1話 「マナとか魔法のお話」
目が覚めると、勇輝の目の前には見慣れない景色が広がっていた。
「っ!うぉぉぉぉぉ!まじか!来た!ほんとに来ちゃった!」
あまりの嬉しさに大声を出して喜ぶ勇輝だが、何もせず立ち止まっていた男が突然叫びだしたため、周りを通っていた人達はみな驚き、勇輝の方をむく。
そんな視線は、勇輝の目には一切写っておらず、今現在感激に浸っている。
その見慣れない景色というのは、まさに異世界!という感じだった。
石材や木材でできた洋風な建物が並び、日本の都心にあるような高い建物はほとんど存在しない。
髪色に関しては黒髪は1,2割程しか居らず、茶髪や金髪などが多い。黒髪の人がほとんどだった日本で育った勇輝には、だいぶカラフルで見慣れない光景だったが、それがこの世界だと普通なのだろう。
「いやでも、海外に行ってもこんな感じだったのか?」
勇輝は、生まれてから1度も日本を出たことがなかった。旅行はほとんど国内で、飛行機にも滅多に乗らなかった。
故に海外の様子は、テレビでしか見たことがなく未知の世界のままで、こんな絵面は初めてだった。
「まぁそんなことはさておき」
更に周りを見渡すと、奥には一際目立つ、立派な洋風の城が見えた。
凄くでかい、それっぽい。もちろん洋風の城を見るのも初めてだ。
「結構離れてるけど…ここから見てもめっちゃ城だってよく分かるなぁ」
今勇輝がいるのは、露店が立ち並ぶ街の一角。
その道のど真ん中に立っている。
「あの人と話す前からここにいたってことは、結構な時間この場で棒立ちし続けてたのか…絶対邪魔だったじゃん」
だからさっき城を見ていた時に、周りを通り過ぎていく人達の視線が俺に集まっていたのか。
と、勇輝は納得する。しかしそれもあるが、ほとんどは叫んだのが原因だ
「そういえばここ、あの城の城下町だよな?ってことは、1番最初は王都スタートかぁ、いきなり城が見えてるってことはなんか…「俺こそが、異世界から来た勇者です!(キリッ)」的なことを王様に言いに行った方がいいのかな?」
一人でキメ顔をしながらベラベラと呟く。
それもよくあるイベントだ。
勇者として召喚されたからには、王様に自分が勇者だと報告しに行き、「勇者よ、そなたが来るのを待っておったぞ。魔王を倒してきてくれ」的なことを言われて、冒険を始める。
『いえいえ。突然見ず知らずの人間が勇者とか名乗っても、門番の人に追い払われて、お城にすら入れて貰えませんよ』
「……あれ?幻聴が聞こえて…」
『幻聴などではありませんよ、私が話しかけてますから。ですから、王様のところに行くのはもう少し強くなってからで…』
先程まで勇輝と話していた、この世界に転移させた張本人が急にに話しかけきた。
意識が戻る直前、『いってらっしゃい』なんてまるで、次に会う時はターニングポイントのときですよ
みたいな雰囲気を出しながら別れていたのに、数分もしないうちにまたこの声を耳にしたため、勇輝は驚き、
「いやいや!なんでいるんですか!?さっき別れましたよね!?てかどっから話しかけてるんですか!」
その声に戸惑いながら、辺りを見回し声の主を探す。
今また叫んだことにより、こっちを見ている人は多いが、声の主を探すのに夢中なため、その視線は気にしていない。しかしそれっぽい人は見つからない。
『探しても無駄ですよ、さっきと同じであなたに直接話しかけてるんですから』
見つからない声の主が落ち着いた声でそう言った
「え?直接って、これまだ意識の中とかですか?」
『いえ、今はあなただけに聞こえるよう話しかけています。なので、あなたさっきから周りの人に奇異の目で見られてますよ』
「え?」
周りを見ると、近くを通る人がみな俺を見ていた。目が合うとハッとした顔をして、視線をスっと逸らされる。
もしかして最初からだろうか、だとしたらめっちゃ恥ずい、今すぐこの場を離れたい。
そう勇輝は思い立ち、早歩きをしながら道を進み、人通りのない路地裏を見つけ、駆け込む
「あの…これからは人がいるところでは、話しかけないでもらっていいですか?他の人がいるところであなたと声を出して会話していると、周りからは、訳の分からない独り言を言ってるようにしか見えないので…」
『別にわざわざ声を出して喋る必要は無いですよ。あなたも頭の中で喋れるんできるんですから』
「いや、頭の中で喋るってどうやるんですか…」
『なんて言うか、イメージとしてはこう、テレパシーみたいなので喋る感じです』
テレパシーと言われても、勇輝にはそんなことできないため、感覚が分からない。
「俺テレパシーで喋ったこと無いですよ」
『イメージですよ、なんか頭の中で喋ってみてください。なんというか…考え事をするように、心の中で独り言を呟くように、』
「えぇ……」
目を瞑り、とりあえずそれっぽくやってみる。
イメージは今こうして心の中で喋ってるような感じで……いいのか?
