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Sランク冒険者に育てられた少女は勇者を目指す  作者: リズ
寒冷期事変

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地龍に救いを

「アナタは誰?」


 シエラのその問いに、地龍は困った様子でため息の如く、鼻から息を吹き出した。

 

「私は六柱の神に創られた始まりの龍がいち、地龍の」


 そこまでシエラの問いに答えた地龍が口をつぐんで、何やらその口をモゴモゴと牛が反芻するように動かしている。

 どうしたのかと疑問に思い、シエラとリチャードは顔を見合わせると、地龍が申し訳なさそうに項垂れた。


「すまないね。もう自分の名も忘れてしまった」


「自分の名前なのに?」


「ああ〜。もう随分と生きていて耄碌もうろくしてしまったようだ。思い出したくても思い出せん」


 地龍の声は穏やかだった。

 まるで近所に住むご老人のような雰囲気の地龍に、シエラとリチャード、アルギスはすっかり警戒を解いてしまっている。

 むしろ、リグスやナースリー、マリネス達3人の子供達の方が警戒している。


「長い、何百年か振りに目を覚まし、永遠に続く命を終わらせてもらいたくて、似た力の波動を感じ歩き出したのは良かったが、出会ってみれば小さな人間。なあ、そこの黒いの。アンタ、一体何を体に住まわせている? 何を取り込んだ?」


 地龍が疲れたと言わんばかりにその場に伏せ、口をゆっくり動かした。

 言葉と口の動きは全くと言って良いほど合っていない。

 どうやら人間が話している仕組みとは違う仕組みで話しかけてきているようだ。


 地龍の問いに、黒いの。アルギスは「さてね」と、手をヒラヒラ振って見せる。


「太古の遺跡の奥の奥、旅先でたまたま見つけた龍の心臓。僕はそれをただ取り込んだだけさ。研究目的でね」


「よく適合したものだよ。本来なら体が爆ぜて跡形も残らないだろうに」


「運が良かったのさ。数ヶ月ほど意識不明にはなったけどね」


 ヘラヘラ笑うアルギスに、地龍は呆れたように息をついた。

 そして重そうな体を重たそうに持ち上げ、地龍は石の床に座り込む。


「まあ良いさね。ではその強大な力でもって私を殺してくれ。頼む、私は生きすぎ、巨大になり過ぎた。外界にある殻は最早歩く災害にしかならん。不死など、求めるものじゃないねえ」


 地龍の過去に何があったかは知らない。

 だが、シエラ含め、そこにいた皆が「不死は嫌かも」と考え顔をしかめていた。


「本当に君は死なないのかい?」


「うむ。死なん。私はもはや生き物としての次元を超えてしまっている。このダンジョンのコアとして、例え一時的に死にはしても魔力が貯まれば魔力素子からでも再生してしまうのだ」


「神の御業。いや、それはもはや、呪いだ」


 魔力を形造る分子である魔力素子。塵より更に小さい粒になっても生き返る。

 物理的にも概念的にも死ねない事がいかに辛いか、想像していたリチャードが口元に手を当て眉をひそめた。


「流石に僕も不死身の龍は殺せないんだけどなあ」


「頼む。同じ力を持つ其方なら、私を殺せる筈だ、取り込んでくれても良い、頼む。頼む」


 涙は見えなかったが、地龍は泣いているように見えた。

 俯き、項垂れ、太い前脚を地に着ける様はまるで土下座をしているようにすら見えた。


「まあまあ。僕には無理だけど、彼女なら出来るよ。紹介しよう、今代の勇者様にして君の運命を断ち切ってくれる者シエラちゃんだ」


 そう言いながら、アルギスはシエラの後ろに歩いて行くと、シエラの背中を押した。


「この小さいのが今代の勇者殿とな? 本当かい?」


「本当も本当。水の女神アクエリア様の巫女にして、因果を断ち切る聖剣に選ばれ者だよ。ね?」


「私は別に勇者を自称してないけど。聖剣に選ばれたって言うのら、本当かも」


 言いながら、シエラは背中に携えていた聖剣に手を伸ばして抜き放つと、地龍に良く見えるように地面に聖剣を突き刺した。


「おお。それはまさしく勇者の聖剣。懐かしい、いつの時代だったか、過去にその剣を持った若者と旅をしたのを覚えているよ。自分の名すら忘れても、あの日々だけは忘れるものかね」


 驚いたのか、地龍の目が丸く見開かれ、爛々と輝きを放つかの如く潤んでいった。

 昔を懐かしんでいるのか、悲しんでいるのか、地龍の喉がクルルルっと小動物の鳴き声のように鳴る。


「確かに聖剣なら私の不死性すら斬り裂くだろう。たのむ勇者よ。私をこの世界から解き放ってくれないだろうか」


「でも、本当に死ねる保証なんてないんだよ?」


 シエラは地面から聖剣を抜き、刀身の碑文に視線を落とした。

 平和を望む願いが刻まれた聖剣を、救うためとはいえ自殺させる為に使う事に、シエラは躊躇ったのだ。


「少なくとも聖剣に斬られれば今の体は消え去る。頼む小さき勇者よ。私を救ってくれ」


「……シエラ、剣を握りなさい」


「お父さん?」


「殺すのではない。救ってやるんだ。詭弁でしかないが、自分の名前すら忘れる程の悠久の時をこんな暗い場所で過ごさせるのは、いくらなんでもあんまりだと私は思う。辛いなら私も一緒に背負うから。だから……」


「……分かった」


「ありがたい。ありがとう勇者と勇者の父君ちちぎみよ。すまないね」


 シエラが剣を両手で握り、リチャードがその両手にそっと自分の手を添えた。

 地龍に向かって一歩、また一歩と親子は近づいていく。


「もしまた生まれ変わっちゃったらさ、その時は僕の所に来なよ。その頃には多分世界は平和になってるだろうし、僕は魔法技術の探求と未来が見たいからしばらく死ぬつもりないからさ」


「ふふ。変な人だねえ。分かった、もしも生まれ変わってしまったら、その時はお世話になるよ」


 地龍は最後にアルギスの言葉で優しげに笑った。

 

 そして、地龍が下げた頭にシエラとリチャードがそっと聖剣を突き立てる。


 その瞬間だった。

 地龍の体が眩い光に包まれ、そして辺りを眩く照らす。

 目も開けていられないほどの光の先、シエラとアルギスは同じもの、同じ人物を見ていた。

 薄い桃色の長い髪、側頭部から上に湾曲して伸びる角。ルビーのように紅い瞳の綺麗な女性。

 

 そんな女性が光の中で「ありがとう」と呟き光の粒子となって消えていったのだ。





 ここから先は少し未来の話。

 転生してしまった、ある幼い少女の始まりの物語だ。

 

 薄い桃色の長い髪、側頭部から上に湾曲して伸びる小さな角。尾てい骨から伸びる鱗の着いた赤い尻尾。

 ルビーのような紅い目をした幼い少女は霧が拡がる深い深い森の奥で目を覚ました。

 

 「もしも生まれ変わっちゃったら」


 誰の声だったか、誰の言葉だったか、自分は誰で、何処へ行くのか、少女は全てを思い出せないでいた。

 しかし、幼い少女は頭の中を巡る声を頼りに、巡る声の主に会いたい一心で、深い森をヨタヨタと歩き始める。

 これが竜人幼女と黒い魔法使いが再会する物語の始まりだった。

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