帰還した冒険者の親子
女神様の導き、というよりは悪戯に近いだろうか。
ある日ある時ある街に、背に四枚、本来ならヒレにあたる部分にも光り輝く白い翼を持つ、海に棲む鯨の様な神獣がある冒険者の親子を連れ去った。
神獣が現れた街、エドラにおいて少しばかり有名だった冒険者の親子。
そんな親子が神隠しにあったものだから、しばらくエドラの街は騒然とする。
しかし、神隠しに遭った冒険者の親子。
父親のリチャード・シュタイナーと娘のシエラは旅の末に自力でエドラの街へと帰還を果たした。
この物語はそんな親子のその後の話。
冒険者の親子が日常に戻った後の話だ。
エドラの街に帰ってきた二人は、まず最初に父親であるリチャードの婚約者がマスターを務める冒険者ギルドへと向かった。
焦茶のボサボサ髪が先端に向かうほど暗い青色になっているリチャードはそんな髪をガシガシ掻いて久々に会う婚約者に何を言われるか戦々恐々としている。
リチャードにとっては婚約者であり、シエラにとっては母親代わりのエルフの女性。
その容姿はエルフらしく美しい長い金髪と濃い青色の美しい瞳だ。
この街の冒険者ギルドのギルドマスター、アイリスと親子は数ヶ月ぶりに再会を果たすことになる。
突然行方不明になったのだ、心配という言葉だけでは片付けられない程にアイリスはリチャードとシエラの事を気に掛け心を傷めていた。
再会した三人、特にアイリスが感極まって泣いてしまい、仕事どころではなくなってしまったので、その日はギルドのサブマスターに了解をもらって久々に三人揃ってリチャードの自宅へと帰る事になった。
「ママ、もう大丈夫だよ。私もパパもここにいるから」
白髪に近い水色の髪の少女、シエラはアイリスに抱き付き、涙ぐみながらアイリスを宥める。
アイリスが泣き止んだ頃にはシエラはアイリスの胸の中で眠ってしまっていた。
街に帰ってきた安心感もそうだが、無事再会出来た母親代わりのアイリスの暖かさに安心したのだろう。
そんなシエラをリチャードは抱き抱えアイリスと並んで自宅へと向かった。
「ロジナ、すまない。待たせたね」
「いえ、奥方様との再会とお聞きしておりましたので」
「シ、シルバーハウンド? リック、どうしたのこの子」
「縁あって従魔契約をしてね。まあ詳しくは帰ってから話すよ」
ギルドの外で座って待っていた銀色の体毛が鈍く光る狼型の魔物である従魔のロジナを伴ってリチャードとアイリスは歩いていく。
帰ってから話すと言いながら、リチャードは帰り路にアイリスに何があったかを聞いてもらいたくて「実はね」と口を開いた。
「私とシエラが転移されたのは君の故郷の奥にある聖域でね」
「シーリンの森⁉︎ あんな所に転移させられたの⁉︎」
「あんな所って。君の故郷だろうに」
リチャードとシエラが転移させられたのは地図上でいうと最も西に位置するエドラの街とは正反対、リチャード達の暮らす大陸の最東端のエルフの里、シーリンの森だった。
距離にして数千キロ、最果ても最果てのど田舎のエルフの里、そんな場所からリチャード達は帰ってきたのだ。
「ああ、帰ってきたんだなあ」
「あらためて。お帰りなさいリック」
「ただいま、アイリス」
帰り着いた住み慣れた街を眺めながら歩き、我が家を前にリチャードは微笑むとアイリスから鍵を受け取り扉を開いて、自宅へと足を踏み入れた。
丈夫な木の廊下に靴音が響く。
リチャードは真っ直ぐ寝室に向かうとシエラの靴を脱がせてベッドの上に寝かせると自分は自分で腰の剣をベルトから外すと、クローゼットルームへと向かい、久しく着ていなかったシャツとズボンに着替えた。
「里で君のご両親に会ったよ」
「え? あ、そうなんだ。私の事何か言ってた?」
「たまには帰ってこいと言っていたぞ? 百年前に里を出てから一度も帰ってないそうじゃないか」
「うんまあ。だって遠いし」
「まあ確かに距離はあるが、ワイバーン便を使えば帰る事も出来るじゃないか」
「まあ確かにそうなんだけど」
「私の事やシエラの事も心良く受け入れてくれた。また皆で帰ろう」
「ええ。ええそうね」
リチャードとアイリスは抱き合いキスをする。
そして2人はリビングへと向かうとソファに座り、旅の話を始めた。
ロジナはシエラと寝室で昼寝中だ。
その間に、転移させられた先の遺跡でシエラが聖剣を抜いたこと。
エルフ族の巫女様に会ったこと。
ロジナとの出会いや帰り路に何があって、何処に立ち寄ったか、そして師匠であるエドガーの亡霊と戦った事をリチャードは事細かに話した。
「シエラちゃんが、勇者だなんて」
「私も最初は驚いたがね。とはいえ私が目指して挫折し、あの子が私の代わりに目指すと宣言したEXランクの冒険者とはまさに勇者のような存在だ。冒険者も勇者も命を掛ける点では同じ。なら、シエラが勇者として魔王と戦うかどうかはあの子が自分で決めるさ」
「そうね。子供の未来は子供が自分の力で選ぶものだもんね」
言いながら、アイリスはリチャードに身を寄せて、眠るシエラを優しく笑顔で見つめるのだった。