(あーあー、こんな感じですかー?聞こえてます?)
『あ、そうですそうです!そんな感じです!意外と簡単でしょう?』
(えぇ、まぁ思っていたよりわかりやすかったです)
やってみれば何となく、テレパシーって感じがする。
てかまんまだ、あの例えも間違いではなかったのか
『そうでしょう?結構的確なアドバイスだったんですよ!』
あ、これも聞こえるのね、思ってること筒抜けなのか……
考えていることも、思ったことも、これからは勇輝一人だけが感じれるものでは無い。
そう思うと、これからの考え事は、あまり変なことを考えないように気をつけなければな、と勇輝は思った。
もちろんこの口にしていない思いも、全て心の声の共有者に聞かれている。
てか、これじゃ1人で考え事できないじゃないですか
『いえ、別にずっと聞いている訳ではありませんから、聞いて欲しくない時は言ってください。逆に、私があなたの考え事を聞いていない時に私と話したければ、口で声を出して呼んでください』
そんなON/OFFできるんですか?結構便利ですね
『まぁそうですね、意思疎通を測るには便利です。まぁ普通は距離が離れすぎると使えないんですけどね』
声に出さずに会話できるのはかなり便利な能力だ。
誰にも聞かれたくない会話も簡単にできるし、考えていることがすぐ伝わるのも楽だ。
へぇ、それってあなただけの力みたいなのなんですか?
『いいえ、魔法の一種です。』
「魔法!?そっか!魔法使える世界なんだ!なら俺もそれできたりします!?」
共有者が口にした言葉に興奮し、思わず大きな声を出してしまったが、勇輝にはそんなどうでもいい。
「魔法」
異世界ファンタジーには付き物な、現代社会では使えない不思議な力。
それをずっと使ってみたいと憧れていた勇輝からすれば、聞き逃す訳にはいかない。
『え?いやまぁ、私からあなたに繋げるならできますけど、あなたから私にこれをするのは無理ですよ』
え?……なんで?
『あなた、魔法使ったことないでしょう?今はまだマナの感覚もわからないでしょうから』
マナ?なんですかそれ
『異世界ものでもたまにあるでしょう?魔法を使うときに消費する力の源的なものですよ。それをこの世界では「マナ」と呼んでいます』
この世界では、魔法使う代わりに「マナ」と言うものを消費する。呼び方は違ったりするが、こういう設定も異世界ファンタジーにはよくあるやつだ。
そうなんですか……なら!どうすればその「マナ」を使えるんですか?
『そうですね、マナはこの世界の至る所にあります。普段は目に見えませんが、マナは使おうとすると淡く光ります。その光の色は、使うものによって違うのですが…それを説明するとわかりずらくなってしまうので、ひとまず置いておきましょう。
「マナ」には2種類あります。
1つは先程言ったこの世界の至る所にあるマナ。
もう1つは、人や動物などの中に存在するマナです。
そして、魔法を使うにはその両方を消費する必要があるんです』
人や動物の中にあるマナか…まぁ1番わかりやすい例えだと、某竜のクエストで言うMP的なもんかな?
あとは、魔力とか呼んだりするラノベとかもあったけど、それと同じようなもんだと考えていいんですか?
『はい、そんな感じで捉えてもらって構いません』
なら、やっぱり上限とかあったり…ってそれよりも!その人の中にあるマナって、俺にもあるんですか!?
魔法を使うには、両方を消費する。ということは、どちらかが無ければ魔法は使えないということだ。
自分の中のマナに上限があるとすれば、マナを使いすぎると魔法が使えなくなったりするはずだ。
もちろん元々無かったら1度たりとも使えない。
故に勇輝の中にマナがあるか否かは、勇輝がこの世界で魔法を使えるか、使えないかに直結する。
『そこは大丈夫です。あの世界の体のまま来ていたら、あなたのマナは存在しませんでしたが、転移させた時にあなたの体はほんのちょっといじられてるので、自分のマナを生成する機能が体に備わっているはずです』
本当ですか!それは良かった、無いとか言われてたら発狂してましたよ……ってあれ?
あなた今転移させた時に体をいじられてるって言いました?
『え?あぁ、はい。元の世界の体のままではこの世界では生きづらいんですよ。ですから、転移する時にほんのちょっとですよ?ほんのちょっといじられてるんですよ』
なんか2回言ってるところが、全然ほんのちょっとじゃないように聞こえるんですけど…
『え?いやまぁ、ね?』
『ね?』ってなんですか!?怖いんですけど!なんか無くなってたりしませんよね!?
