシュタイナーの言う通り、地道に探すかあ」
「待って。探ってみる」
鞘から剣を抜き、街道から外れようとしたリグスを呼び止めると、シエラは目を閉じて魔力を集中。
薄く薄く。練った魔力を紙の薄さでもって広げるイメージで体外に放出。
少し前に両親に教わった探索魔法、マジックソナーをシエラは発動した。
シエラの頭の上に漂う水色の輪が天使の頭上に輝く光輪のようだ。
目を閉じ、何も見えないはずのシエラの視界に青く揺らめく炎のような物が自分を中心に街道から少し離れた茂みの中から複数感じられた。
その青い炎のような反応がホーンラットの魔力である事を確認する為に、シエラは目を開いてマジックソナーを解除すると剣を抜く。
そして、自分の言葉を待つ三人に「向こうに何かいる」と先程魔力を感じた茂みの方を指差した。
「シエラちゃん、マジックソナー当たり前みたいに使うよねえ」
「私、まだ使えません」
「私もだよ」
シエラの後ろで魔法使いの二人、ナースリーとマリネスが溜め息を吐き、肩を落とす。
しかし、シエラはそれが何故なのか分からず、首を傾げると「大丈夫? 体調悪い?」と二人に聞くのだった。
「大丈夫、大丈夫だよ」
「今日は止めておく?」
「本当に大丈夫だから気にしないで良いよ!」
本気で心配してくるシエラに申し訳なくなり、冗談もそこそこに、ナースリーは誤魔化すように笑うとリグスの隣に立って「よし、行こう」とリグスの手を引っ張って茂みに向かって歩き始めた。
シエラも腰の鞘から剣を抜いてリグスとナースリーの後に続く。
そして茂みに近付くと、その茂みから飛び出すようにホーンラットが姿を表した。
成人男性の頭部ほどもある巨大な鼠、その眉間から伸びる一本角。故にホーンラット。
灰色より黒に近い体毛は針に近い硬度を持ち、体当たりをまともに喰らえば大人でも大怪我を負いかねない。
そんなホーンラットに、リグスとシエラが左右に分かれて仕掛けた。
「うりゃあ!」
「リグスうるさい」
左右から同時に斬りかかられたホーンラットはリグスの声と急な斬撃に驚いたのか、シエラの方に向き直って突撃。
突撃してきたホーンラットに対してシエラは剣を担ぐように構えた。
そんなシエラにホーンラットは飛び掛かるが、それが悪手だったと理解した頃にはホーンラットはシエラの袈裟斬りで斜めに真っ二つとなる。
噴き出る鮮血がシエラの頬に一筋の線を引き、シエラはそれを拭うとホーンラットの角を手で折り、討伐の証とした。
しかし、シエラが確認したホーンラットの魔力は複数存在していた。
茂みの向こうに潜んでいたホーンラットが仲間の死を感じ激昂して子供達に襲い掛かってきたが、シエラやリグスが前衛として足止めを行い、魔法を得意とするナースリーとマリネスが背後から【ファイアアロー】や【マジックアロー】などの単体に有効な魔法でホーンラットを撃破していく。
その数、十匹以上。
これはもはや見習いのクエストの量分を超えていたが、シエラ達は危なげなくホーンラットを撃破せしめた。
というのもクエストの合間、暇な日などにリチャードがシエラのパーティを指導していた事が要因の一つなのだが。
それ以前から、それこそリチャードとシエラが行方不明になっている間に、リグスやナースリー、マリネスは顔見知りである緋色の剣の面々に鍛えて貰っていたのだ。
いつシエラが帰って来てもパーティを組めるように、帰って来なくてもいつか探しに行けるようにと。
「その堅い角を良く手で折れるな」
「コツがあるんだよ。こう根元を抑えて」
「いや、無理だからな?」
こうして探知出来たホーンラット全てを仕留めたシエラ達は角を回収してそれを麻袋に入れると、今度は皆でホーンラットの体内にある魔石の回収を始めた。
「流石、お肉屋さん。解体早いね」
「父ちゃん兄ちゃんの仕事手伝ってるからな。こればっかりはシュタイナーにも負けねえよ」
「ん。勝てないと思う」
肉屋の息子、リグスを筆頭に魔石を回収した後は手分けしてホーンラットの死骸を一箇所に集め、最後に死骸に火を付ける。
弔い、という訳ではない。
アンデッド化を防ぎ、尚且つ魔物の焼ける匂いで他の魔物除けにする為に街の近くで魔物を殺した場合そうする決まりになっているのだ。
「はあ〜。疲れたあ。日が落ちて来ちゃったなあ。そろそろ帰ろうぜ」
「ん。そうだね。帰ろう」
ホーンラットを焼き終えた頃にはすっかり日が暮れていた。
クエストを終え、一息つくシエラたち。
そんな四人を労うかのように一番星が紫色の空に輝き、少し冷たい風が地面に座るシエラ達の間を吹き抜けるのだった。




