宿場町での夜
野盗の襲撃なんのその。
子供たちだけで危機とも呼べない危機を脱した一行は、本日宿泊する街道沿いに広がる小さな町に到着した。
時間は夕暮れ時。
一行はまず冒険者ギルドへ向かい、アルギスが召喚した魔物たちが送った野盗についての対応と処理を行い、手配されていた野盗の分の賞金を貰った。
そのままギルドに併設されている酒場で夕食を済ませ、一行は宿へ向かう。
「初めて来る町で寝泊まりするってなんか落ち着かねえなあ」
「野宿がいいならリグスだけ外で寝る?」
「酷くね? 誰も嫌だなんて言ってねえだろ」
「ほらほら喧嘩しないの」
子供たちが乗る馬車の荷台は賑やかなものだ。
みんな、なんだかんだでワクワクしているのだろう。
リグスの言葉に冗談っぽく鼻で笑ったシエラ。
そんなシエラに更に言い返したリグスを幼馴染のナースリーが止めた。
そんな時だった。
馬車が停止して、御者が荷台の扉を開いた。
「本日の宿に到着しましたよ。今日はここで休んで下さい。明日には王都に到着する予定です」
「はーい。ありがとうございます」
御者の言葉に返事をすると、シエラたちは馬車から出る。
そこには先に馬車を降りていた両親と妹、ロジナ、ついでにアルギスの姿もあった。
「さて、部屋割りはどうするかね?」
「部屋が空いてるなら僕は一人部屋がいいなあ。君たち家族と一緒はちょっと申し訳ないし、カップルと同じ部屋に泊まるのも、ねえ?」
ねえ? と、聞きながら、アルギスがリグスとナースリーに向かってニヤニヤした笑顔を向けた。
そんなアルギスにナースリーは顔を真っ赤にするが、リグスは負けじと冗談ぽくニヤッと笑って返す。
「そうっすねえ。二人でゆっくりしたいんで、俺たちもアルギス先生は一人の方がいいと思いますよ?」
「お? 言うねえ」
「はっはっは。なら私たちは家族で。リグス少年とナースリーくんがペア。アルギスは一人個室だな」
アルギスとリグスのやり取りに笑い、リチャードがそう言って宿に入っていったので、シエラたちはそのあとに続いて屋内に向かっていく。
「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」
「大所帯なんだが、構わないかい?」
「大歓迎です。部屋数は十分空いてますので」
「ありがとう。私と妻、娘三人の五人と、こっちの二人、後ろの男、御者の二人分で部屋を分けて用意して欲しい」
受付をしたのはシエラの父であるリチャードで、そんなリチャードが御者の分まで金を出そうとしたので、後ろで受付待ちをしていた御者の二人が慌てて前に出てリチャードの側に立った。
「シュタイナー様! 私たちの分は構いません、ギルドから経費として出ていますので」
「いやいや、コレは私が勝手にやってる事なのでお気になさらず、明日も快適な馬車の旅をお願いしますよ」
「受け取っておきなさい。この人はこういうこと言い出すと譲らないんだから」
「マスター。あ、いえ失礼、今はシュタイナー夫人でした」
「夫人。なんか良いわねこの呼ばれ方」
などと言っているうちにリチャードは人数分の料金を受付の女性に手渡してしまう。
御者の二人はそんなリチャードになんとも申し訳なさそうな顔でペコペコと頭を下げたり、感謝の言葉を綴っている。
「では、ご家族の部屋は一階の大部屋に、そのほかの方たちは二階の客室になります」
「ありがとう。世話になります」
「いえいえ。それでは良い夜を」
受付からそれぞれ鍵を受け取り、一同は別れて部屋に向かう。
リチャードと、セレネを抱えたアイリスが連れ立って歩く後ろにシエラとマリネスが続いて歩くが、そこまで何も話していなかったマリネスがどこか暗い顔をして目を伏せているのに、隣を歩いていたシエラが気にかけて呟くように「どうしたの?」と、声を掛けた。
「せっかくの旅なのに、私、シエラちゃんたちと同じ部屋で良かったのかなあって思って」
「私たち将来結婚するんだから別に良くない? 今更だよマリィ」
「そうかなあ? あれ、今シエラちゃん」
二人の関係は現在仮の婚約状態である。
とはいえリチャードが出した条件は二人が成人である十六歳を迎えても気が変わっていなければというもので、まだ正式な婚約状態ではない。
しかしこの度、無意識だったのだろうが、シエラは明確にマリネスと結婚すると宣言した。
そのことに、マリネスは暗い顔から一転、頭から煙でも出そうなほど顔を真っ赤にしていた。
「マリィ顔赤いよ? 大丈夫? 熱でもあるの?」
言いながら、シエラはマリネスの頬に手を触れる。
これが止めになった。
頬を触れられ、照れが限界突破したマリネスはその場にへたり込んでしまったのだ。
突然のことに驚いて、シエラがあたふたするが、一部始終を眺めていた後ろのリグスやナースリー、アルギスは苦笑しながら二人の横を通り過ぎていく。
「おいおい仲良いなあ」
「良かったねマリネスちゃん」
「君たちも部屋別にしてもらったほうが良かったんじゃない?」
通り過ぎながら、シエラを揶揄う男子二人。
その二人に、シエラはポーチに格納していた魔銃剣を抜いて銃口を向ける。
それを見て、リグスとアルギスは顔を青くし、全力で走って階段を上って行ったのだった。