そう言いながら勇輝は自分の体を触りながら、細かくチェックする。
今までと違う感じはないけど…やっぱ不安だなぁ、顔はある、腕もある、足もある、手もある、鼻もあるし口も目もある。息子もちゃんとついてる。
特に異常はなさそうだな……
ほんとになんともありませんよね?
『――』
へんじがない ただの しかばねの ようだ
じゃなくて……え?ちょっと?あの、聞いてます?
おーい、聞こえますかー?おーい………
何度も呼びかけるが返事がない、この声が聞こえないのだろうか。
あ、もしかしてさっき言ってた、テレパシーをoffにしてるのかな?確かこういう時は声に出して呼べって言ってたよな
「あのー、聞こえます?いますか?」
小声でそう聞いてみる。すると、
『あ、はい!います、いますよ、大丈夫です。そ、その…確認は終わりましたか?』
突然呼ばれ、驚いた声で応える共有者
え?いや、終わりましたけど
『そうですか、その、体に異常はなにもなかったでしょう?』
まぁなかったですけど……
様子がおかしいな。なんか声が震えているみたいで、かなり動揺している。
あの、なんかありました?
『え!?いえ、別にな、なんもなかったですよ?』
ビクッとしたような「え!?」という声、その後も、さっきと同じように動揺した声で否定する。
明らかにあると言わんばかりの反応で、絶対に何かあったことは見え見えだ。
いや、絶対なんかあったでしょ、なんで急に俺の心の声が聞こえないようにしたんですか?
『いや!それは…その…』
急にしどろもどろになった。
まさか俺に惚れちゃった?フッ、火傷するぜ?
そんなキザなセリフは、
『いえ!全然そんなんでは無いです!』
キッパリと断られた。
自分でも言った後に恥ずかしくなった勇輝だが、それよりも、キッパリと断られた方がダメージは大きかった。
そんなに強く否定しなくてもいいじゃないですか……
『あ、すいません。でも、ほんとにそうゆうのじゃないんですよ』
あ、…はい、もういいですよ……
共有者の容赦のないトドメの一言に、勇輝のライフはもうゼロよ
が、そこまで大袈裟になるような断られ方でもないので、ライフはまだゼロじゃなかった。
で、なんでいなくなったんですか?
『え!?いや、それは、その、なんて言うか……
あなたが自分の股間を急に触りだしたので、そんなの普通見ないじゃないですか…』
あぁ、なんだ、そういう事か、そういうことならめっちゃ気まずいな
あ、いや、それは、そのぉ………
傍から見れば、急に自分の股間をガシッと掴む男は、明らかにヤバいやつだ。
そんな光景を、普通の人は誰も見たいなんて思わない。
だから原因は完全に勇輝にあった。
「マジですいませんでした……」
『いえいえ、大丈夫ですよ、確認ですもんね。で、何の話でしたっけ』
マナがどうのこうのって話でした。
『あ、そうでしたね』
で、マナが俺の中にあるってことは!俺にも魔法が使えるんですか!?
『魔法の話になると急にテンション高いですね…まぁ、できるとは思いますけど、マナの感覚がわからないと、どうにもならないと思うので、最初はマナの感覚を覚えることから初めてはどうでしょう?』
マナの感覚ですか?その感覚ってどう覚えればいいんですか?
『そうですね、では手始めに、周囲にあるマナを体全体で感じてください。感じれたら、それに体の中にある力を込めるイメージで』
周りのマナを感じて力を込める…やってみます。
勇輝は目を瞑り、体全体でマナが周囲にあることを感じようとする。
しかし、説明をただ受けただけじゃ、実際にできるようになる訳でも無いので、全然マナの感覚が掴めない。
……あの、できないんですけど。
『そうですか?感じれません?何か、ほわっ…って感じのを』
そう言われ、勇輝はもう一度目を瞑り、今度は両手を広げて天を仰いだ。
(さぁ来てくれマナ達よ!俺に魔法を!)
……しかし、感じるのは路地裏に吹く、心地の良いそよ風だけで、それ以外は特に何も感じられなかった。
………やっぱり、なんも感じません
『そうですか……』
数秒の沈黙の後、勇輝は何かを思い立ち、心の声の共有者に質問をなげかける。
そういえば!俺はこの世界で何ができるんですか!?
『何ができるのか、とはどういうことでしょうか?』
そりゃもちろん転移の特典ですよ!勇者にしかない特別な力とか、チート能力とか!
異世界に転移してきたのだ。それならもちろん、とんでもないチートな能力の1つや2つくらいあっても…
『無いですよ』
――え?今……なんて?
震えながらもう一度尋ねる勇輝を、容赦のない一言が襲う。
『だからありませんよ、そんなの』
「へ?」