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3分読み切り短編集

晩ご飯、楽しみだな!

作者: 庵アルス

 私はいつも、こう話し始めることにしている。


 今日は小学校での講演会。

 壇上で、私は軽く咳払いをした。

 たくさんの子供たちが、整列して椅子に座っている。

 ある子はまっすぐ真剣に。またある子は、隣の子とお喋りしながら。

「将来、大金持ちになりたい!」

 私は話し始めた。

「えー、無理でしょー」

 ひとりの男の子が叫んだ。

 高学年の、わんぱくな坊やだ。どこの学校にも大抵こういう子がいるので、話し下手な私には有難かった。周りの子供たちがどっと笑い出す。掴みは上々だろう。

「そうかなぁ」

 聞き返すと、うん、と元気な返事。またしても子供たちが笑う。

 みんな楽しそうにしている 。

「じゃあ、将来、素敵な人と結婚したいなーってのは?」

「そんなの誰でもできるじゃん!」

 またしてもわんぱく坊や。

「でも、森先生はまだ結婚してないし彼女もいないよ」

 厳しいツッコミを入れたのは、快活な感じの女の子だった。壁際で顔を真っ赤にしているのが、森先生なのだろう。そっか、と腕白坊やが頷くと、こらっ、と鋭くたしなめている。

「じゃあ、明日はお休みだけど、遊びに行くぞーって人?」

「はーい!」

 子供たちがわらわらと、大半が手を挙げた。挙げていない少数派は、習い事や塾なのだろうか。

「じゃあ、帰ったら、ご飯を食べて、お風呂に入って寝るよね。それなら森先生にもできるよね」

 悪いと思いつつも、森先生をいじらせてもらった。わんぱく坊やも快活な少女も、それどころか子供たちの半分が頷く。誰も否定する空気ではない。

「今日の晩ご飯楽しみだなーって思ったら、ウキウキしちゃうよね。早く帰りたいな、って思ったりなんかして」

 うんうん、と同意を得られている。

 でもね、と私は言葉を切った。

「私の娘は、それができなかったんだ」

 空気が変わる。子供たちも、嫌な感じがしたのだろう。

 なんで、と訊いてくれた子がいた。

 私は答えた。

「事故で死んじゃったから」

 ざわり、子供たちに動揺が広がる。

「娘はね、大金持ちになることも、結婚することも、楽しみにしてた晩ご飯を食べることも、家に帰ることすら、できなかったんだよ」


 私はいつもこう話し始めることにしていた。

 交通事故被害者の、遺族として。

2020/10/14

車側の信号が赤でも、車が停まるとは限らないので。

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