晩ご飯、楽しみだな!
私はいつも、こう話し始めることにしている。
今日は小学校での講演会。
壇上で、私は軽く咳払いをした。
たくさんの子供たちが、整列して椅子に座っている。
ある子はまっすぐ真剣に。またある子は、隣の子とお喋りしながら。
「将来、大金持ちになりたい!」
私は話し始めた。
「えー、無理でしょー」
ひとりの男の子が叫んだ。
高学年の、わんぱくな坊やだ。どこの学校にも大抵こういう子がいるので、話し下手な私には有難かった。周りの子供たちがどっと笑い出す。掴みは上々だろう。
「そうかなぁ」
聞き返すと、うん、と元気な返事。またしても子供たちが笑う。
みんな楽しそうにしている 。
「じゃあ、将来、素敵な人と結婚したいなーってのは?」
「そんなの誰でもできるじゃん!」
またしてもわんぱく坊や。
「でも、森先生はまだ結婚してないし彼女もいないよ」
厳しいツッコミを入れたのは、快活な感じの女の子だった。壁際で顔を真っ赤にしているのが、森先生なのだろう。そっか、と腕白坊やが頷くと、こらっ、と鋭くたしなめている。
「じゃあ、明日はお休みだけど、遊びに行くぞーって人?」
「はーい!」
子供たちがわらわらと、大半が手を挙げた。挙げていない少数派は、習い事や塾なのだろうか。
「じゃあ、帰ったら、ご飯を食べて、お風呂に入って寝るよね。それなら森先生にもできるよね」
悪いと思いつつも、森先生をいじらせてもらった。わんぱく坊やも快活な少女も、それどころか子供たちの半分が頷く。誰も否定する空気ではない。
「今日の晩ご飯楽しみだなーって思ったら、ウキウキしちゃうよね。早く帰りたいな、って思ったりなんかして」
うんうん、と同意を得られている。
でもね、と私は言葉を切った。
「私の娘は、それができなかったんだ」
空気が変わる。子供たちも、嫌な感じがしたのだろう。
なんで、と訊いてくれた子がいた。
私は答えた。
「事故で死んじゃったから」
ざわり、子供たちに動揺が広がる。
「娘はね、大金持ちになることも、結婚することも、楽しみにしてた晩ご飯を食べることも、家に帰ることすら、できなかったんだよ」
私はいつもこう話し始めることにしていた。
交通事故被害者の、遺族として。
2020/10/14
車側の信号が赤でも、車が停まるとは限らないので。